気になるマーケットでの出来事が三つ(ベッセント氏、言葉、フルAIへの道筋)
第410回
いつもはテーマを絞って文章を書いているが、今回は趣向を変えて「私がマーケットに対して今持っている三つの“はてな”」といった視点でエッセイを構成してみたい。それは以下の三つだ。
- 1.“ベッセント・マジック”に陰りか
- 2.「過激な言葉 vs 冷静なマーケット」のかい離にどう対処すべきか
- 3.フルAI(人工知能)時代への道筋とは
前後関係がないように見えるが、マーケットを毎日見ている筆者の頭に実際に相前後して浮かぶ疑問(“はてな”)なので、今回はそれを皆さんと一緒に考えてみたいと思う。
「ベッセント・マジック」とは何か? それは「トランプ米大統領は型破りだが、ベッセント米財務長官はマーケットが良く分かっているので、彼が喋ればマーケットは耳を貸す」と言っても良い状態。グリーンスパンがFRB(米連邦準備理事会)の議長だった時代(1987-2006)だが「When Greenspan talks、markets listen」という表現があった。それに近いが、最近やや陰りが見えないか?
そのベッセント氏を含めて、米国やイランの指導者が使う言葉が、一段ときつくなっている。SNS時代の特徴かもしれない。彼等が使う言葉やそれに関する記事の見出しが、「SNS映え狙いか」と思える過激状態。我々はそのどこにマーケットを真に動かす真実を見れば良いのか?
常に私の頭から離れないのは、これから来る「フルAI時代」がどのような形になるか。それを目指してインフラ整備(各種半導体生産やデータセンター造成)は続くが、「AIはそもそもどれほどもうかるものなのか」という疑問には、「そうだよな」と思わざるを得ない面がある。それをどう考えるか?
ベッセント氏に“おや”
二期目のトランプ米政権。一貫してマーケットの評価が高かったのはベッセント財務長官だ。彼が出てくれば、いつもマーケットはプラスの方向性を持続させた。しかし最近、二つほど「おや」と筆者が思ったことがある。「マジックに陰り?」とも思った。
8月19日に米長期金利がかなり上昇した際に、彼は債券の財務省買い入れ規模を2倍にした。その時は意外性があって利回りはかなり下がった。筆者は驚くと同時に、「そんなことまでするんだ」と思った。米政府債務が40兆ドルもあるとの発表があった直後だったからだ。その時は効果抜群に見えたので“マジック”だったが、「長続きするのだろうか」とも思った。自分のnote(https://note.com/ycaster/)に「石油価格の上昇が続く限り、米国債には売り圧力が生ずる」と書いた。
案の定、そのわずか一日後にWTI(ウエスト・テキサス・インターミディエート)が88ドルを超えて90ドルに接近する中で、米国債は売り戻された。30年債利回りは5.30%を上回ったし、指標10年債も4.7%を再び越えた。その時筆者は、「ベッセント氏には珍しく、考え抜かれた措置ではなかった」「債券利回りの上昇を我々が考えている以上に彼は恐れているんだ」と思った。それが一つ目。
二つ目は8月24日に彼が発表した対イラン制裁だ。前宣伝が大きく、そのネーミングも「Operation Economic Outcast(経済的追放作戦)」と仰々しい。その割に内容は曖昧で、イランの主な取引相手国である中国の出方を読み切っていないように見えた。彼がその時使った表現(イランに関する)も、やや彼らしくなく過激でトランプ氏に接近してしまったのではないか、と思った。特に制裁が「イスラム共和国体制の崩壊」を狙ったものだと述べた部分については、「できるかな。言いすぎでは」と彼の信頼性の持続に筆者は疑問を持った。
トランプ米政権にとって「ベッセント・マジック」(専門家は“ベッセント・プット”とも言う)は、政権の安定性維持にとって必要不可欠なものだ。トランプ米大統領はしばしば不用意な発言をする。マーケットはその度に動揺。しかしその動揺を適宜なだめて、マーケットの安定を担保してきたのは「ベッセント」というマーケットをよく知り、市場関係者が尊敬を持つ人物の存在だった。言ってみればトランプ米政権のマーケット的要石(かなめいし)。
そのベッセント米財務長官がトランプ流の激しい言葉遣いをし、打ち出す措置が時として的を外したものになるのは、世界のマーケットにとっても良い事ではない。今後がちょっと心配だ。
「過激な言葉 vs 冷静なマーケット」
ベッセント氏発言の過激化にも当てはまるのだが、米国とイランの紛争で使われる言葉の苛烈さは驚くばかりだ。長年の宿敵(1979年のテヘラン米大使館占拠事件)だから、相手に対して憎しみを込めた言葉になるのも分からないではない。
しかしトランプ米大統領、イラン革命防衛隊のトップ達は、常に相手を言葉で罵倒している。「相手の国や国民に対する敬意とかはないのか」と思わされる。お互いに大国なのに。「打ち負かす」「崩壊に導く」「大敗北を与える」と挙げればきりがない。
