公的年金の代行というメリットが一転、重荷に
今回の問題で被害者となっている厚生年金基金は、今から46年前の1966年に制度化されました。本来は国が運用を担う厚生年金(公的年金)の一部を、厚生年金基金が代行して管理し、独自の企業年金部分と組み合わせて運用する仕組みです。この仕組みを使うと運用規模を大きくできるため、利回りが高ければその分だけ運用益が膨らみ、退職者への給付を増やせるというメリットがあります。
実際に制度の発足当時は運用利回りが年率7~8%と、公的年金や厚生年金基金が予定利率(想定利回り)に設定している年率5.5%を上回っていました。しかも、その利回りは長期国債への投資などを中心として、相対的にリスクの低い運用で達成が可能だったため、金融の知識や資産運用の経験に乏しいような基金でも、さほど苦労することなく企業年金を上乗せできたのです。
ところがバブル崩壊後の1990年代以降、高い利回りが実現できなくなると、この仕組みが逆に大きな負担となって厚生年金基金にのしかかってきます。株安や金利低下によって年率5.5%の運用益が確保できなくなり、基金の財政は軒並み悪化。上乗せ給付の企業年金部分だけでなく、国から預かっていた公的年金の代行部分にまで損失(積立金不足)が及ぶ事態となりました。
積立金不足の問題を解消するには、以下のような手段が考えられます。
- ● 現役社員の掛け金(保険料)を引き上げる
- ● 将来の給付額を引き下げる
- ● 現在給付を受けている受給者の年金を減額する
- ● 公的年金の代行部分を国に返す(代行返上)
- ● 厚生年金基金を解散する
国は2002年に代行返上を認めましたが、実際に代行を返上するためには積み立ての不足分を穴埋めし、国に耳をそろえて返済する必要があります。大企業が中心の「単独型」や「連合型」と呼ばれる厚生年金基金は、一時的な負担を覚悟の上で、相次いで代行返上や解散に踏み切りました。しかし、主に中小企業が集まって構成する「総合型」の厚生年金基金では、母体企業の体力が乏しいために代行部分の穴埋めができず、したがって代行返上も解散もできない状態が続いています。
厚生年金基金も国も、問題の本質を放置してきた
また、総合型の厚生年金基金はいわば中小企業の「寄り合い所帯」であることから、各社の合意形成が難しく、問題はどうしても先送りされがちです。例えば、厚生年金基金の予定利率は1997年に自由化されましたが、現在も総合型の多くは予定利率を年率5.5%に据え置いています。予定利率を引き下げた場合、約束した金額に届かない分をいったん穴埋めしたり、掛け金を引き上げるなどの対応を迫られることになるからです。しかし、こうした追加負担を嫌って高い想定利回りを放置してきた結果、積立金不足がさらに拡大するという悪循環に陥っています。
結局のところ、総合型の厚生年金基金という制度は、バブル崩壊を境になかば破綻していたことになります。それでも積立金不足の問題解消に向けて、前述のような抜本的な対策が講じられることは、ほとんどありませんでした。一方で、デリバティブなどを用いた高リターン型の運用で一気に挽回を図ろうとする基金もあり、そうした安易な姿勢がAIJ投資顧問のような業者に付け入る隙を与えたということができます。
年金運用を監督・指導する立場にある厚生労働省や金融庁の責任も見逃せません。旧厚生省は1997年に企業年金の資産構成に関する規制を撤廃し、厚生年金基金に運用先の自由な配分を認めました。これまで金融庁は多くの基金を法的に「プロの投資家」とみなしてきたほか、2007年には投資顧問業を認可制から、原則として自由に開業ができる登録制へと変更しました。
これらはいずれも金融自由化の流れのなかで、企業年金にも自己責任に基づく自由度の高い運用を促す施策といえますが、それはあくまでも制度がきちんと機能していることが前提です。大企業による相次ぐ代行返上などをみれば、総合型をはじめとする厚生年金基金の制度的な行き詰まりは明らかでしょう。国はそれを把握していながら、見て見ぬふりをしてきたと指摘されても仕方ありません。
現在、厚生労働省では規制強化などを軸に厚生年金基金の運用指針の見直しを進めていますが、問題の本質を放置・先送りしたままで、場当たり的な対応に終始する「いつものやり方」では、基金の再生は難しいと思われます。積立金の穴埋めに必要な資金について超長期の分割払いを認めるなど、より現実的な対策を講じることが、厚生年金基金の創設者である国の責任ではないでしょうか。