1. いま聞きたいQ&A
Q

日銀による金融緩和の強化は、本当に必要なのでしょうか?(後編)

金融緩和は時間稼ぎの手段にすぎない

引き続き、金融緩和の意味について考えます。前回も紹介したように、日銀の資産規模は金融緩和の拡大によって膨張が続いています。今年(2012年)11月末時点の資産残高は前年比9%増の156兆円となり、過去最高を7年ぶりに更新しました。そんななか、日銀にさらなる金融緩和の強化を求める声が高まっているわけですが、こうしたいわゆる「リフレ政策」は日本経済を再生へ導く切り札となり得るのでしょうか。

結論からいうと、リフレ政策のみによってデフレ脱却や円高修正を実現することは難しそうです。金融緩和は経済再生の処方箋ではなく「時間稼ぎの手段」にすぎない、というのが一般的な見方です。金融緩和で景気を下支えしている間に、成長戦略など実体経済の再生に不可欠な施策に取り組む必要があり、それは日銀ではなく政府が責任を負うべき課題です。今回の衆院選で見られたような、各党がリフレ政策を公約に掲げるといった事態は、政治家の単なる人気取りや責任逃れの反映といえるかもしれません。

なぜ金融緩和を強化しても目立った効果が期待できないのか―。よく指摘されるのが、日銀が国債などの買い入れを通じてマネタリーベース(市場に供給するお金)を増やしても、それが銀行による企業などへの貸し出しに回らず、日銀の当座預金口座に滞留するという現実です。ここ数年における日銀当座預金(平均残高)の増加率を前年比でみると、2009年が58%、10年が30%、11年が77%と高水準が続いています。

日銀がマネタリーベースを増加させる背景には、企業や個人がお金を借りやすい状況をつくることで設備投資などを促し、景気を刺激するという狙いがあります。しかしながら、相次ぐ金融緩和で短期金利がゼロに近づき、なおかつ日銀の国債購入などによって「より長めの金利」も低下傾向にある中では、銀行は融資を行っても十分な利ざやを稼ぐことができません。わざわざ審査などのコストをかけ、貸し倒れのリスクを取ってまで民間に融資するぐらいなら、当面は日銀の当座預金に置いておくか、あるいは金利上昇のリスクが顕在化するまで国債保有に回しておこうとなるわけです。

金融緩和によって金利の引き下げや紙幣の増刷が行われると、通貨の相対的な投資魅力や絶対価値が下がるため、円安になると思われがちですが、最近はむしろ逆の結果が出ています。例えば過去10年で見ると、2002~04年や07年以降のような金融緩和時には円高となり、2005~06年のようにマネタリーベースが減少した時期には円安が進みました。一般に日銀の金融緩和時には世界の景気も悪化していることが多く、海外の金利も低下します。その際、もともと低金利の日本では金利の低下余地が小さく、海外における金利低下の方がより強いインパクトとなるため、結果として円高が進みやすいのです。

物価が上がればすべてが解決するのか?

今回の衆院選ではリフレ政策の中でも特に物価上昇、すなわちインフレを目指すことに焦点が当てられました。確かにインフレの実現だけが目標ならば、紙幣の増刷を続けることでいずれは達成が可能かもしれません。ただし、インフレによってすべてが解決に向かうかというと、問題はそう簡単ではなさそうです。

多くの日本人にとって、収入や雇用が増えない中での物価上昇は困るというのが本音ではないでしょうか。賃金や資産も含めてある程度までデフレが進むと、国民の間に「物価上昇は容認できない」という意識が広がります。その結果、企業は値上げを行うことが難しくなり、生産性の向上を賃金抑制や雇用削減に頼るようになります。

このとき、例えば削減された労働力が新たな財やサービスの生産に向かえば、国としての経済成長につながりますが、そうした新規需要がないままに各企業が生産性の向上努力を続けると、失業率の上昇や所得格差の拡大をもたらします。経済全体の消費支出が減り、それがデフレ長期化の一因になるという悪循環に陥るわけです。

インフレを目指すとしても、賃金上昇や雇用安定といった経済の実体的な変化が伴わなければ、個人消費はかえって抑制されるかもしれません。日本がいま真剣に取り組むべき課題のひとつは、新たな需要(成長機会)の地道な掘り起こしであり、それを阻害している規制や既得権益の緩和・撤廃です。日本経済のサポート役として金融緩和はもちろん重要ですが、日銀が需要をつくり出せるわけではないことを、私たちは肝に銘じておく必要があるでしょう。

ご注意:「いま聞きたいQ&A」は、上記、掲載日時点の内容です。現状に即さない場合がありますが、ご了承ください。

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