荒れているからこそ面白い— —トランプ時代が再スタート
第376回
新しい年度となり、新社会人としてこのコラムの存在を知ったとか、さらには「もう過去分を読み始めた」という方も多いと思います。新しい読者の方々を大歓迎します。2009年の8月にスタートして、ずっと一貫してその時点のマーケットの特徴、見方、各国経済の現状と今後の展望、為替相場など広い範囲の経済やマーケットに関する問題を取り上げ、伝えてきました。
基本は毎月2回、ややボリュームはありますが、中身たっぷりに広い問題を扱い続けて今回で376回。年25回として約15年続いているコラムです。しばしば日経新聞のサイトにも掲載され、幅広い読者の方々にご支援いただいております。どうぞ、お楽しみ頂き、参考にしていただけたら幸いです。
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マーケットはいつでも売りの圧力と買いの圧力がぶつかっている場所(それによって相場が成立)で、時には急激に動くし、逆にしばらく静寂を保つときもあります。過去のチャートを振り返ると、「あの時のマーケットは楽だった」とも思える期間もあるのですが、基本的にはその時、その時の判断にはとっても多くの要素がからむ。マーケットはいつも難しいものです。だから面白い。
我が国の年金制度の持続性が問われて先行きが怪しくなる中で、我々が株式、債券、ゴールド、そして不動産関連、それに預貯金などの「資産」を持つことの重要性は増しています。常に「健全・健やかな資産の伸び」であることが望ましいのですが、時にチャンスがある一方で、時にリスクに遭遇します。それを一緒に勉強し、是非共にマーケットにトライしましょう。
今は政府や業界も努力し、NISA(少額投資非課税制度)やiDeCo(イデコ=個人型確定拠出年金の愛称。自分で老後の資金を積み立てることができる年金制度)など新しい市場参入ツール(制度)も増えています。「小さく始めて大きく育てる」が基本です。是非本コラムが提供する情報、考え方なども参考にして「マーケット参加」「その結果としての資産形成」に進んでいただければと思います。
荒れているからこそ面白い
正直言って、今は荒れ気味のマーケットだと思います。「トランプ新大統領はビジネスマン。最後はマーケットでの評価を気にして政策を微妙に加減してくるだろう」という見方が最近まで強かった。第1期(2017〜2021年)の時は、トランプ氏当選(予想外だった)に驚いて株価はいったん下げに向かったが、その後すぐに上げに転じた。しかも大きく。規制緩和や減税を期待させたからで、そこから「トランプ共和党政権は株価には良い」というイメージが定着した。
そして「今回も」、というのが事前の予想だった。実際に政権発足前までは株式市場は高値を追った。しかしその後は大荒れだ。それは2期目のトランプ政権が1期目よりかなり「事前準備した人事、そして相次ぐ大統領令の発動」で、「時にマーケットに友好的ではない」政策を確信的・可及的速やかに推し進めようとしているからだ。関税率の大幅変更など、それらは時に乱暴にも見える。重要なのは、新政権の政策の方向性が市場の期待から乖離(かいり)し、それでも修正がほどこされずに進められているかのように見えること。さらに言えば、明確な数字で言わないので「着地点」が見えない。
だから「投資を始める時期」としては、「今はとっても理想的」とは言えないとも言える。しかし「いつ始めたら良いか分からない」「手元にあまり余裕資金がない」とかはいつでもある問題だ。解消すべき問題や壁は誰にとってもある。しかし筆者の実体験から言うと、この手の体験を始めるのは早い方が良い。なにはともあれ始めれば(小さい額でかまわないのです)、対象となるマーケットや銘柄、その他資産に強い関心が生まれる。知識と経験が増加し、それが「自分にとっての次の一手」を決める判断材料となります。
経験から言うと、「今はちょっと手が出せないだろう」という時ほど、「あれが買い場だった」ということが多いものだ。そりゃそうです。高い水準からさらに上を目指すのは相場としても力がいる。しかし低いところから上に向かうのは、実ははるかに少ないエネルギーで済みます。相場が低いレベルになった時に勇気をもって買いに入ることのできる人ほど、その後のリターンは大きくなります。
しばしば思うのですが、相場に必要なのは「逆転の発想」です。「なんか相場が下向いている」「弱材料が多い」という時ほど、タイミングをはかりながらマーケット参入することを推奨します。我々やその子孫が今後も生き続けることを前提としたら、必要なものを作る企業(モノ、サービス、楽しみ)は不可欠であり、それらを生み出す企業には存在価値がある。それらの企業の価値を表象する一つの目安が株価なので、価値ある企業の株価が「底なしに安くなる」ということはありません。
通常は業績と経済全体の成長の中では、株価は時間の経過の中で水準を上げていきます。
