金融そもそも講座

変化加速する世界情勢――マネーの動き誘導も

第370回 メインビジュアル

世界各地の情勢変化は実にめまぐるしい。しかも同時多発的だ。「一体誰と話せば良いのか?」と隣国が気を揉む国が多くなった。韓国、シリアなどはその端的な例だが、日々のニュースを注意深く追っている筆者にしても、「こんな忙しい時期はなかった」と思うほどの政変頻発だ。

そこで今回は、「そもそも講座」的になぜそうした環境変化が足早に起きているのか、世界が落ち着くことはないのか、その中でマーケットはどう展開するのかという問題を考えてみたい。当たり前だが、株価は個々の企業の業績を主に反映する。しかし世界各地・各国が置かれた環境にも左右される。動乱が起きれば、その地域からマネーは逃げる。マネーにとっては「安全=減らないこと」が第一だからだ。だから政変の韓国からは資金が逃げた。起きたのはウォン安と株安。

投資に対する「税金が高くなる」と予想(予定)される国からもマネーが逃げる。最近ではインド。一時かなり株安になった。それぞれの国にはそれぞれの国内事情があって、政治家はその必要性からマーケットが望まない措置でも打ち出す。投資家やマネーが好まない状況だ。

今の世界では「不安定の玉突き現象」があちこちで起きている。これは後で解説しよう。しかしその不安な世界において有力な安定ファクターがあると筆者は考える。それは「不動産業者転じての次期大統領であるドナルド・トランプ氏」だ。

加速する玉突き

世界情勢は言ってみれば玉突きの連続だ。なぜ中東シリアで50年(父と子)続いたアサド政権がいとも簡単に崩壊したのか? 一つには同政権の後ろ盾だったロシアが、自らウクライナでの戦争を起こしたからだ。ロシアはウクライナにかかりきりとなって、まずアルメニアを離反させ、次いでシリアのアサド政権を見限らざるを得なかった。ロシアはシリアの基地から数千人の兵士を対ウクライナの戦場に送ったと言われる。

同じくアサド政権を支えていたイランも、手痛い敗北続きだ。イランは重要な連携勢力であるヒズボラ(レバノン中心に活動)、それにハマス(ガザ中心)がイスラエルの攻撃で大打撃を受ける中で弱体化した。そしてシリアでの足場も失いつつあり、中東での「シーア派の弧」(武器の移送などでも重要)を失おうとしている。

玉突き現象は他の地区でも見られる。韓国のユン政権のあっという間の凋落は、同大統領が「切迫感」に直面して“非常戒厳”を宣布したことに端を発する。同大統領が感じた「切迫感」の一端は、北朝鮮がロシアの対ウクライナ戦闘地域に1万人以上の兵士を送ったことだろう。朝鮮半島は不安定だ。玉突き現象は欧州でも見られる。ドイツの連立政権崩壊に続き、フランスも内閣不信任案の可決で政情不安になった。「欧州の柱としての独仏」の地位は危うくなっている。

なぜ世界でこれほどまでに不安定を醸成する「玉突き現象」が頻発しているのか。玉突き現象は一旦始まると、それは加速度的にその範囲を広げる。世界の各所で力関係の変化が起き、人々はそれに想念を膨らませ、冒険心を刺激し、そしてそれらが複雑系的に事態を動かし始める。玉突き現象はしばらく拡大し続ける。その中で「厳に存在する」と思われていた「力関係」は、国内でも地域でも、そして世界情勢でもいとも簡単に崩れる。それは各国の選挙でも顕著で、それが今の世界の現実だ。

理念より現実

では何故こうした大きな環境変化が足早に、玉突き加速の中で起きているのか。ちょっと巨視的な見方になるが、筆者は以下のように考えている。

  1. 先の第2次世界大戦は悲惨だったが、終わってほぼ80年。人々の実体験としての記憶は薄れ、良くない事だが「戦争惨禍の記憶」は薄くなっている。プーチンのように核の脅しを平気でする大国の政治家も出てきた。世界全体で「何かあったら戦っても良い」という気分が、残念ながら頭をもたげている
  2. 一方で「誰もが貧しかった戦後の時代」から時間が経過する中で、国、地方、人々を含めて普通には動かしがたい階層化が進んだ。それに憤懣(ふんまん)が高まり、「通常ではこれは動かしがたい。非通常的手段の行使も許容しうる」という風潮も出てきている。最近では中国でそれが見られる
  3. 「階層の固定化打破」をなんらかの“力”で実現したいという風潮が高まっている。例えばそれは「選挙での一票」でも「現状を変える力の行使」になりえる。それが大きな、時にやや乱暴な思いを引き起こしていて、SNSの普及環境がそれを加速している
  4. 人類史上初めてテクノロジー的には世界は「言語の壁を越えうる情報環境」に置かれたが、それぞれの国の規制(中国の西側SNS規制など)や政府の操作、それに個人の情報感度の差異によって、「最終的に一人一人が情報から受け取るシグナル、それに伴う行動(判断した帰結)」が著しく違っている

