据え置きも、インフレ警戒モード継続の米金融政策
第414回
10月末に開かれた米連邦公開市場委員会(FOMC)がちょうどコラムの締め切りに間に合ったので、最初の部分でFOMC決定に関して少し取り上げておく。その後に、前回はフランスを取り上げたので、今回はもう一つの欧州の大国ドイツに少し触れておきたい。どちらも日本にとっては共通の価値観(民主主義、市場経済)を持つ先進国仲間であり、米国(トランプ米大統領率いる)とは同じような微妙な関係にある。
今年7回目の10月FOMC(米連邦公開市場委員会)(日本時間28〜29日)は、大方の予想通り「据え置き」だった。政策金利誘導目標は3.75%から4.00%のまま。ウォーシュ議長が就任して最初にFOMCを主催したのは今年6月。それ以降、特に7月のFOMCでは据え置き(3.5〜3.75%)に3人もの委員が「反対票」を投じた。「FOMC内に深刻な意見対立」との見方もあったし、マーケットも新議長の手腕に対する懸念もあって落ち着かなかった。
しかし前回9月(今年初の0.25%引き上げ)は全員一致での決定。そして今回の据え置き決定は2人が反対意見を出したものの「予想の範囲」でなによりもマーケットの反応が落ち着いていた。議長の発信方向にも慣れてきた感じだ。
これは重要な事だ。連邦政府レベルでは中間選挙を経てトランプ政権の最後の二年間突入となっており、従来から不安定だった同政権(本人とその高官)からの発言(発信)は乱雑さを増すだろう。そういう時に「金融政策には安定感がある」というのは重要だ。今回議長は改めて「政治との距離」を会見で強調して見せた。重要な事だと思った。
少し振り返ると、FOMCは今年これまでの7回の会合で、実は金利を操作したのは9月(15〜16日)だけ。トランプ米大統領のパウエル前議長に対する数々の挑発発言、FRB(米連邦準備理事会)理事(クック)に対する解任の策動、そして新しいFRB議長就任と、米国の金融政策は今年激しく動揺したように見える。しかし政策運営は議長交代の中でも極めて安定していたのだ。
AI(人工知能)という新たな産業は、米国経済の形を多く変えている。企業収益のリーダーは変わり、設備投資の方向は大きな変化の中にある。雇用市場の変化も激しい。しかしその激しい変化の中でも、「金融政策の安定性」は維持されていると言える。
据え置きを選んだFOMC
10月のFOMC声明を見る。ウォーシュ議長就任以来短くなった声明の中で、FOMCはインフレに関しては「Inflation remains elevated」(インフレは引き続き高止まったままだ)と警戒感を示している。しかしその一方で、「The accumulation of more information will help the Committee determine the policy stance appropriate to ensure a timely return of inflation to the Committee's 2 percent goal」(今後もっと情報が集まる中で、FOMCは目標とする2%のインフレにタイムリーに復帰できる政策スタンスを決めることになる)と述べた。
これは素直に読めば、次回の12月の今年最後のFOMC(8〜9日)では、現状程度の情報の集まり具合なら、「高止まったままのインフレ率に対して利上げを行う」と予告したようなものだ。私にはそう読めるし、多くのアナリストもこのスタンスを取る。一番の問題は「more information」で、これは今からは分からない。イランと米国の戦争は終わっていて、原油価格安が生じているかもしれない。そうなったら、多分利上げはなしだ。
今回の「据え置き決定」に関しても、12人の投票権ある委員のなかで賛成は10人にとどまった。「10月の今回会合で利上げすべきだ」と主張した委員が2人。Lisa D. Cookと Beth M. Hammack(クリーブランド連銀総裁)。FOMCの中には、根強い利上げ派がいることは以前から知られているし、役割から言って当然だ。
声明が「インフレが高止まっている」と判断しながらも、今回利上げを見送った多数派の理由付けは、明示されていない。表面的には「もっと情報が欲しい」ということだが、筆者は
- ① 利上げした9月からまだ1カ月余しか時間がたっておらず、長期金利も上がったり下がったり忙しく動いているので、もう少し市場動向を見た方が良い
- ② 中間選挙を数日後に控えた時期に、あえて政治的論争に巻き込まれる必要はない
との判断があったと見る。
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ウォーシュ議長は会見で、来年から政策金利設定のためのFOMC会合数は減らす方針を明らかにした。来年からもFOMCの年間会合数は現在と同じ8回。しかし「政策金利を決めるFOMC」は、2027年については年7回、2028年については年間6回とする。その結果、2027年には一回、2028年には年2回となる「金利を設定しないFOMC」は、「広範な金融戦略を話し合う」という。これはかねて新議長が主張してきたこと。「もっとFOMCで金融政策戦略を深く話したい」という意向だろう。これは歓迎できる。
今回の声明の米国経済の現状に関する部分は以下の通り。簡単な英語なので訳さないが、「景気は強い」と言っている。
「economic activity is expanding at a strong pace. While uncertainty remains elevated owing, in part, to geopolitical developments, domestic spending has been resilient. Productivity growth is strong, and capital investment is robust. Job gains have kept pace with the workforce, and the unemployment rate has changed little.」
