1. いま聞きたいQ&A
Q

AIJ投資顧問による年金消失問題は、なぜ起こったのでしょうか?(前編)

不自然な好成績と、よく分からない運用内容

AIJ投資顧問(以下AIJ)による年金消失問題の背景として、3つの大きな問題点を指摘することができます。

  • (1) 運用受託サイドの問題:AIJによる運用失敗と詐欺行為
  • (2) 運用委託サイドの問題:厚生年金基金における年金運用の能力と責任の欠如
  • (3) 年金監督サイドの問題:国による制度的な行き詰まりの放置

このうち(1)については、AIJが基幹ファンドの運用を開始した当初から運用に失敗して損失を出していたにもかかわらず、10年近くにもわたって事実を歪曲(わいきょく)し、大きな収益が出ているように見せかけていたことが分かっています。すなわちAIJによる年金資金の消失は、いわば確信犯的な詐欺行為にあたるものであり、あらためて多くを語るほどではないでしょう。

今回の事件では直接的な被害者が一般個人ではなく、おもに中小企業が業種や地域ごとに集まってつくった、「総合型」と呼ばれるタイプの厚生年金基金です。これらの厚生年金基金は、投資顧問会社などの運用機関に実際の年金運用を委ねる「委託者」であると同時に、年金の加入者である従業員や企業から積立金の運用を委ねられる「受託者」としての責任も負っています。

その意味では、さほど巧妙とも思えない手口を見抜けなかった厚生年金基金の側にも落ち度があったといわざるを得ません。むしろ厚生年金基金がなぜ、いとも簡単にだまされてしまったのかという点にこそ、今回の事件の本質があるように思われます。

AIJが顧客向けに配布した資料によると、同社の基幹ファンドである「エイム・ミレニアム・ファンド」の2002年6月から2011年11月までの累積収益率は245%に達していました。この間、月次の勝率(運用成績がプラスになった月の比率)は90%を超え、リーマン・ショックで世界的に株価が急落した2008年度も7.45%のプラスを記録したとのこと。他の運用機関の成績が軒並み低迷するなか、AIJの数字は突出した好成績として話題を呼びましたが、何のことはない、これらはほとんどがウソだったわけです。

また、AIJの実際の運用先はその大半が株価指数の先物やオプションといった、いわゆる伝統的なデリバティブ(金融派生商品)です。しかし、AIJは運用の中身について「派生商品による運用」という以外は詳細を語らず、投資家に配布した資料にも「独自に開発したMI指数に基づく売り戦略」などの怪しげな記述が見られるなど、運用は事実上のブラックボックスといえるものでした

あまりに不自然な好成績に加えて、運用の中身もよく分からないとなれば、通常はそれだけで疑いの対象になるはずです。たとえ実際の運用がきちんと行われていたとしても、突出して大きなリターンが出ている場合、その背後に大きなリスクが存在することは想像しやすく、年金資金の運用先としては不適切です。AIJに運用を委託した厚生年金基金では、残念ながら一部を除いて、こうしたチェック機能やリスク管理機能が働きませんでした。

運用担当者の9割近くが資産運用の経験がない

厚生労働省が日本全国の厚生年金基金を対象に行った調査によると、今年(2012年)3月1日現在、579の厚生年金基金において積立金の運用を担当する役職員のうち実に88%が、過去に資産運用業務の経験がないそうです。これは厚生年金基金のほとんどが、いわゆる資産運用の素人によって運営されていることを意味します。

一方で厚生年金基金は、法的にはプロの投資家と見なされます。そもそも年金運用は、株式などのリスク資産も活用しながら分散投資を通じてリスクとリターンの最適化を図り、長期的に目標利回りの達成を目指すという、非常に難度の高い投資行です。本来、投資や運用のプロが手がけるべき金融業務であり、十分な金融知識もない素人の手に負えるものではありません。

身も蓋もない言い方になりますが、今回の問題は素人が安易に資産運用に手を出した結果です。ただし、資産運用の素人ならば素人なりに、受託者責任を全うするための努力はできたはずです。例えば外部の年金コンサルタントと契約し、運用内容の分析や運用機関との交渉にあたってもらったり、運用成績の計算や表示の方法などが国際的な基準に則しているか、運用機関に尋ねるといった手立てが考えられます

今回の問題が深刻なのは、被害者となった厚生年金基金の運用担当者はもちろん、基金に加入する企業にも、運用の能力、責任、当事者意識といったあらゆる面での「欠如」が感じられることです。そこには総合型の厚生年金基金が抱える制度的な問題や、国の監督責任も関係しています。次回は引き続き、制度という観点から問題の本質を考えてみたいと思います。

ご注意:「いま聞きたいQ&A」は、上記、掲載日時点の内容です。現状に即さない場合がありますが、ご了承ください。

バックナンバー2012年へ戻る

目次へ戻る