じわりとインフレ上昇圧力増大の世界に---株価には時に重荷も
第372回イメージとしては「日本が周回遅れて走っていたスタジアム競技。しかし仕切り直し状態になって、気がつけば先頭を走っている」というイメージだろうか。世界的にじわりとインフレ圧力が高まって、徐々に「利下げベースの鈍化」(米国など)から、日本以外にも「利上げ」を検討する国が出てくるかもしれない。
背景の一端は「世界的な異常気象」。それと再登場したトランプ大統領の「関税政策」。前者は身の回りでも起きている。「キャベツが3.2倍」(15日NHKニュースウォーチ9)は日本で聞く話だが、世界的に見てもコーヒー豆、カカオ豆など特定商品の価格は上昇基調。その影響は今後広がる可能性大だ。
「関税戦争」は執筆時点では全体象はまだ見えない。多分読者の方々がこのコラムを読む頃には、米国の方針が少し見えてきているだろう。一つ確かなのは、新型コロナウイルス禍前のように商品の世界での自由な流通で物価に下方圧力がかかる時代は過去のものになったということ。「関税戦争」によって世界では物流混乱も予想される。物価上昇圧力はじわりと高まる。
重要なのは時に局地的な、時に経済全体でのインフレ傾向がより強く「与党政権の責任」と受け取られる傾向が強まっていること。コロナ禍で多くの国の国民が「政府の世話」になったが故の現象だ。コロナはパンデミック(世界的大流行)と称されたが、今世界中の国民が直面しているインフレも「考えて見えればパンデミック」との受け止め方が強まっている。
その結果広がっているのは、「パンデミックなのだから、コロナ同様に政府がインフレに責任を持って対処し、抑え込むべきだ」との時に身勝手な「政治意識」だ。その結果は「政治の世界的な不安定化」となる。
異常気象とインフレ
「異常気象とインフレ」に関してAI(人工知能)はどう答えるだろうと思ってChatGPTの最新バージョンに問いかけてみた。凄く長い答えを用意してきたが、項目別に見る以下の4点だった。
- 食料品価格の上昇(供給減少、輸出規制)
- エネルギー価格の上昇(発電コストの増加、化石燃料需要の増加)
- 物流コストの増加(インフラ被害、供給チェーンの混乱)
- 保険料の増加
ときた。最後の「保険料の増加」には、「なるほど」と思った。あまり予想していなかった。例えばロスでの大規模・複数箇所での山火事がもたらした被害は甚大で、その保険料支払いは膨大になる。その分は自動車保険と一緒で確実に「次からの保険料の引き上げ」につながる。現時点で既に起きている家賃やホテル代の高騰以降も続く米西海岸での物価上昇圧力となる。
異常気象と、世界的な一部作物の不作の関連については諸説ある。それぞれ個別理由もあるだろう。しかし日本のキャベツ・白菜危機もそうだが、農作物の作柄は「降雨の量とタイミング」が重要。そのことはよく知られている。その両方が最近、頻繁に世界全体でおかしくなっていることは確かだ。それは地球温暖化による異常気象に起因するものと思われる。
今後も続きそうだ。欧州連合(EU)の気象情報機関「コペルニクス気候変動サービス」は今年早々に、「2024年の世界の平均気温が産業革命前に比べて1.6度高くなり、2年連続で史上最も暑い年だった」と発表した。本来はとってもショッキングな発表のはずだが、「対処方法が分からない、分かっていても実施できない」という背景もあるのだろう。世界のニュースメディアはほぼ素通りした。
平均気温の上昇は海からの水蒸気の上昇速度、規模、方向を大きく変える。対策が進まずに事態悪化となれば「異常気象は続き、それに伴う世界の作物価格の不安定化は進む」と考えるのが自然だ。それは局地戦かもしれないが、人々の印象には深く刻まれる。日本のキャベツ・白菜危機に関しては、日本のテレビでは驚きを隠せない人々の顔が繰り返し映し出された。印象は強烈だ。
物流の混乱も
