世界的な利上げ、あっても小幅か=AI普及や原油高の限界で
第409回
「日米を含め、先進国の金利が今後どう動くのか」は、マーケットの今後にとって大きな焦点だ。日本は2024年夏から断続的に利上げを行っており、今後もしばらくはその方向だろう。2024年の高い政策金利水準(米5.5%、欧州中央銀行(ECB)4.5%)から「下げ」を続けてきたFRB(米連邦準備理事会)とECBは最近方向転換の兆しを示している。ECBは既に今年6月に利上げに転じた。
問題は今後だ。米国では久しぶりの「利上げ」の可能性が浮上。原油高を背景に、ガソリン高などが続き、インフレ圧力が根強くあるからだ。日本は多分9月中旬には少なくとも0.25%の利上げをするだろう。ECBは直近では据え置きだったが、インフレ状況によってはもう一度利上げの可能性は残る。
問題は世界の先進国における利上げの頻度と深度だ。しかし筆者は、日本を含めて先進国の「利上げ余地」はそれほど大きくないと見る。確かに原油相場の動向は気になるが、過去3カ月ほどのイラン、ホルムズ海峡情勢の緊迫にも関わらず、石油価格はバレル100ドルを上回るような急上昇とはなっていない。
多分それは、先進各国で石油備蓄が進展していたこと、中東危機の継続の中で各国が生産・調達の多様化を進めたからだ。例えばこれまで石油を中東やロシアに頼っていたインド(世界3位の石油輸入・消費国)は、中東情勢の混乱やエネルギー価格の高騰を受け、輸入依存からの脱却とエネルギー安全保障の強化を目指して、国内の石油・天然ガス探査および生産に本腰を入れ始めている。日本も調達多様化を進める。
何よりも重要なのは、今は世界最大の産油国が米国(シェールオイルの生産が盛ん)であるという点。米業界は現状では増産方針をとっていないが、価格が上がれば生産増大の余地は生ずる。1970年代に2回あったような石油価格が一気にそれまでの3倍とか4倍になるといった予想外の「石油ショック」が世界を襲うことはないと考える。とすると、恐らく世界の原油由来インフレ圧力は抑制されたものになるだろう。政策金利の上げ余地はそもそもあまり大きくない。
懸念の割に安定の原油価格
ところで、世界の石油価格(NY原油期近)の歴史を見ると、一番高かったのは2008年7月の147.27ドル。これはさすがに高い。21世紀に入ってからの石油価格上昇は、世界的な金融緩和を背景とした原油への投機資金の流入、中国の経済成長による石油需要の急増、ハリケーン「カトリーナ」による米国メキシコ湾岸の生産停止、さらにイラク戦争の勃発など国際情勢が背景。
しかし翌2008年の秋にはリーマン・ショックが起きて、株価と同時に石油価格も大幅下落。世界経済の落ち込みは激しかった。テレビ番組でニューヨークにまで取材に行ったから、よく覚えている。その後も石油価格は大きく振れる。「アラブの春」(2010年末から)と呼ばれる中東・北アフリカの民主化運動やイランの核兵器開発疑惑、シリアの政情不安、ロシア・ウクライナ情勢の緊張激化といった地政学的リスクの高まりがあって、原油相場は100ドル前後まで押し上げられたこともあった。
米国のシェールオイルの増産が始まって以降は、新興国の経済成長減速による需給緩和もあって、世界の原油相場は、大きな括りで見ると今回のイラン危機以前は60〜70ドル前後の動きが続いた。だから今の80ドル台の石油価格が安いわけではない。
ただし今回の「危機」は石油価格を従前より20%ほど押し上げただけで、人類が過去に経験した「石油ショック」(価格が何倍にも上がる)とは違う。“石油危機”という言葉は、しばしば我々日本人の心に警鐘を鳴らすが、同じ「危機」でも過去との違いは鮮明だ。マーケット(株式市場)が我々の懸念ほどには落ちず、むしろ高値を追っている理由の一つだ。
何よりも今の世界最大の産油国は米国。2位がロシア、3位がサウジアラビア、4位がカナダ、5位がイランと続く。イラクはここには入らない。日本に最近カナダからタンカーが到着したとニュースがあったが、自然な動きだろう。
よく日本のニュースなどで「ホルムズ海峡は世界の原油流通で約25%の地位を占める」という枕詞が使われる。しかし逆を言えば、世界の原油の75%はホルムズ海峡以外を通過しているという事だ。極端に弱い中国経済を見ても分かるが、今の世界経済には1970年代のような成長(物価上昇)圧力はないし、AI(人工知能)などを活用した生産の効率化も進む。
よって筆者は、仮に今の不安定な中東情勢故に世界の政策金利・長期金利にやや高い時期が来るとしても比較的短期で、利上げの頻度は少なく幅も小幅で、長期化はしないと考える。
日本の利上げにも限界
