米国政府の場当たり的な対応が不信を呼んだ
前回に引き続き、米国の金融危機について考えます。今回のテーマは「米国政府の金融危機への対応と、市場の反応」です。
米国の金融危機において特徴的なのは、金融の大前提であるはずの「信用」が、ほとんど消滅に近いところまで失われてしまったことです。市場にあふれた不信感がパニック的な混乱を呼び、慌てた米国政府が何か対策を打ち出すと、それがまた市場の疑心暗鬼につながるという「負の連鎖」が続いています。
その発端は、今年(2008年)9月に米国政府が複数の金融機関に対しておこなった「救済のあり方」にあったと考えられます。9月7日に米国政府は、経営危機に陥ったファニーメイ、フレディマックという2つの政府系住宅金融公社に対して最大2,000億ドルの公的資金枠を設定し、政府の管理下に置くことを発表しました。ところが前回ご紹介したとおり、9月半ばにはリーマン・ブラザーズを救済せず、倒産に追い込む一方で、AIGには救済の手を差し伸べました。
実はAIGについても、米国政府は一度は救済を拒否し、他の民間金融機関に融資を要請しています。このように米国政府が民間金融機関の救済をためらった背景には、安易な救済による金融機関のモラルハザード(企業倫理の欠如)を警戒したことや、11月の大統領選挙を控えて、米国議会内に「私企業の救済に国民の税金を使うべきではない」という意見が根強かったことなどがあるようです。しかしながら、米国政府の一貫性に欠けた場当たり的とも言える危機対応のあり方は、かえって市場の不安や不信を増幅し、「次のターゲットさがし」を誘発していきます。
9月後半には、財務内容が比較的健全と見られていた米国証券1位のゴールドマン・サックスと、同2位のモルガン・スタンレーも株価が急落。両者は9月21日に銀行持ち株会社へと移行しました。専業証券会社としての看板を捨てる代わりに、FRB(米連邦準備理事会)の監督下に入って資金供給が受けやすくなる道を選んだのです。あわせて、ゴールドマンは米国の著名な投資家であるウォーレン・バフェット氏などから100億ドルの出資を、モルガンは三菱UFJフィナンシャル・グループから最大で9,000億円規模の出資を、それぞれ仰ぐことになりました。
金融安定化法案の実効性にも疑問符が
金融機関のあいだに生じた疑心暗鬼も深刻です。金融機関どうしが短期の資金を貸し借りする際に基準となるLIBOR(ロンドン銀行間取引金利)の米ドル3カ月物金利は、リーマン・ブラザーズ破綻後の9月16日から上昇を始め、従来の2倍近い高水準で推移しています。これは「取引相手の金融機関がいつ破綻するか分かない」という不安が高まり、相手の信用度に関係なく、短期資金の貸し出しそのものを手控える動きが広がったからです。市場ではドル資金が枯渇した状態となり、欧米の銀行を中心にドル資金の調達が非常に難しくなりました。
これを受けて、日米欧の主要6中央銀行は9月18日に総額1,800億ドルのドル資金を自国市場に供給する緊急対策を発表しましたが、その後もドル資金取引は事実上、マヒした状態が続きます。日米欧の中央銀行は9月29日にドル資金の融通枠を倍増しましたが、この間、欧州では資金繰り難による金融機関の破綻のうわさが駆け巡り、金融機関の株価が暴落。欧州各国で大手・中堅の銀行が相次いで政府管理下に入るなど、混乱は拡大の一途をたどっています。
さらに信用崩壊が決定的となる事件がありました。米国政府は9月19日に、最大7,000億ドルの公的資金を使って金融機関から不良資産を買い取ることを柱とする「金融安定化法案」を打ち出します。ところが、あろうことか、この法案が29日に米下院で否決されてしまいました。「マネーゲームに踊った金融機関を巨額の税金で救うのか」という米国民の不満に、下院の議員たちが反応した結果です。
9月29日のニューヨーク株式市場では、ダウ工業株30種平均が前週末終値比でマイナス777.68ドルと、過去最大の下落幅を記録します。10月3日にはようやく金融安定化法案が成立しましたが、「公的資金による不良資産の買い上げだけでは金融機関の自己資本不足を解消できない」との懸念から、その実効性を疑問視する声が強まりました。
10月8日には米欧など主要国の中央銀行が協調して政策金利をそれぞれ0.5%下げる同時利下げを実施。10日には日米欧の7カ国財務相・中央銀行総裁会議(G7)が開催され、金融危機の収束へ向けた5項目の行動計画をまとめましたが、市場の混乱は収まりません。10日のダウ平均は約5年半ぶりに8,000ドル台を割り込み、日経平均株価の終値も8276.43円と約5年4カ月ぶりの安値を記録します。
結局のところ、米国政府の金融危機への対応について、市場はその具体策の欠如やスピードの遅さ、ひいては本気度の弱さを見透かしているのでしょう。この問題が解決に向かうには、従来型の発想やメンツに縛られない、米国政府の抜本的な意識改革が求められるのだと思われます。