以前からよく耳にした「デフレ」と「インフレ」のほかに、最近では「リフレ」という言葉をしばしば聞くようになりました。「リフレ」とは何のことでしょうか。
「リフレ」は「リフレーション(=Reflation)」の略で「通貨の再膨張」などと訳されています。
よく知られているインフレ(=Inflation インフレーション)は、モノの値段が連続的に上昇する状態のことを指します。反対にデフレ(=Deflation デフレーション)は、モノの値段が続けて下がる状態のことです。最近用いられることが多くなった「リフレ」とは、デフレの状態から抜け出て、しかもまだインフレまでには至っていない状況のことを指します。デフレのダメージから脱出するために、日本銀行などの中央銀行が、意図的に通貨の量を膨らませてインフレのような状態を作り出す政策です。
モノの値段はすべて需要と供給のバランスで決まります。景気がよい状態では取引されるモノの量が増えるため、ごく普通の経済なら通常はゆるやかなインフレ(物価の上昇)が起きるものです。そしてインフレは、同時におカネの値打ちが減っていることを意味します。
今まで1個=100円で買えたリンゴが、ある朝目覚めたら1個=200円になっていました。こんなに急激なインフレはめったに起こりませんが、こうなってしまうと昨日の100円と今日の100円では、同じ100円でもその値打ちが変わってきます。リンゴ1個はリンゴ1個のままなのに、昨日は100円出せばリンゴが丸々1個買えたのに、今日は同じリンゴが半分しか買えません。100円というおカネの持つ値打ちが、たった一晩で2分の1に下がってしまいました。インフレはおカネ(マネー)にとって不利に働きます(モノの側には有利に働きます)。
逆にデフレの状況では、おカネの値打ちが上がります。1個=100円のリンゴが、翌日に1個=50円に下がったとしたら、昨日まで1個しか買えなかったリンゴが今日は2個買うことができます。インフレとは反対にモノの値打ちが半分になり、おカネの価値が2倍になったことになります。デフレではおカネの側に有利に働きます(モノの側には不利に働きます)。
ではインフレとデフレ、どちらが私たちにとって幸せな状況でしょうか。デフレになってリンゴの値打ちが100円から50円に半分になれば、それはそれで得した気分になります。今まで持っているおカネの値打ちが2倍になるわけですから、自動的にそれまでよりも2倍のおカネ持ちになった気分になります。しかしリンゴが2分の1の値段になったからといって、人々はある日突然、リンゴを今までの2倍も食べるようにはなりません。値段が安くなったので少しは以前より食べる量が増えたとしても、せいぜいそれまでの1.2倍くらいまででしょうか(もっとたくさん食べる人もいるでしょうが・・)。
買う側の人はハッピーですが、売る側の人はたいへん困ります。1年間で1万個のリンゴを作っていたリンゴ農家の人からすれば、1個=100円で売っていた時は100万円(100円×1万個=100万円)の売上になりましたが、1個=50円に値下がりすると、個数は1.2倍になっても60万円(50円×1.2万個=60万円)に収入が減ってしまいます。収入が減ると農家の人たちの経済活動が落ち込んでゆきます。同じような現象(つまりデフレ)が日本中で起これば、日本中の経済が冷え込んでしまうでしょう。おカネの値打ちが減ってゆくインフレも困りますが、モノの値打ちが下がってしまうデフレもそれ以上に困る問題です。
この数年間というもの、デフレが世界的な現象として広がっています。それが世界の経済に大きなマイナスの影響を及ぼしてきました。今日よりも明日の方が安い値段で買えるのなら、なにも今日急いで買わないで明日になってから買えばよい。みんながそう思って買い物を明日に明日に、と伸ばしてしまうとそれだけで経済が冷え込みます。デフレで企業はいくら生産しても収入が増えないので、事務所を閉鎖し、社員の給料を下げ、厳しいところは社員を解雇します。それがますます経済の活力を失わせ、マイナスの要因がさらにマイナスの要因を呼び込むという「デフレスパイラル」の状況に陥ります。
今の日本経済はまさにこのような状況に直面しています。目下のところ、日本の最大の問題がこのデフレスパイラルであって、小泉政権や現在の日本銀行には「デフレからの脱却」が至上命題として突きつけられています。昨年夏ごろから日本の景気には少しずつ明るさが見えてきましたが、今年(2004年)も「デフレからの脱出」が最大の課題になっています。
そこで日銀はなんとかデフレを食い止めるために、わざとおカネの持つ値打ちを引き下げて、モノの値段を引き上げようとしています。意図的に(わざと)インフレを作り出すこと、つまり「リフレ」政策を採っているのです。すべてはモノの値段を上げるために行っているわけで、そのために日銀はおカネの量を増やすようにしています。
おカネの量を増やすのでしたら、通常は日本銀行は金利を下げればいいのですが、すでに日本の金利は短期金利がゼロ%になってしまっています。いわゆる「ゼロ金利政策」を採っていますので、これ以上金利を下げておカネの量を増やすことはできません。そこで日本銀行は「量的緩和」と言って、より直接的に世の中のおカネをあり余らせるような政策を採っています。具体的には「マネタリーベース」と呼ばれるおカネをどんどん増やして、マネーの量を膨張させています。
昨年3月に日銀の新しい副総裁として岩田一政氏が就任しました。岩田副総裁は就任前からリフレ政策に積極的な考え方を持つ経済学者として知られていました。岩田副総裁は2003年12月9日に行った講演の中で、「望ましい物価上昇率を実現するため」に次の方法をあげています。
- (1) 中央銀行(つまり日銀)が外国の債券を大量に購入すること
- (2) 中央銀行が日本の国債を大量に購入すること
- (3) 適切にマネタリーベースを拡大すること
ここで(3)のマネタリーベースとは、「中央銀行が供給する通貨」のことで、「日本銀行券、貨幣流通高、日銀当座預金の合計」と定義されています。日銀が国債や手形を買い取って、その見返りに資金を大量に出したり、「日銀当座預金」と呼ばれる準備預金を民間の銀行に積み立てさせて、貸し出しに回る資金を増やそうとしています(民間の銀行は、日銀に積み立てた準備預金の額によって、貸し出しに回せる額が決まってきます)。
今年の1月19日にも日銀は、日銀当座預金の誘導目標を30兆円~35兆円にまで引き上げました。そして3月15日の会合でもこの水準を続けることを決定したばかりです。リフレ政策は、大恐慌に直面した1930年代の米国でも実施されました。折りしも日本では物価が少しずつ上昇し始めています。リフレ政策というマネーの力によって、日本の経済を立ち直らせることができるのかどうか、今や世界中が日銀の動きに注目しています。