金融政策への過信がリスク志向や借金を生んだ?
米国では長期金利の低下にともなって、企業や個人など民間の借り入れコストも大幅に低下しました。例えば前回紹介したハイイールド債と米国債の利回りを比較すると、リーマン・ショック後の2008年末に20%超もあった「利回り格差」が、最近では3.5%程度まで縮小しています。信用度が低い企業でも、比較的低コストで社債発行すなわち資金調達が可能になったのです。
これは裏を返せば、日米欧の強力な金融緩和によって市場に大量の資金が供給される一方で、投資家が極度の運用難に陥っていることの反映でもあります。長期金利の低下によって、国債への投資ではほとんど満足なリターンが得られなくなったため、投資家は従来より収益性が低い社債などでもデフォルト(債務不履行)リスクを引き受けるようになってきました。
低金利の恩恵にあずかっているのは、信用度の低い企業だけではありません。米国では優良企業が多額の資金を低コストで調達し、それを自社株買いなどの形で株主に還元したり、巨大買収の原資として活用する例が目立ちます。こうした資金調達面でのメリットが、米国における歴史的な株価上昇の一因になったと指摘する声もあります。
元来、金融緩和を通じた中央銀行による大規模な国債購入は、財政規律の悪化や通貨の信用低下を招く恐れがあることから、インフレの要因とされてきました。しかし、80年代以降は金融政策の進化・発展により中央銀行への信頼が高まったため、中央銀行の資産膨張とインフレの関係は薄れたとみる専門家もいます。
この見方が正しいならば、現在のように日米欧で株高と低金利の併存が続く状況は、中央銀行が思い描いたとおりの展開といえるのかもしれません。一部の投資家や企業による過度のリスク志向や借金は金融緩和の弊害などではなく、人々の金融政策への過信が生んだものであり、中央銀行は本来それを意図してはいない――と。
成長鈍化の影響が思いのほか大きい可能性も
欧米の経済に関する専門家のコメントとして最近、よく目にするキーワードが2つあります。「日本化」と「成長鈍化」です。
ユーロ圏では今年(2014年)5月の消費者物価上昇率が前年比0.5%と、8カ月連続で1%を下回りました。ギリシャやポルトガルのように上昇率がマイナスの国もあります。米国でもインフレ率が1%強と、FRB(米連邦準備理事会)が長期的な目標に掲げる2%を下回っています。
欧米経済については以前から、景気が回復基調にあるのに物価上昇率が極めて低い「ディスインフレ」が指摘されていました。ディスインフレが続くと日本のようにデフレに陥る可能性が出てくる、すなわち「日本化」の懸念が高まるため、中央銀行は将来的な金融システムへの悪影響を意識しつつも、金融緩和を長期にわたって続けざるを得なくなります。
ディスインフレの要因としては、例えば生産設備などの供給力に対して需要が足りないことが挙げられます。IMF(国際通貨基金)では、先進国において潜在的な供給力と実際の需要の差にあたる「需給ギャップ」が、いまだに1.1兆ドル(約110兆円)もあると推計しています。
先進国の需要不足は、欧米を中心に政府による財政出動が抑え気味なことに加えて、民間企業が新たな設備投資や人材採用に慎重なことの影響が大きいといわれています。個人消費も従来に比べて慎重な姿勢が目立つほか、銀行の貸し出しも鈍化するなど世界的に経済主体がアグレッシブさ(積極性)を欠く状況が広がっています。米国ではベビーブーマーの引退など、高齢化によって労働人口と旺盛な消費の担い手が減少し、潜在成長率の低下が続いているという見方もあります。
これらはいずれも実体経済の「成長鈍化」を示唆していると考えられます。長期金利が低い要因として成長鈍化の影響が思いのほか大きいとしたら、中央銀行による金融政策のかじ取りが今後どこかの時点でつまずく可能性もあるのではないでしょうか。
FRBは資産の縮小も利上げもゆっくりと時間をかけて進める方針であり、日銀やECB(欧州中央銀行)では今後も資産膨張が続きそうな気配です。長期金利が低い理由とその影響について、市場はこれからもかなり長期にわたって頭を悩ませることになりそうです。