企業の買収や合併がごく日常的に起こるようになり、「のれん代」という言葉をよく聞くようになりました。「のれん代」とは、企業の資産の中の営業権のことです。「のれん代」を説明する前に、企業の貸借対照表の仕組みについて簡単に述べておきます。
企業は決算のたびに貸借対照表を作成します。貸借対照表は、企業が現在の財務内容を広く公けに知らせるために作成され、企業が保有しているすべての資産内容が明らかにされます。貸借対照表の資産の部には、大きく分けて流動資産と固定資産が記載されます。
流動資産には、現金や預金、売掛金、棚卸資産(在庫)、短期的に保有している有価証券など、換金しやすい資産が含まれます。また固定資産には、流動資産よりもう少し長い期間にわたって保有する資産が記載され、形のある有形固定資産と形のない無形固定資産、子会社株式などに分かれます。(<図1>参照)
有形固定資産には土地や建物、機械類などの「目に見える資産」が含まれ、無形固定資産には特許権やソフトウェアという「目に見えない資産」が記載されます。質問にある「のれん代」は営業権という項目になって無形固定資産に計上されます。
そもそも無形固定資産とは、有形固定資産のように目に見える具体的なものではありません。しかし企業が長期間にわたって他社と競争してゆく上で、欠かすことのできない保有財産と位置づけられているものです。具体的には、特許権、地上権、商標権、実用新案家、意匠権、鉱業権、ライセンス契約、ロイヤリティ契約などの法律上の権利や、文学作品、音楽的作品、絵画、写真などの芸術的価値、顧客リストや顧客との契約など営業上の顧客との関係、それに「のれん代」(=営業権)のような経済的な財産があります。
「のれん代」は、企業の合併や買収、営業の譲り受けの時に限って資産に計上されます。「のれん代」に限らず無形固定資産というものは、企業にとってビジネスの上では不可欠のものですが、会計上の取り扱いがむずかしくしばしば議論の対象となっています。中でも「のれん代」は、その定義からしてあいまいな部分が多く、金銭的に評価することも困難とされています。のれん代の評価をめぐって企業の業績が大きく変わってしまうこともよく起こります。
それでは本論に入りましょう。
ここではベンツの例を考えてみます。ベンツ製のクルマが、まったく同じコストと性能を持つQ社の自動車よりも市場での価格が高い場合、そのベンツ車には「超過収益力がある」ことになります。世の中の人々は高い金額を払ってでもベンツ車を買おうとしており、そこには高い金額に見合うだけの理由があるはずです。
ベンツのクルマに超過収益力をもたらしている理由はどこにあるのでしょうか。一概には言えませんが、次のような理由が思いつくでしょう。
- (1) ブランド名が広く知れわたり、名前を聞いただけで製品価値がわかること
- (2) 経営の組織(従業員や経営者)が優れていること
- (3) 製造技術やサービスが優れていること
- (4) 製造に関する機密が保たれていること(容易に真似されないこと)
- (5) 営業所の立地がよいこと、どこにでもあること
- (6) 取引先と特殊な関係を結んでいること
この中のいくつかの理由はベンツが創業当時から持っていたものでしょうが、別のいくつかの理由はベンツが営々と時間をかけて築きあげてきたものです。ベンツ車の持つ性能、組織、サービスなどの長所が年月をかけて、他社にない価値を作り上げてきたのです。これこそが超過収益力の源泉であり、ベンツのブランド価値です。
ベンツの持つ企業価値に惚れ込んだ別の自動車メーカー(T社)が、ベンツを丸ごと買収しようと考えたとします。ベンツもこの合併話に乗り気で、両社はそれぞれの株主総会での了承を得て合併合意書に調印しました。あとは両社の合併を会計処理上で済ませるだけです。
ここで合併の会計処理を行うに当たって、「持分プーリング法」と「パーチェス法」のふたつの処理の仕方が登場します。
「持分プーリング法」とは、合併の会計処理にあたって、合併されるベンツの資産・負債を元の帳簿価額のままT社が受け入れる方法です。これに対して「パーチェス法」は、ベンツの持つ資産・負債を公正な価値(=時価)で評価してT社が受け入れる方法です。
「持分プーリング法」と「パーチェス法」というふたつの会計処理の違いは、<1>持分プーリング法はベンツの持つ資産・負債を帳簿価格(簿価)で引き継ぎ、パーチェス法では時価で引き継ぐ点で大きく異なります。そのために「のれん代」についても、<2>持分プーリング法では「のれん代」が計上されませんが、パーチェス法では「のれん代」が計上されるという違いが生じてきます。
冒頭のご質問(「のれん代」の金額はどのようにして決まるのですか?)に対する答えとしては、企業結合会計においてパーチェス法による評価を用いた場合に、現在の市場での価格と簿価との差額で決まる、ということになります。
米国の会計基準や国際会計基準では、持分プーリング法を廃止してパーチェス法を用いる傾向が強くなっています。しかし日本の会計基準では、合併や買収などの「企業結合会計基準」が整備されておらずあいまいなまま適用してきました。
それが端的に現れている点が、「のれん代」の償却に関する規定です。資産として計上された「のれん代」は、一定の期間で費用として償却しなければなりませんが、商法では5年以内、企業会計原則では20年以内と「一定の期間」の規定がばらばらです。実際に適用される場合でも企業ごとに決められており、最近は楽天のように1年間で一括償却する会社も増えています。
そこで日本の会計基準を作成している企業会計基準委員会は、昨年6月に「のれん代」の会計処理ルールを見直して、原則として1年間での一括処理は認めないという方針を打ち出しました。この新ルールは2006年4月から始まる会計年度から適用され、それ以降は20年以内の複数年で均等に費用処理されることになる予定です。ただしまだ細目は固まっておらず、今後も紆余曲折が予想されます。