全体的に言えば「理念」とか「理想」、それに「べき論」が後退せざるを得ない時代状況が生まれてきているということだと思う。米国の大統領選挙にそれが見て取れる。現実の方が切迫感において優っていて、理念や理想に現実を合わせるというモメンタム(勢い)は従来ほどではない。なにせ国連の安全保障理事国(ロシア)が戦後世界の一大理念である「武力による国境変更は許されず」という国際的ルールを破っている時代なのだ。世界がやや「荒くれる」のは自然だ。

トランプは安定要因?

そんなに不安定な世界に安定要因はないのか。筆者は実はあると思っている。それは来年の1月20日に2期目をスタートさせるトランプ氏だ。何せ彼は「俺だったらウクライナの戦争は一日で終わりにしてみせる」とかねて言っている。選挙戦の最大のウリ文句だ。そこでのポイントは、彼が父親の代からの「不動産業者」だという点だと筆者は思っている。

トランプ氏は「自分は平和が好き」という雰囲気をしばしば振り撒く。意表を突いたりもするが、それはなぜか。多分、戦争が不動産価格を下げるからだ。言ってみれば「(戦争は彼にとっての)商売の敵」。ウクライナのように戦場になれば、「不動産価格」などはほぼほぼ成立しなくなる。ウクライナにおけるロシア占領地域の不動産価格がどうなっているかは調べようもない。今はどちらの国に属しているのかも分からないからだ。

トランプ氏はニューヨーク周辺で富を築いた。それが可能だったのは、米国がずっと本土で戦争を経験しておらず、平和な中で経済活動を拡大してきたからだ。第3次世界大戦は、恐らく世界の不動産価格を急落させる。多分彼はそれを肌で知っている。避けたいだろう。

加えて恐らくだが、彼は自分が言ってきたこと(「ウクライナの戦争は1日で終わり~」)の「証明」に懸命になる。多分彼の2期目の評価は、「トランプ氏は本当に世界をより平和に出来たか」という点にかかっている。それが出来れば、冗談ではなく彼には「ノーベル平和賞」の可能性がある。既に特使も任命した。ウクライナの戦争を終わらせ、パレスチナ情勢を安定化させることが前提。彼もレガシーが欲しいだろう。

一つの不安要因(ウクライナ情勢)が落ち着けば、その他の不安要因(広い意味のパレスチナ問題)も変動速度が落ちて安定化に向かうことが多い。本当にウクライナの和平がトランプ氏の努力でなったとすると、ネタニヤフ氏もバイデン氏の時よりは行動を制御する。今は対シリアでも好きなようにやって中東の不安定化を加速している。それが抑制されれば、中東への沈静化効果は大きい。

「不安定化の玉突き」と同時に「安定化の玉突き」もあるというのは朗報だ。「本業は不動産業」ということ以外に、トランプ氏の平和好きに関しては生まれつきの性格もあるかも知れない。また彼に「理念」や「理想」、それに「べき論」がないのも良い。彼には何を言っても「テレビの人」的雰囲気が漂う。人々が持つ「信念」「教え=神」ほど、戦争への容易な誘因になるものはない。我々はそれをずっと見てきた。トランプにはそれがない。

一方で彼は、世界貿易・経済に関しては大きな不安定要素だ。なにせ彼は一律20%、中国には60%の輸入関税を課すと選挙公約した。既にカナダとメキシコには25%の関税、中国には10%の追加関税で脅しをかけている。薬物絡みだが、最初のジャブにしては強い。

この「(関税引き上げにからむ)不安定ファクターとしてのトランプ」に関しては、また取り上げたい。1月20日の就任式までにはまだ時間がある。

ご注意:本コラムは、上記掲載日から2週間程度前に伊藤洋一氏が執筆されたものです。
閲覧される時期によっては、現状に即さないことも予想されます。また、内容には仮定に基づいた記述も含まれます。ご了承ください。