これから1年ほど世界の金融市場は、米国の中央銀行である連邦準備制度理事会(FRB)の構成メンバーから出てくる様々な発言と、その選択(多数決で)として発動される具体的な措置・政策を、いつにも増して固唾をのんで見守る時期に入る。今のマーケットは世界中の中央銀行が“超”がつく金融緩和を実施しているという前提で形成されている。しかしその前提がいわゆる“出口戦略”(特に米国の)の進展の中で大きく変わろうとしている。前提やベースが変わることの影響は大きい。マーケットの様相、例えば今までの世界的な株高が大きな環境変化(相場水準の変化、買われる理由の変化など)に見舞われる可能性が高いのだ。実は既に始まっているそのプロセスを数回に渡って展望してみよう。
非伝統的金融政策
“始まっている”と書いたのは、既にFRBは今年(2014年)1月に「QE3(量的金融緩和の第三弾)の縮小」に着手しているからである。それまで月間850億ドルもの政府長期債と住宅ローン担保証券(MBS=mortgage-backed securities)を買い入れていたが、昨年12月の理事会で「2014年1月から月間の買い入れ額を750億ドルにし、その後もマーケット環境を見て減らしていく」と宣言した。(この件については次回、今回はそこに至る過程を解説する)
ではそもそもQE(Quantitative Easing)とは何か。まず重要なのは、それが中央銀行の長い歴史から見れば“非常事態措置”である、という点だ。中央銀行は通常政策手段として「金利の上げ下げ」を使ってきた。景気の悪化に対処して金融緩和を行う場合には、政策金利(米国だとFF金利、日本だとオーバーナイト物の無担保コールレート)を引き下げる。
しかし金利はゼロに接近したらもうそれ以上は下げられない。それでも「景気浮揚のためには緩和が必要」となるとQEを発動する。それは中央銀行が市場にある各種債券、または政府が市場に発行する証券を購入することにより、民間金融市場に流れる資金の量を増加させ、それによって企業や消費者が利用できる資金の金利をなるべく下げ、さらにその量も増やすことを意味する。
金利操作は世界の中央銀行がずっと本筋の金融政策手段としてきた歴史があるから、「伝統的金融政策」と呼ばれる。これに対してQEは「非伝統的金融政策」と呼ばれる。戦後、各国の中央銀行の歴史においてもほとんど使われたことがない手法だし、中央銀行が政府の発行する債券を購入するなど「あまりすべきでない」とされてきたことをやるわけで、“非伝統的”の意味には「非常事態措置」「本来はあまり好ましくない措置・政策」の意味合いが込められている。
もっとも2007年のリーマン・ショック以降、世界の主要な中央銀行がこの量的金融緩和を行っているという事実に照らせば、これからも「非伝統的な手法だ」と言い続けられるかどうかは不明だ。日本も米国も量的緩和状態にあるし、欧州は遅れてQEに政策の重点を移す可能性がある。よって今はQEが「金融政策の主流」と呼べないことはない。環境的には低インフレ時代、ディスインフレ時代には金利水準そのものが低いので、金融政策はQEとして発動される可能性が高いということだ。
QE1、QE2、そして今のQE3
「QE3」と「QE」に「3」を付けて登場させたのは、米国の量的金融緩和政策が第3弾に入っているからだ。第1弾、つまりQE1はサブプライム住宅ローン問題を受けたリーマンショックや世界同時株安といった金融危機が起こった際に、2008年11月から10年6月まで実施された。その間にFRBは1兆7250億ドルの米国債、MBSなどを買い入れた。しかし景気は回復せず、インフレ率の低下現象も見られた。台頭したのはデフレ懸念だった。そのため長期金利の押し下げを狙って10年11月から11年6月までの約8カ月間、1カ月あたり約750億ドルのペースで合計6000億ドルの米国債の追加購入が行われた。それがQE2だ。
QE3はそれに続く措置で、発表されたのは12年9月12日~13日のFOMC(連邦公開市場委員会)だ。当時のFRB議長はバーナンキ氏で、今のイエレン議長(14年2月3日就任)は副議長(10年10月から)だった。その時に決めたのは「追加的にMBSを毎月400億ドル購入する」というもの。当時FRBはオペレーション・ツイストと呼ばれる長期金利引き下げ措置を実施しており、FRBが月間で買い入れる各種債券は、月450億ドルの国債と合わせて毎月850億ドルに達した。それをもう2年弱継続していた。だから「今年1月から縮小に着手」といってもまだ継続中で、FRBが市場に流した資金量はQE1とQE2をはるかに上回ることが確実である。仮にQE3で債券購入によってFRBが市場に流した資金を「2兆ドル」とすると、それは米国のGDPの約8分の1にあたる。
膨大な資金がマーケットに
「非伝統的な手法でこんなに大量の資金をマーケットに流したら、将来のインフレが心配だ」というのは伝統的で常識的な考え方である。モノに対してお金の量が増えると考えられるからだ。その懸念は2000年代に入って早々に金融政策の運営目標を金利から資金量に移した日銀にも、むろんFRBの中にもある。
しかし今のところ世界的にインフレは起きていない。そこをどう考えるかが金融政策担当者の一番悩むところだ。日本では黒田日銀総裁と白川前総裁の間には大きな違いがある。どちらが良いかは歴史が判断するが、「経済活動が少しでも活発になった」という点では今のところ黒田氏の政策に軍配が上がる。
今重要なのは、米国の景気状況がかなり改善してきたことだ。出てくる各種の経済指標は改善するものが多くなり、FRBが政策目標としているインフレと雇用の指標も大きく改善している。この半年ほど米国の非農業部門就業者数は月間20万人以上増加していて、政治的に重要な失業率も5%台に手が届きそうな水準(6.1~6.2%)になってきた。一方、ずっとデフレ懸念があり低インフレに悩んできた物価情勢も、直近のFOMC声明が「インフレは委員会の長期目標に若干接近した(Inflation has moved somewhat closer to the Committee's longer-run objective)」と言及するまでになった。
こうなってくると、量的緩和の縮小(tapering)から政策を一歩進める準備が必要になる。「“超”緩和からの出口戦略」が当局にとっての喫緊の課題となり、その進め方や手順、開始時期、その後のペースに関しては、現在5人の理事(2席は空席)の間には見解の相違があり、それが表面化しつつある。(続)