当面のマーケット、実はイラン・石油情勢が最大の焦点
第411回
日銀やFRB(米連邦準備理事会)の金融政策への関心が高まっている。それぞれ9月半ばには政策決定会合を開き、今後の方針を明らかにする。FRBが9月15〜16日(米国時間)、日銀が17〜18日。このコラムが公開される前後だ。しかし筆者は、FRB、欧州中央銀行(ECB)の二大中銀の動き以上に、やや長期的に見てマーケットに大きな影響を与えるのはイランを巡る情勢、とりわけ石油価格を取り巻く環境だと思っている。
この原稿を書いている時点で、世界の石油価格はWTI(ウエスト・テキサス・インターミディエート)で100ドル、ブレントで105ドルを上回っているし、トランプ米大統領の口からは「中間選挙までは石油価格は下がらない」といった発言も聞かれる。イラン情勢に緊張緩和の兆しが見えないからだ。米国とイランが何らかのディール(またはイランの実質降伏)に達して石油価格が下がってくれば、恐らくマーケットの環境は全体に大きく改善に転じるだろう。大統領はそれを「選挙後」と言っている。
トランプ政権は対イラン政策の切り札として、ベッセント米財務長官を中心に置いて「経済的追放政策(Operation Economic Outcast)」を打ち出した。しかし今のところイラン締め上げには即効性を発揮していない。相変わらず米国に対して軍事的には「目には目を」の態度だ。それがゆえの石油価格上昇。トランプ政権は中間選挙前後にはイランは音を上げる、という見方のようだが、それが正しいかどうかは分からない。
トランプ大統領やクリス・ライト・エネルギー長官は盛んに「ホルムズ海峡を通過する石油の量はかなりの規模だ」と宣伝しているが、実際には同海峡周りでは米イ間で戦闘が頻発している。海峡の実体を示すのは石油価格で、高いままだ。この状態が続いて米金利が指標10年債で4.80%を上回る状態が続くと、株式市場も不安定になりかねない。資産を株式市場で運用する家計が多い米国では、これは大きな不安要素となる。
市場の当面の関心は日米中銀の金融政策だろうが、世界のインフレ率の最終的レベルを決めるのは産業基礎資材としての石油・同製品の価格動向だと繰り返しておきたい。その意味で、トランプ政権は中間選挙前に新たな「石油価格引き下げ措置」を打ち出さざるを得なくなる可能性もあるが、今のところイランが音を上げるのを待つ戦略のようだ。
一方で日本政府は、「責任ある財政政策」の「責任」への真摯な姿勢を政策に反映して、マーケットに示すべきである。そうすれば市場の安定度はかなり違ってくる。
消えたマジック?
トランプ政権として、なぜ石油価格を引き下げる必要があるのか。理由は、そうしないと債券利回りが高い状態を持続してしまうからだ。高い長期金利はマーケットにとって弱材料という以上に、経済活動を妨げる。ベッセント米財務長官はそれを懸念している。軍事作戦を引き継いだ彼自身の戦略(経済的追放政策)の目標も、イランに音を上げさせて譲歩させ、石油価格を下げることだ。しかし効果は見えない。
金融政策は間接療法に過ぎない。出来るのは需要のコントロール。だからあまり上げると経済活動は鈍化して、景気が悪化してしまう。それは日米両国政府にとって大きな問題だ。一番の近道は石油価格を下げることだ。金融政策に頼り過ぎてしまっては、問題の解決は遠い。しかし今のトランプ政権はそれ(石油価格のダウン)を諦めているようにも見える。
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前回のコラムで「ベッセント氏に“おや”」という見出しを振った。このコラム執筆時点で、日本の指標10年債の利回りは2.885%前後。一時騒がれた3.0%を上回る水準から相当落ちている。円高でインフレ期待が低下したためだ。これに対して、米国の10年債の利回りは4.845%。高いままだ。
ベッセント米財務長官の対日懸念は、「日本の金利が高いと、日本の機関投資家のお金が国内にとどまって米国の国債を買ってくれない。そうすると、米国の金利に上昇圧力がかかる。それは米国経済にとって困る」というもの。しかし円高になって日本の金利は下がったものの、米国の金利は高いまま。「(ベッセント氏の)懸念のポイントのズレ」が筆者には気になる。
現在の状況は「米国の金利が高止まりしているのは、結局イラン情勢が落ち着かずに石油価格が高いままだから」ということを証明したと言える。筆者が前回のコラム執筆時に「おや」と思ったのは、ベッセント氏が「常勝のマーケットマスター」の立ち位置から少し後退しているのではないかと思ったからだ。実際にそうなってきたし、同長官の国債買戻し(バイバック)三倍増作戦(従来の20億ドルから60億ドルに)も、米国の長期金利を下げられないでいる。
