日本の格差拡大は低所得者の増加によるもの
米国ほど極端ではないものの、日本でも格差拡大は確実に進んでいます。野村総合研究所の調査によると、日本の金融資産5億円以上の世帯数は2000年の6万6,000世帯から13年には5万4,000世帯まで減少しましたが、それらの世帯が保有する金融資産総額は43兆円から73兆円へと、むしろ増加していました。1世帯当たりの金融資産額は6億5,000万円から13億5,000万円へと倍増したことになります。
一方で金融資産3,000万円未満の世帯数は3,761万世帯から4,183万世帯へと約1割増加し、1世帯当たりの金融資産額は1,338万円から1,289万円まで減少しています。この調査結果を見る限り、日本では一部の超富裕層へと富の集中が進み、一般的な資産階層では反対に富が分散していることが分かります。アベノミクスによる資産効果の恩恵が、もともと多くの金融資産を持っていた人ほど大きかった半面、一般庶民にはほとんど届かなかったということでしょうか。
トマ・ピケティ氏の共同研究者である米カリフォルニア大学バークレー校のエマニュエル・サエズ教授と、一橋大学経済研究所の森口千晶教授が行った研究からは、また違った格差の実態が浮かび上がってきます。それによると、日本で近年最も所得シェア(国民総所得に占める割合)を伸ばしているのは上位5%に属する所得階層です。これは年収で750万円程度、ちょうど大企業の正社員クラスに相当します。
同研究では、中間層を含む下位90%の所得階層において、所得水準が90年代から10年まで一貫して下落傾向にあったことも示されています。長期デフレや国際価格競争の激化による企業業績の低迷、非正規雇用の拡大などによって日本国民の大多数の平均年収が下がり、結果として上位5%の所得シェアが拡大したということが、この研究から読み取れるわけです。
米国では上位1%の高所得層が占める所得シェアが20%近くに達しているのに対して、日本では10%弱にすぎません。日本の格差拡大は、富裕層の増加よりも低所得者の増加によるところが大きいといわれています。実際に日本では低所得の高齢者や母子家庭が増加し、若年層の失業や非正規雇用も目立ちます。所得が中央値の半分に満たない人の割合を示す「相対的貧困率」は、85年の12.0%から12年には16.1%まで上昇しました。ちなみに12年の貧困基準は、2人世帯で年間可処分所得173万円となっています。
経済成長は格差是正の万能薬ではない
ピケティ氏が著書「21世紀の資本」の中で示した【r>g】(資本収益率>経済成長率)という法則に沿えば、ある国の経済成長率が低下すると、その国で資本を持つ者と持たざる者の格差は広がることになります。逆にいうなら、格差を縮小するためには経済成長が必要になるわけです。日本における低所得者の増加が長期の経済停滞によってもたらされたものならば、経済成長が日本の格差是正につながると考えるのは自然な流れかもしれません。
しかしながら経済成長と格差の関係はそれほど単純なものではないようです。前述したエマニュエル・サエズ教授と森口千晶教授の研究によると、日本で過去に実現した高成長は、第2次大戦前と戦後ではその環境要因が異なります。要約すると、1890年~1938年の急成長は資産家と財閥系大企業を中心とした「格差社会」の中で実現し、55年~73年の高度成長は近代的な日本型企業システムによる「平等社会」の中で実現したというのです。これは経済成長と格差の関係が一意的に決まるものではないことを示唆しています。
おそらく経済成長は格差是正の万能薬ではないし、格差が絶対悪というわけでもありません。ピケティ氏も語っているように、イノベーション(革新)や人々のやる気を引き出すうえで、ある程度の格差は必要なのだと思います。ポイントは、格差が長期にわたって固定されないよう、社会全体で気を配ることではないでしょうか。
その意味で、日本の格差問題について議論する際には、日本人の意識やライフスタイルの変化にも注目すべきだと思います。いささか厳しい見方をするならば、前述した低所得の高齢者や母子家庭の増加は、核家族化の進行や結婚観・離婚観が多少なりとも影響していると考えられます。若年層の失業や非正規雇用が増えているのも、昨今の若者意識と無関係ではないでしょう。
専門家からはこうした貧困層の固定化を防ぐために、富裕層だけでなく中間層も含めた日本社会全体の負担増が欠かせないという声が上がっています。その場合、単なる財源負担にとどまらず、教育や地域での支え合いなどソフト面から貧困に対処する施策も求められてくるはずです。経済成長が重要なのはもちろんですが、本当に成長すべきは人間社会の方なのかもしれません。