今の世界で、他のどの国よりも利上げが間近なのは日本だ。物価の番人トップである植田日銀総裁の下、政策金利が1.00%に引き上げられた後も、「金融環境はなお緩和的」「物価の上振れリスクをこれまで以上に意識する」と言っている。少なくない数の審議委員が既にこれまでの決定会合で「利上げの意思」を示している。
重要なのは、日銀の利上げが「外交案件」になったことだ。7月下旬に日本の財務省は164円台に接近したドル高・円安に歯止めをかけるために、ベッセント米財務長官率いる米財務省の助けを借りて日米協調介入を実施した。米当局がユーロ売り・円買いという珍しい手法を用いたり、日本の当局がドル調達の為のFRBのスキーム(日銀がドル借入)を利用したりとなかなか知恵の詰まった介入だった。三村財務官は「介入の一つの完成形」と胸を張った。
しかし日本が外交的に背負ったのは、「(日本は)利上げを継続する」「少なくとも次回は利上げする」という暗黙の了解だった。米国は、国内インフレの抑制、長期金利の上昇抑制のために日銀は利上げが必要との考え方。米長期金利の連れ高を懸念しての方針伝達だった。日銀の金利据え置きでは日本の長期金利が上昇しかねず、それが世界的な金利上昇を招きかねないとの見方。実際に、日本の利上げがスケジュールに入った段階で、日本の長期金利は3%から遠ざかって2.8%前後で安定している。
しかし筆者は日本の政策金利が現在の1.00%から2回に渡って0.50%引き上げられ1.5%になる可能性は十分あると思うが、それ以上はなかなか難しいと考える。そもそも日本経済がそれだけの急激な利上げに耐えられるとは思えない。住宅ローン金利の大幅な上昇も見込まれる。世論の反発もきついだろう。
日本は資本を集めるケースが多い新規企業の起業も少なく、老舗企業は頑張っているが、足早な利上げはかなりの負担になる。そもそもこれまでの日本の低金利の長期継続は、日本経済の弱さを反映したもので、その環境が大きく変わったとは思えない。膨大な国家債務にも利上げは負荷になる。
米利上げ、あっても一回
米国の利上げは、当面はあるにしても一回が基本だと思う。そもそもウォーシュ新議長は「AIが物価上昇圧力を緩和する可能性が高い」と見ている人だし、政権・中間選挙との関係からしてもなるべく利上げを回避しなくてはならない政治状況だ。そもそも今年始まる時点では、「年内は利下げが一回」というのが金融政策の大きな方向性だった。ホルムズ海峡の事実上の封鎖による原油価格の予想外の上昇が、「利上げが必要かも」という状況を作り出していたに過ぎない。
しかし先に説明したように、原油価格には上昇加速の要因はあまりない。7月の米消費者物価(CPI)などの統計を見ても月間の上昇率は0.1%で、年率でも3.4%。指数のコア(食品とエネルギーを除く)でも月0.2%、年間2.4%と6月より低下している。その時点で、マーケットでの予想は、「次回FOMC(米連邦公開市場委員会)での据え置き」との見方が60%になった。
むろんFOMCの中には地銀総裁を中心に「インフレ圧力は強い。待てないので米国は利上げすべし」という根強い意見がある。なので「今後の原油価格動向次第」といったところだ。一時ささやかれた「9月(15、16日)にはほぼ確実(利上げ)」という状況ではなくなっている。ましてや「インフレ抑制の為に0.25%刻みで連続の利上げが必要」といった環境ではない。その間にウォーシュ議長の持論である「AIの物価抑制効果」が本当に出るのか見たい。
欧州。2024年から米FRBと概ね歩調を合わせてECBは利下げしてきた。日本と逆だ。しかし今年春からスタンスは変わり、6月11日にはイラン情勢での原油高による物価上昇圧力緩和を狙って、0.25%の利上げを行った。しかし7月の理事会ではインフレ圧力が緩和したとして、2.25%での政策金利据え置きを発表。現在は「エネルギー価格の動向を見ながら、基調的インフレ率がどうなるか見ている」という状況だろう。
ECBが直面している物価情勢は特徴的だ。エネルギー(10%近く)やサービス(3.3%)の大幅上昇に対して、食品・酒・タバコ、非エネルギー工業製品などは極めて落ち着いている。食品価格の安定は、日本の状況とかなり違う。つまり原油価格さえ落ち着けば対処可能という状況がある。つまりECBについては、引き締めへの反転は一回で終わる可能性があるのだ。
むろん、中東情勢はイランと米国の争いがいつまで続くか分からない状況で、展開は読めない。世界全体に「次に動く時はまた利上げ」ということはある。しかし全体的に言えることは、世界的な政策金利上昇、その継続の可能性は低く、金利高が株式市場の行く手をふさぐということはないだろう。