ホルムズ海峡の実情は、言葉だけではよく分からない。イランの主張を聞けば「完全封鎖」と判断せざるを得ないが、米国側の言い分を聞くとイラン関連船舶の同国港湾寄港以外は自由に航行できるとなる。発言は世界のメディアからまずそのまま報じられる。米国とイランの戦争(対立)が抜き差しならぬ段階にあると思いがちだ。
しかし実際には「完全封鎖」と報じられている時でも、一日当たり数隻のタンカーが海峡を通航していたりする。つまり世界で報道される単語(封鎖など)が「文字通りの単語」ではないのだ。例えば「イランがUAEの米国軍基地を攻撃」と報道されても、イランは時に注意深く米国軍に人的被害が出ないように外してミサイルを撃っているという見方もある。マーケットに携わっている我々にとって、「実際に何が起こっているのか」を知ることはしばしば難しい。
しかし「実際には何が進行しているのか」を推測する手がかりはある。例えば石油価格(WTIでもブレントでも)の動きは、戦場を含めてあらゆる情報(消費国・産油国の需給を含めて)の集合知として形成されている。価格の動きは飛び交う言葉とは別に、市場の全体知として厳然として存在すると考えられる。
むろん相場はしばしば行き過ぎる。誤情報もそれに寄与する。しかしマーケットが良いのは、形成した相場に間違いがあると、それを正すのに何の躊躇もないということだ。それは政府の政策の間違いの変更(時間がかかる)に比べれば実に素早い。だから、我々は色々な情報がある中でも、「プライス・ムーブメント(相場の動き)」をよくよく見ることだ。最近の石油価格を見ても、外野が騒ぐ割には比較的静かだ。消費国、特に中国での需要動向などが考慮に入っていないケースも多い。
加えて重要なのは、速報ばかりでなく世界に散らばる専門性の高い記者が書いた掘り下げ記事を頭で整理しながらじっくり読み進むことだ。長い記事の中にはその分野では常識でも、我々が知らない重要なこと、裏話が書き込まれている。速報的なニュースと頭の中でマッチングし、客観的な発想の原点にしたい。
その繰り返しはしんどいが、情報が刺激的・拡散的になる中でそれらをつなぎ合わせる努力は重要だ。情報の中味を分析し、そこに存在する「見過ごされているファクター」を自分の頭の中で組み立てれば、「どこに真実があるか」が見えることがある。諸情報を組み立て直すにはAIが非常に役立つ。知識の幅が人間をはるかに上回るからだ。
フルAI時代の姿とは
ここでそのAI。フルAI時代の形成期にある今、我々はそれとどう対峙し取り組むべきかと筆者もいつも悩む。しかし悩む前に自分の日々にAIが深く立ち入っていることに思い至る。何か分からないことがあるとAI(各種使っている)に聞き、情報整理に使う。実に頻繁だ。週に2回ある放送の直前には、AIに聞く確認事項は多い。
ニュースだけではない。散歩していて知らない花があると写真にとってChatGPTに上げて、「これは何?」と聞く。好きなゲームに関する情報も。ごくたまに間違いはあるが、それを補うほど新しい情報も入っている。AIは少し前まで、「過去の情報の収集・分類」に役立つ存在だったが、最近は新しい情報に関しても強くなった。少し補えば使える。今私が興味を持つのは、ソロプレナー(AIを活用した個人起業家・クリエーター)だ。
企業はもちろん、個人の日々の活動(経済・社会・交際など)においても、AIは確実に活動領域を拡大している。19世紀後半の「鉄道狂時代」に鉄道網がすさまじい勢いで世界中に伸びていったのと似ている。馬車夫が仕事を失うとか色々議論はあったはずだが、そんな議論と関係なく世界中で鉄道網は伸びた。インフラの整備がまず必要だからだ。
今の「データセンター狂」(私の命名)時代はそれに似ている。AI社会がフルに稼働するためには、それに関する機器やネットワークが揃わなければならない。半導体はむろん必要だし、サーバーから何から何まで必要だ。施設の冷却も必要。それらのインフラは企業が作っているから、それらの企業の株価は時に上がり、時に上がり過ぎたら下がる。しかし「インフラが必要」という事実は変わらない。
AIに関連する企業群の株価のレベルについては、様々な議論がある。この原稿を書いている最中に米エヌビディアの第2四半期決算が発表され、売上高が前年同期比2.1倍の約15兆4000億円になった。予想を上回ったが、数字発表後の株価はまず下がり、そして上げた。いつでも解釈を巡っては異論が飛び交う。日本ではキオクシア株が急騰したことは記憶に新しい。急騰で形成された相場レンジが妥当かどうかもむろん議論の対象だ。
AIインフラ形成の、今は何合目か。全てが現在進行形なので、議論は尽きることはない。しかし筆者の考えは「フルAI社会はずっと先」「まだインフラ建設は続く」というものだ。人間はまだAIに慣れ始めたところだ。だからAIインフラ建設に必要なものの製造・建設は続く。今はそう考えている。