想定外のルート進むトランプ
「マーケットにはフレンドリーだろう」と思われていた第2期トランプ政権は、少なくとも今は「マーケット(の下げ)に無関心」「しばらく(相場が)下げても目標達成が先」という方向・決意で進んでいるように見える。3月下旬に「自動車と部品に関する全ての国に対する25%の関税」を発表したとき、マーケットはすごく荒れた。
しかしトランプ政権から出てくるシグナルは素っ気なかった。「移行期間というものはある。それは時に厳しいものだ」(トランプ大統領)から始まり、「3週間程度のマーケットの小さな“変動”は気にしない」(ベッセント財務長官)といった感じだ。この素っ気なさに多くの市場関係者が驚いている。「(市場無視は)いつまで続くのだろう」と思っている。
2期目のトランプ政権は何を目指し、どこを着地点としているだろうか。彼は「(米国にとっての)解放の日」、「黄金時代」と抽象的なことを言っている。今までの発言を総合すると
- 鉄、アルミ、自動車、造船などの重い産業で再び米国が「世界一」になり、同国国内経済の企業、関連工場が多くの雇用を抱えて繁栄すること
- 米国を海外の企業が貿易で「黒字」を出せないような仕組みを作り上げること
を意味しているように見える。半導体も加わる可能性があるが、基本的には昔我々が「重厚長大」といったような産業での「米区国内企業の復活」を狙っている。なぜこのような産業が選ばれているのか。それは多分トランプ氏の育った時期と関係している。USスチールもゼネラル・モーターズ(GM)も、本当に強い時期があった。それは私も米国に4年住んだから分かる。また米国の造船業は「世界最高峰の空母」を何隻も就航させてきた。
「しかし今はどうだ」とトランプ氏は考えているのだろう。米国のこれら業界・市場は「外国の企業に奪われている」と彼は考える。だから関税をかけて米国国内企業(工場)の競争力を高める。それによって企業を強くし直し、雇用を増やして選挙民との約束を果たす、と。
かなりの無理筋
しかし筆者は、「これはかなりの無理筋」と考える。ある国で人と資本が集まって産業が立ち上がり、技術が育ち、社会的評価を高めるにはかなりの時間がかかる。多くの場合は、海外でも時を違えて同じ産業が生まれ、育ち、競争力を持つ。トランプ氏は、「重要だと考えるいくつかの産業を国内で復活させる」と強く思い込んでいる。「それらは米国にとって重要だ」と。海外の企業を関税で苦しめれば、その間に米国の産業、企業は強くなり、そこで働く人々の数も増える、と。
しかし関税率の変更だけで、簡単に一つの産業が再生するだろうか。人と資本が戻り、技術が革新される必要があるが、それは容易なことではない。例えば米国にはIT(情報技術)とかAI(人工知能)の有望で、待遇も良く、成長性が高くて、世界に誇れる産業がある。社会的評価は新しい産業に傾斜している。こうした中で、トランプ大統領が「関税をかけて米国の鉄鋼業を守る」と言っても、「鉄の業界」で働きたいと思う若者、技術者がどのくらいいるだろうか。私は少ないと思う。
自動車はちょっと違う。テスラという電気自動車(EV)専門の新興企業があり、時代の寵児にもなった。しかしそれを率いるイーロン・マスク氏に対する社会的評価には紆余曲折がある。しかも同社は、世界的にも中国のEV各社に激しく追い上げられている。EV産業という業態には、消費者の認知度のアップの必要性、社会的インフラの未整備(充電施設不足問題)、厳冬対策といういくつかの特殊な問題もある。
人類の歴史において、「関税(率の引き上げ)」という安直な方策によって高度な産業がよみがえった例はほとんどない。簡単にもうかるようになるので、結局企業は当面は「楽な道」を選び、その間に厳しい状況に置かれた海外企業のテクノロジーの方が進歩するからだ。対等の環境が戻れば、守られた国内産業の力のなさが露呈する。鉄は既に「高度な技術が必要な製品」の時代だ。USスチールはそれが出来ない故に、会社として日本製鉄の完全子会社化を受け入れた。それを曲げたのは、「古い頭の政治家達」だ。誰と誰が入るかはおわかりだろう。
ねじ曲げられようとしている米国経済と世界のマーケット。しかし我々は時代の流れがどこに着地せざるを得ないかを冷静に見る必要がある。今のままでは、米国経済には「高インフレと成長鈍化」が同時発生のリスクがある。最近のマーケット下げは、それを懸念しているのだ。
間もなく中間選挙に向けた動きも始まる。選挙結果は、トランプ政権のその後に大きな影響がある。読者がこの文章を読む頃には、「解放の日」(トランプ氏が言うところの)を過ぎて「トランプ関税」の全容が見えてきているだろう。しかしそれが高い税率のままに実施されれば、その弊害は必ず出てくる。それは「トランプ経済戦略の欠点」が露呈してくる時間になるが、マーケットはそれを織り込みつつあるのだろう。
新規参入の方々。「投資」の世界にようこそ。まず一歩を。そして時間をかけて存分に楽しんでください。