日米が「国際会計基準」の導入を検討
企業が決算書などを作成する際のルールとなる会計基準には現在、大きく分けて「国際会計基準」「米国基準」「日本基準」の3つがあります。このうち最も広く普及しているのが国際会計基準で、すでに世界の100カ国以上が導入しています。例えば欧州では、2005年からEU(欧州連合)域内の上場企業に国際会計基準の採用が義務づけられ、中国でも2006年から国内の上場企業に強制適用されています。
これまで独自の会計ルールを採用してきた米国と日本は、企業会計の世界においてはいわば例外だったわけですが、その両国もいよいよ国際会計基準の本格的な導入に向けて動き始めました。米国では2011年までに、国内の上場企業へ強制適用するかどうかを決定します。日本では2010年3月期から上場企業が国際会計基準による決算書を自主的な判断で作成できるようになり、2012年には強制適用の是非を最終決定する予定です。導入が決まれば米国では2014年から、日本では2015~16年から、それぞれ全上場企業に採用が義務づけられます。
国際会計基準による企業会計の共通化は、日本の投資家と企業の双方にメリットをもたらすと言われています。投資家にとっては企業の売上高や損益などを把握する「物差し」がひとつに統一されることで、100カ国以上の企業について財務状況を比較・分析しやすくなります。企業活動のグローバル化が進むなか、どの産業分野においても日本企業のライバルは国際的に事業を展開する外国企業であるケースが多くなっています。それらの企業業績が比べやすくなれば、外国企業の投資価値はもちろん、日本企業の真の実力や将来性を見定めるのにも役立つでしょう。
日本企業にとっては、自社への投資判断が容易になることで、世界中に投資家層を広げたり、従来よりも有利な条件で資金調達できる可能性が出てきます。海外子会社の収益を把握しやすくなったり、M&A(合併・買収)に際して相手企業の資産状況を見極めやすくなるといった利点も考えられます。
M&A関連では、「のれん代」の費用負担が軽くなるというメリットもあります。のれん代とは、M&Aで買収される側の企業が有するブランドや人材といった無形資産に対して、買収する側の企業が支払う費用のこと。現行の日本基準では20年以内に毎期分割して費用を処理していく必要があり、その分、利益の減少につながります。国際会計基準では、のれん代の価値が想定より下がった時点で評価損を計上する方式なので、分割処理の費用負担がなくなり、企業は大型のM&Aを進めやすくなります。
利益の取り扱いをめぐって紆余曲折も
そうした半面、企業が国際会計基準を導入するにあたっては億単位のコストがかかるほか、日本基準との違いから生じる「利益」の取り扱いの変化が、日本の企業と投資家に混乱をもたらす懸念も指摘されています。
日本基準においては、企業の業績を測る指標として「純利益」を重視していますが、国際会計基準ではこれが「包括利益」という項目に一元化されることとなります。包括利益には、企業が保有する有価証券や不動産などの時価変動が決算期末ごとに反映されます。国際会計基準の作成を担うIASB(国際会計基準審議会)では、持ち合い株式の多い日本企業に配慮して、保有株の時価変動分を純利益に反映させない会計処理も選択できる案を提示しました。
ただし、この処理手法を選択した場合は、保有株の売却益や配当金も利益計上できなくなります。すなわち、利益が足りないときに持ち合い株式の売却益を計上して業績目標を達成する、いわゆる「益出し」が不可能になるわけです。そのため日本側は、保有株の売却益を純利益に反映させる緩和策をIASBに求めています。
包括利益には企業の資産を為替変動に合わせて再評価し、その差損益を計上する項目も含まれています。海外拠点の多い日本の製造業には、為替の影響によって包括利益が1,000億円規模で変動する企業もあると言われており、こうした数字の存在は、かえって投資家の投資判断を鈍らせることにもなりかねません。
結局のところ、国際会計基準の肝となるのは「時価会計」であり、その対象区分の簡素化や例外規定の設定などをめぐって、まだまだ紆余曲折がありそうです。ルール改定にあたって各陣営の思惑が飛び交うのは世の常ですが、最終的には「誰のためのルール改定なのか」という認識が重要と思われます。少なくとも、投資家への情報開示という企業会計の本質だけは忘れてほしくありません。