1. いま聞きたいQ&A
Q

市場で話題になっている「長期停滞論」について教えてください。

期待収益率の低下が投資需要の減少を招く

長期停滞とは一般に、ある国や地域において収益性の高い有望な投資先やビジネス機会が減ることにより経済成長率が低下し、その低成長状態が長期間にわたって続くことをいいます。企業の設備投資を例にとるならば、それが将来的にどれだけの収益を生むかという「投資の期待収益率」が低すぎるために、実質金利(名目金利-物価上昇率)が下がっても設備投資がいっこうに盛り上がらないような状態です。

米国の元財務長官で現在はハーバード大学の教授を務めるローレンス・サマーズ氏が、昨年(2013年)11月にIMF(国際通貨基金)の会合で先進国経済の「長期停滞論」を提唱し、大きな注目を集めました。2008年の金融危機以降、FRB(米連邦準備理事会)が未曽有の金融緩和を行って低金利が続いているにもかかわらず、米国の景気が本格的に回復しないのは、潜在力を大幅に下回る低成長によって米国経済が長期停滞に入ったからではないか、というのがサマーズ氏の問題提起です。

長期停滞の要因として、専門家の間では労働力人口の減少や生産性の伸び率鈍化、それらにともなう投資需要の減少などが指摘されています

労働力人口が増加する局面では、住宅やオフィス、生産設備などの供給をはじめとする活発な国内投資が維持されるため、潜在的な経済成長率は上昇しやすいと考えられます。ところが労働力人口の減少局面では、そうした資本ストックが相対的に余剰となり、一国の全体的な資本収益率(投資の期待収益率)が低下するため、設備投資は低迷します。結果として、実質成長率だけでなく潜在成長率そのものも低下に向かいやすくなります。

米国では今後10年間、65歳以上の人口が毎年平均で178万人増えると予想されています。20歳~64歳人口の同56万人と比較すると、3倍以上も高齢者人口の増加数が多いことになり、投資需要はもちろん、米国でGDP(国内総生産)の7割を占めるといわれる個人消費の減少も懸念されます。

生産性についてはイノベーション(技術革新)が大きなカギを握るといわれています。長期停滞論を唱える論客のひとり、米国ノースウエスタン大学のロバート・ゴードン教授は、産業革命後に高成長をもたらした数々の技術革新に比べると近年のIT(情報技術)などは成長エンジンとして力不足であり、米国では今後も潜在成長率の低迷が続くと予想しています。

一方でサマーズ氏は、技術革新によって企業の投資額が減ったことも長期停滞の一因であるという、逆説的な持論も展開しています。グーグルなど今日の米国を代表する企業では、製造業における工場のように大規模な生産設備が必要ないため、国内に波及効果をもたらすタイプの投資ニーズに乏しく、米国内で従来ほどはお金が回らなくなったというわけです。

さらに視野を広げてみると、そもそも技術革新の有無にかかわらず、近年ではM&A(合併・買収)やアウトソーシングなどの形で企業の投資資金が海外に出ていくケースが増えています。これはいわば経済のグローバル化や企業の利益至上主義および生産性追求がもたらした必然的な帰結ではないでしょうか。その意味では、長期停滞は資本主義が深化する過程で避けられないものだったといえるのかもしれません。

バブルの生成や格差拡大につながる恐れあり

長期停滞が経済にもたらす悪影響として、特に金融緩和に関連して懸念される問題が2つあります。バブルの生成と格差拡大です

長期停滞により有望な投資先が減少する中で投資需要を喚起するための対策を今日のように過度な金融緩和に依存すると、市場にあふれた緩和マネーが少しでも高いリターンを目指して一部の金融資産に集中したり、リスクの大きさを無視した無謀な投資が横行するなど、資産バブルや信用バブルにつながりやすくなります。これは従来からいわれてきた金融緩和の弊害と同じ意味の懸念です。

以前にも紹介したように、欧米では物価上昇率の低い状況が持続するディスインフレが問題視されています。ディスインフレで賃金が伸び悩む状況の下、金融緩和によって資産価格をいわば人工的に上昇させる政策をとると、資産を持つ者と持たない者の格差が拡大する恐れが出てきます

一般に高所得層は日常生活の中で「不要不急の消費」が占める割合が大きく、所得の多くを貯蓄に振り向けることから消費性向が低いといわれます。対して低所得層は貯蓄する余裕もなく、結果として消費性向が高くなる傾向にあります。ディスインフレ下で貧富の格差が拡大し、少数(高所得層)への富の集中が進むと、その分だけ経済全体で消費に回るお金が減ることとなり、長期停滞をいっそう長引かせる要因になるわけです

長期停滞論について「真偽のほど」が判明するには、まだある程度の時間が必要だと思われます。しかし、金融緩和の弊害から先進国におけるディスインフレ、長期金利の低位安定、企業による手元資金の積み上げ、そして日本の「失われた20年」に至るまで、この文脈で捉えると理解しやすいという事実は、なんとも不気味といわざるを得ません。

ご注意:「いま聞きたいQ&A」は、上記、掲載日時点の内容です。現状に即さない場合がありますが、ご了承ください。

バックナンバー2014年へ戻る

目次へ戻る