1. 金融そもそも講座

第29回「介入の問題、メリットとデメリット」

今回は「介入のメリットとデメリット」を書く。10月下旬に韓国の慶州(日本でいえば京都のような古都で、街には古墳が一杯ある)で日本が難しい立場に立たされた20カ国・地域(G20)財務省・中央銀行総裁会議があったばかりなので、興味深い展開をたどったこの会議と絡めて解説しよう。

メリット

何よりも介入のメリットは、国の経済運営において常に大きなファクターである為替相場を、“ある程度”当局の思惑通りに動かせることである。“動かせる”ということの中には、1)方向転換 2)変動幅の緩和 3)常軌を失った市場のコントロール――などが含まれる。「市場は常に思惑がぶつかりながらも、いつも理性と論理に従った動きをするはずだ」と考えている方もいるかもしれない。しかし私のようにマーケットを長く経験し、マーケットの機能に深い尊敬と理解を持っている人間でも、時に市場は「常軌を失う」「国の経済政策を損なう方向に動く」ということは認めざるを得ない。今でも鮮明に思い出すのは、1995年4月19日のドル・円相場の円史上最高値樹立時(この原稿は11月3日に書いている)の市場の混乱である。

このとき市場はまさにone-way market(売り買いの一方が消える)状態で、目の前で市場を見ていた私にして、「今のマーケットは狂っている。マーケットには時にスタビライザーが必要だ」と本気で思ったものだ。結局のところ市場は人間の売り買いが作り出す。しかし人間は時に常軌を逸する。正気を失う。市場参加者は皆利益を追い、ヘッジをかける人々であり、その成果を常に監視している。マーケットに参加している人間は常にナーバスであり、そのナーバスさが高じると恐怖に駆られた行動に出ることもある。だから損得に関係なく市場にパワフルに参入できる政府・中央銀行の存在が重要なのであり、市場のスタビライザーになる。

1995年の4月19日のことは今でも思い出すが、相場が30銭、40銭と飛び、とても正常とは思えなかった。そこに入ってきていたのが政府・日銀の介入である。このときの介入は当時の榊原財務官が主導したもので、「方向転換」を狙ったものだが、当初はドル売り圧力が強くてあまりうまくいかなかった。しかし80円割れの円高で「さすがに円は高すぎる」という市場の認識が広がる中で徹底的なドル買い介入をした結果、その後のドル・円はドル高の方向に動き始めたのである。

米国が許容

一つ重要なポイントは、デフレで苦しむ日本を米国が「円高阻止の介入はいたしかたがない」という目で見ていたということだ。米国に次ぐ世界第二位の経済大国である日本が円高によって一層の経済苦境に直面することは、「米国にとっても、世界経済にとっても好ましくない」と判断して、介入を続ける日本を米国は側面支援したのである。ドルの母国である米国が、政府・日銀のドル買い介入を容認したのだから、このときの日本の介入は最後は成功した。このドル・円相場の反転により、日本は力強くはないが不況脱出への道を歩むことができたのである。

このときの介入は「徹底的」という形容が当てはまるもので、しかももう一方の当事者である米国が「問題なし」としていたことから、日本の介入におけるまれな成功例といわれる。榊原財務官の口癖は「勝たない介入は失敗」というもので、それは何を意味するかというと、ドル安進行時に買ったドルを、その後売ったらもうかる水準にまで押し上げられるかどうかによる。確かにこの時は、80円とか85円で大量に買ったドルを、論理的にはその後110円で売れるような状況まで持って行けた(むろん、介入だけの力ではないが)のだから、「勝った介入」といえる。

しかしもっと重要なことは、市場での大量の資金を使っての介入が、その国の経済政策運営の上でも「勝った」といえる状況を作り出せるかだろう。為替相場の変動は貿易取引に大きな影響を及ぼすことはよく知られている。輸出立国にとって、自国通貨安は輸出のしやすさの増大だから、メリットがある。しかし通貨安が輸入物価の上昇につながってインフレになっては仕方がない。世界的にインフレが問題になっているときには、物価面から自国通貨が下落することを嫌がる国が多い。

その意味で、1990年代半ばにおける日本の政府、日銀のドル・円市場介入によるドル買いは、1)日本の輸出を容易にし 2)日本のデフレを緩和する――という二つの面で大きな成果があった。そういう状況が良いときの介入は、経済政策運営を大いに容易にするといえる。「方向転換」を狙う介入というのはそれほど頻繁に行われるものではない。プラザ合意(1985年)後のドル高是正を狙った世界的な協調介入などがそうだ。通常の介入は、一時的にdisorderly(無秩序)になった相場の動きをなだらかにすることを目的とするものだ。

最初に触れたように為替介入にはいくつものタイプがあり、このシリーズの中で取り上げてきたように単独、協調などいろいろなパターンがあって一概には言えないが、国家の資金を使ってやるものだから、メリットを求める。メリットとは為替相場が大きく振れているようなときには貿易、国際サービス取引の値決めは難しくなるから、相場のある程度の安定が必要だ。その為に相場の動きをなめらかにするメリットが介入にはあるし、物価安定という意味ではインフレ時は自国通貨高が良く、デフレ時には自国通貨安が良いという構図になる。内需が不振で輸出を伸ばしたければ自国通貨安が望ましい。その時々で、メリットも変わる。

国際摩擦の危機

しかし、世界的に景気が良くて物価がインフレ状態のときと、世界的に景気が悪くてデフレ圧力が強いときの介入の意味合いは全く違う。慶州で開かれたG20は、まさに後者の環境下で行われた。9月中旬にドル・円が放っておけば70円台に突入するかもしれないという状況下で行われた日本のドル買い・円売りの介入に対しても、各国から必ずしも表立ったものでないにせよ様々な形で疑義が投げかけられるに至った。1995年当時には、まだG20などという大きな会議は活発には稼働しておらず、G7の中でも米国の同意を取り付ければよかった。そんな時代からすると、今回のG20は隔世の感があった。

G20に参加した幾つかの国が日本に疑義を投げかけた背景は、日本が円高に苦しんでいることは認めるが、ドル安・自国通貨高に悩んでいるのはその他の国も同じ事。先進国である日本が自国の都合だけで自国通貨安の介入を行ったら他の諸国に示しがつかないし、「通貨安競争」が誘発されるのではないか、というものだった。実際、今の世界経済情勢では「通貨安競争」は起こりやすいし、米国がドル安を放置している中では実質的には始まっているともいえる。ブラジルや南アフリカはドル安と先進国からの強い資金流入で国内株式市場が過熱するなど、経済運営が難しくなっている。しかし米国は「輸出促進で200万人の雇用創出」とうたっている中では、自らドルの下落に歯止めをかける状況でもない。

その中での日本のドル買い介入は、国際摩擦を引き起こしてもおかしくない性格のものだった。つまり、今の「世界的不況・デフレ」の環境の中では、世界各国が「他の国による通貨を安くする介入」には神経質になるし、場合によっては国際的な紛争の種になるのだ。それこそ今の世界的経済環境の中での介入のデメリットといえる。

ではG20とその後の緊迫する国際通貨市場の中で、各国はどのように利害関係を調整しているのか。次回はそれを取り上げる。

ご注意:本コラムは、上記掲載日から1ヵ月程度前に伊藤洋一氏が執筆されたものです。
閲覧される時期によっては、現状に即さないことも予想されます。また、内容には仮定に基づいた記述も含まれます。ご了承ください。

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