加えて予想されるのが「関税引き上げ」と「特定物資流通の世界的分断」だ。この流れはトランプ政権発だ。関税引き上げにしろ、半導体など戦略物資の供給・輸出先制限にしても物価押し上げ圧力である。1970年代に2回あった石油危機以来、世界の物価は大きな流れでは「低下基調」だった。大きな背景は「自由貿易」。適地生産が大きく進展したからだ。
しかしこれからの世界は「少し違った景色」になる。英国がアジア太平洋経済協力会議(APEC)に参加するなど「自由な貿易推進」の動きは確実にある。貿易は太古から人類の生活を豊かにしてきた。その推進は当然だ。しかし今勃発しようとしている「関税戦争」は流れに棹さす。米国が中国などの国に関税引き上げの措置に出れば、おそらく中国は対抗する。EUもそうだろう。
トランプの関税引き上げには狙いがあるから、目的が達成されるとみれば引き下げられる可能性が高い。その辺はビジネスマンだろう。問題は持続性だ。長く関税引き上げの措置が続けば、それは「物価上昇圧力」となって関連国の経済状態は悪化する。それによって国内政治は揺さぶられる。特に関税引き上げ国でインフレが上昇すれば、「政府が関税を引き上げたからだ」という批判が強まる。
米国も例外ではない。だから筆者は、トランプ関税の範囲(どのくらいの国が)、規模(引き上げ幅)に加えて「持続時間」に関心がある。それが長くなればインフレ圧力や景気への打撃は大きくなるからだ。第一期のトランプ政権の時が参考になるが、今回の方がトランプ氏の「関税引き上げへの決意」は固いように見える。インフレ懸念がもたらす政治的リスクとの駆け引き。トランプはそれに勝たなければならない。
インフレの立ち位置変化
最初に「コロナ同様に(インフレには)政府が責任を持って対処し、抑え込むべきだ」との一般的な政治意識が生まれていると思う」と書いた。市場経済というのは、本来は「市場が決める」ことが多い筈だ。しかし今の世界中の国の国民意識はインフレについてもそうはなっていない。
大きな要因は、野党がインフレを各国で政権の攻撃材料に頻繁に使うからだ。実は多くの国民は「インフレは必ずしも政府の責任ばかりとは言えない」と思っている。私もそうだ。しかしそうした認識も最近はしばしばかすれる。「インフレを抑えられていない」「無能だ」という政権批判の声の方が強いからだ。トランプ氏はインフレでバイデン氏を激しく非難した。
各国政府は非難と支持率の低下に直面して対処を余儀なくされる。その結果、半ば責任を認める形で政府支出を増やす。残るは対策費故の政府支出の増加だ。“インフレ”は世界的に見ても、「国内政治における最重要課題、政府が対処すべき問題としての立ち位置」を獲得した。
その結果は世界中で見られる「政権交代の頻発化」だ。政府の力ではインフレ抑制は無理なケースが多い世界的な現象だからだ。フランスやドイツなどEUの中心国でも政治混乱は顕著で、EUの小国でも頻繁に生じている。勝ち馬に乗るのは移民問題を重視する「右派」という構図。欧州など移民の多い国では、国民の関心がインフレと並んで移民流入に向いている。
多分「異常気象と関税引き上げ」を巡る世界的なインフレ圧力の増大は、暫く続く。続くということは各国の国内政府が安定しないということだ。「安定が良い」とは必ずしも言えないが、「それを前提としてマーケット」を予測する必要がある。
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もっともインフレ圧力のじわりの増加と言っても、70年代に2回あった石油危機や、全世界が巻き込まれてヒト・モノ・サービスの提供が大きく制約された最近のインフレ(供給不足と需要拡大)とは、規模もスピードも違う。局地戦の積み上げによる影響のようなイメージだ。
しかし今米国のFRB(米連邦準備理事会)が置かれているような「利下げしたくても、なかなか出来ない」状況は強まるだろうし、それは欧州でも同じだろう。日本が「利上げ」へと向かう中で、その着地点もまた見えにくくなっている印象もする。それが例え「金融の正常化」であるにしてもだ。