「geopolitical developments」という単語が直接出てくる。「イラン情勢に伴う原油高をどうにかしてくれ」というFRBの願いが読み取れる。
VWの66万人賃金凍結案
さてドイツ。首相が10月末に来日して、高市早苗首相などと会談した。高市首相その人はなかなか海外に自ら出かけない人なので、「来てくれる海外トップ」がいるとやや安心できる。今回のメルツ訪日は特に大きな成果を期待されているものではない。マスコミもその程度の扱いだ。日独間には「対米(トランプ)政策をどうする」という共通の課題はある。しかしトランプさんがスタンスを変え続ける限り、「これ」という解決策は別にない。ドイツが希望する次期戦闘機の共同開発(グローバル戦闘航空プログラム⦅GCAP⦆ 日本は英国、イタリアと順調に進展中)への参加に関しては、外相レベルで「早期に協議」となっているが、「時期的に遅すぎる」という意見も日本サイドにはある。
筆者は今のドイツが直面する象徴的な問題として「フォルクスワーゲン社(VW)の労働者組織に対する2030年までの労働賃金凍結提案」を取り上げたい。この問題が表面化したのは10月19日。ロイターによると、同日VWの経営陣は世界66万人の従業員に対して「2030年までの賃上げの凍結」を方針として打ち出したという。むろんこれは一方的な方針表明であって、労働組合がこれを飲んだわけではない。猛反発だ。
しかし筆者はこの報道を見た時にとてもびっくりしたし、ドイツの産業界が抱える問題の深さを思った。ふと考えてみれば、日本は「労働賃金の引き上げ」が労働界ばかりでなく、政府全体の大きな課題だ。“労使協調”で「物価上昇率を上回る賃金上昇」を目指している。しかし、ドイツの目指す方向は逆だ。特定企業とは言え、国を代表する産業(自動車)の有名企業(フォルクスワーゲン)が労働組合に対して、「長期労働賃金の凍結」を提案せざるを得ないという現状。
重要なのは、ここ数年において賃金抑制の動きがドイツでは繰り返し起きている事だ。VWについて言うと、労使は2024年の末に労使ですでに大規模なリストラに関する協定を結んでいる。その中身は、①2030年までにドイツ国内で約3万5000人の労働者を削減する ②賃金や賞与などの抑制をする ③ドイツ国内の年間生産能力を約73万台削減する— — など。これは会社側の提案ではなく、労使で合意されたことなので、労組側はすでに大きな譲歩(雇用や賃金などで)を行っていた。つまり労使“合意”は出来ていたわけだ。
しかし今回改めて企業側が2030年までというかなり長いスパンでの賃上げの凍結を労組側に提案した。しかも全従業員66万人が対象。当然ながら労組側は拒否の姿勢であり、今後話し合いが続く見通し。筆者の目に鮮明に見えたのは、「VWという象徴的企業に象徴されるドイツ産業の苦境」だ。
日本もそうだが、車はドイツ経済の柱だ。戦後ずっとそうだ。その国の柱となる産業で、代表的企業が労働組合に対して繰り返しの「労働賃金の抑制(凍結)」を求めざるを得ない状況。いかに苦しいかが分かるし、ドイツ経済の屋台骨にヒビが入っていることが分かる。
行き詰まったままのドイツ型成長
ではなぜ屋台骨にヒビなのか。「そもそも」的になるが、ロシアのウクライナ侵攻(2022年2月24日)はドイツの戦後発展のスキーム(成功物語)を大きく転換した。それまでの戦後ドイツは、コール、メルケル政権の政策(対ロ宥和政策)もあって経済的には「安いロシア産エネルギーへの依存度増大」を高め、それを戦後の高い経済成長にうまく組み込んだ。その上で、各産業が高い技術力で製品を完成させ、それらを輸出して儲けるというものだった。自動車を初めとして、依然として日本でも米国でも「ドイツ製品に対する信頼」は高い。
しかし、ロシアのウクライナ侵攻が全てを変えた。「(プーチンは)欧州がその選択肢(ロシア産エネルギー排除)の道を選ぶことはない」と判断してウクライナに侵攻したとも言われる。しかし国境をお互いに接する欧州諸国にとっては、ロシアのウクライナ侵略は見逃せない安全保障上の大問題で、北大西洋条約(NATO)としての存立基盤を問われる問題だった。
ドイツを始めとして欧州各国は「エネルギー(原油・天然ガスなど)のロシア依存」に終止符を打たざるを得ない状況となった。戦後スキームの大転換だ。それにAI技術の大転換などがあり、欧州、特にドイツは遅れた。それまで優秀だっただけに、今の競争環境ではドイツの遅れは目立つ。
前回のフランス特集で、「フランスの政治には大きな塊がなくなった」「マクロン大統領の支持率は低い」と書いたが、実はドイツも酷い状況だ。例えば最近の地方議会選挙でメルツ首相率いるキリスト教民主同盟(CDU・CSU)率いる政権与党は、ドイツのための選択肢(AfD)などの極端な主張の政党に負け続けている。全国的に見ても、AfDが支持率3割近くに達してトップだ。
メルツ首相のドイツ国内における支持率(仕事ぶりへの満足度)は、2026年10月末の最新調査時点で11%〜15%前後と、過去最低水準に落ち込んでいる。経済の停滞や社会保障改革への反発、州議会選挙での与党大敗などを受け、不満を示す回答が実に約8割に達している。
それでもドイツ国債がフランス国債に比べて高い地位を占め、世界のマーケットにおいて一つの“指標”とされるのは、ドイツの国家債務がフランスの120%(対国内総生産⦅GDP⦆比)に対して63〜64%で推移しているからだ。欧州連合(EU)のマーストリヒト条約が定める財政規律基準(60%以下)に極めて近い。非常に健全だ。ドイツにはまだ世界に名をとどろかせる強い企業が多く租税基盤も強いし、国民の貯蓄率も高い。
しかしドイツもまた、「欧州の病人」の一人ではある。