国内で企業の資本効率改善を促す動きが活発化
企業の株主配分は、配当と自社株買いに大別されます。2013年度(13年4月~14年3月)に日本企業の配当総額は6兆9,043億円となり、6年ぶりに過去最高を更新しました。14年度も配当を厚くする傾向は続きそうで、配当総額は7兆円超と2年連続で記録更新が見込まれています。アイ・エヌ情報センターによると、日本企業による自社株取得総額は13年度に1兆5,466億円と前年比で38%増加しました。ゴールドマン・サックス証券では14年度の自社株取得総額を約4兆円と推計しており、これは07年度に次ぐ高い水準となります。
日本企業が昨年(13年)来、株主配分を増やしている背景として、「成長投資」や「株主還元」への要望が投資家や株主の間で大きいことが挙げられます。08年のリーマン・ショック以降、日本企業の多くは先行きが見通せない不安から現預金の積み増しに動きましたが、アベノミクスによる市場環境の好転や財務体質の強化を通じて、そうした手元資金の有効活用が問われるようになってきたのです。
なかでも大きな影響を及ぼしているのが、日本国内における意識の変化です。例えば約130兆円の公的年金資金を運用するGPIF(年金積立金管理運用独立行政法人)は、運用成績向上への取り組みとして日本株運用のベンチマーク(指標)の見直しに着手。従来のTOPIX(東証株価指数)に加えて、ROE(自己資本利益率)の高さなどを基準に構成銘柄を決める新しい株価指数「JPX日経インデックス400」に沿った運用を今年4月からスタートしました。
6月には安倍政権が新しい成長戦略に企業統治の強化を盛り込み、機関投資家に投資先との対話を求める「日本版スチュワードシップ・コード」も導入しました。国内外の機関投資家の間では日本企業に対して資本効率の改善を求める声が多いことから、これは事実上、政府の肝煎りで企業にROEなどの向上を促す施策ということができます。
日本企業の株主配分を市場が強く意識するようになったのは、5月15日に金属加工機械メーカー大手のアマダが純利益の半分を配当に回し、残りの半分も自社株買いに充てると発表したことがきっかけです。利益をすべて株主に配分するという同社の資本政策は市場に衝撃を与え、株価は発表翌日に前日比16%高と急騰を演じました。
アマダは実質無借金で手元資金が1,000億円を超える典型的なキャッシュリッチ企業ですが、財務の健全性とは裏腹に過去10年間のROEが平均3%と低迷するなど、資本効率の低さが問題視されていました。JPX日経インデックス400の構成銘柄に採用されなかったという経緯もあって、同社では株価や資本効率の低さを素直に認め、企業価値を高める経営への転換を打ち出した格好です。
ROEの向上=企業価値の向上、ではない
このように日本国内でROEへの関心が従来以上に高まるなか、今年は株主配分のうち、特に自社株買いに市場の大きな注目が集まっているようです。企業が自社株買いを行って消却の手続きを取ると、その分だけ発行済み株式数が減るため、1株あたり利益(純利益÷発行済み株式数)は増えることになります。同時に自己資本も減るため、ROE(1株あたり利益÷1株あたり自己資本)の分子が増えて分母が減る、すなわちROEが向上するという効果が得られるわけです。
実際に、いわゆる「自社株買い銘柄」の株価はおおむね堅調に推移しつつあります。例えばアマダと同じ今年5月に自社株買いを発表した主な企業について、発表前日と8月15日現在の株価(終値)を比較してみると、ブラザー工業が33.0%、アマダが27.4%、アステラス製薬が24.6%、HOYAが11.6%など、大きく上昇しているケースが目立ちます。
一方で、自社株買いに関して気になる動きも出てきました。CB(転換社債)を発行して資金を集め、それを自社株買いに充てる企業が増えているのです。手元資金を使わず、あえて負債を抱えて自社株買いを行うのは、自己資本を圧縮することでROEのさらなる引き上げが実現するからです。CBは将来的に株式に転換する権利が付く分、SB(普通社債)より金利を低く抑えられるため、企業にとってコスト面のメリットもあります。
こうした動きに対して専門家からは、一時的に見かけ上のROEを高める財務テクニックに過ぎないといった厳しい指摘も上がっています。また、そもそも自社株買いにはROE向上の裏側で企業財務の安全性を示す自己資本比率を悪化させるという側面もあり、安易に負債を膨らませればその傾向はいっそう強まることになり。
ROEが向上すると株価が上昇しやすいことは確かですが、それがそのまま企業価値の向上につながるわけではありません。結局のところ日本企業のROEが低い最大の理由は利益率の低さにある、というのが投資家や株主の本音ではないでしょうか。株主配分という市場テーマが一段落した後には、本業の収益性を高めるための成長投資という観点から、自社株買い銘柄の中でも選別が進むと考えられます。