ベッセント財務長官の対イラン経済措置の効果は、今のところ見えない。そうした環境から見ても、「彼への期待と、実体とのズレ」の発生は気になるところだ。むろん、ベッセント氏が市場の信認を取り戻す局面も再び来るかもしれない。今後の課題であり、これからの彼の信頼感醸成・回復策を見たい。やはり彼はまだトランプ政権のコーナーストーンなので。
日本の望ましい是正措置
もっともベッセント長官の「日本はリフレ政策をやめるべきだ」という意見には全く賛成で、筆者は具体的に高市早苗政権がマーケットに根強く残るリフレ・イメージを払拭するには以下の三つが必要十分だと思っている。
- 1. 食料品に対する消費税の二年間実質ゼロ政策の放棄
- 2. ガソリン補助金による同価格上限(170円)の放棄
- 3. 財政支出中心の骨太方針(産業育成)の財政支出中心から規制緩和への方向転換
どれも実現しそうにないが、多分この三つが実行されれば、マーケットの高市政権に対するイメージは相当解消される。
介入や日銀の利上げへの期待だけで円高になっても、短期に終わる可能性がある。もっとも政策金利を引き上げることには効果もある。短期金利が上がると金利体系全体が持ち上がると思われがちだが、そうではない。「インフレに決然たる姿勢を示した」ということで、長い金利は下がることが多い。長期インフレ予測が低下するからだ。
米国(ベッセント氏)が「日本は利上げが必要」と考える背景は、日本の物価を心配しているというより、自国の長期債利回りへの影響。これは既に述べた。中間選挙を控えたトランプ政権は株高が欲しい。長期金利が高い今のままでは、セクター別にバラツキがあるにせよ、米国の株は上値を追えない可能性が高い。
日本の利上げをほぼ確実にした米国の一連の対日スタンスは、ある意味成功した。多分ベッセント長官は日銀の9月会合での利上げに確信を持っているのだろう。「私はマーケットが持たない情報を持つ」とベッセント氏。しかし米国自身が引き起こした対イラン戦争は、軍事・経済などの措置にもかかわらず着地できないでいる。イラン情勢故に、石油が高く金利が高い。その意味でベッセント・マジックは行き詰まっている。
“責任”を取り戻す必要
米国が対イラン政策で大きくつまずいているのは事実として、日本も問題を抱えている。それは、マーケットからずっと高市政権が「“責任ある”と前置きしながら、基本的には財政政策でやや放漫な景気刺激・需要喚起を志向している」と見られている点だ。「見られている」という点が重要だ。なぜなら市場のイメージこそ相場を形成する力だからだ。
片山さつき財務相は、「米国から特に注文・忠告を受けていない」と言っているが、それはベッセント財務長官が内政干渉を避けただけで、記者会見ではきっちり「日本はアベノミクスのリフレ政策から決別すべきだ。インフレ率は目標を上回っている」と言っている。それも市場の高市政権に対するイメージ(放漫財政政権)醸成に寄与している。
最近筆者が注目したニュースは、「8月末の外貨準備6.2%減、減少率最大 日米協調の為替介入反映」という日経の記事だ。水害関連のニュースにおされてあまり注目されなかったが、「(外貨準備の減少は)基準改定があった2000年4月以降で減少率は過去最大となった。政府・日銀が実施した為替介入の原資になり大幅に減少した」と日経は注釈している。外貨準備高は4カ月連続での減少で、8月末の減少額795億ドルは過去最大だという。
160円台から150円台に円相場を円高に動かした「介入、夏の陣」は成功とみられているようだ。一連のベッセント氏の発言もあって、市場は円安トレンドへの疑念も持ち始めた。しかしその対価として、日本の貴重な外貨準備は大幅に減少だ。
石油を含めて数多くの基礎資材を輸入する日本は、最終的な決済に外貨を必要とする。日経は「8月末の外貨準備のうち外国債券などの証券は8395億ドルで、877億ドル減った」「米国債を売って確保したドル資金を円買い介入に充てた可能性がある」とも指摘。筆者は、貴重な外貨を介入のためだけにこれほど使って良いのかと疑問に思う。もっとまっとうな政策で円相場を適正な水準に維持できるはずだ。
最近一つとっても驚いたことを書く。9月の初めに函館に飛んでフェリーで大間に。そこからレンタカーで奥入瀬まで。いわゆる原発地帯を走った。ガソリンスタンドの価格を見て驚いた。全部160円だった。他の地域と10円も違う。170円も補助金付きなのに、原発地帯は160円。日本の「補助金体質」は根深い。
高市政権はずるずると日本経済に最後は負担となる政策を続けている。自民党の中にも高市政権の政策運営に不満・異論を持つ向きも多いようだが、政権を止めるだけの力は今のところない。そのような状況が続くと、マーケットがその役割を果たさなくてはならなくなる。英国ではそれがあった。忘れてはならない。