金融そもそも講座

ダッシュ・スタートのトランプ劇場――マーケットには戸惑い

第369回 メインビジュアル

2025年1月20日の新大統領就任式まで米国はまだ「バイデン政権」なのだが、それを忘れたかのようにトランプ次期大統領の動きが急で目立つ。枢要閣僚指名を急ぎ足でほぼ終え、就任初日(day one)に出す大統領令の中身まで公表し始めている。市場には戸惑いも。「今回の任期は一期限り、残りは4年」「前回失敗したスタートを万全に準備して実績を残したい」と考えているのだろう。

マーケットが安心できる人事もあった。一番市場が気にしていた財務長官には、スコット・ベッセント氏を指名。後述するが、マーケット全体から好感された。同氏のように共和党内でも「妥当」と評価される人もいれば、同じ指名閣僚で「まさか」という人も。“証明書付きの忠臣”をそろえたが、メンバーはよく言って多彩、悪く言ってバラバラ。反目も伝えられる。閣内ケミストリーの調和には時間がかかるだろう。多分離れる人も出てくる。

せわしない閣僚指名の次の一手が、薬物流入阻止を理由にした関税引き上げ方針公表。薬物とは主に鎮痛剤の合成麻薬「フェンタニル」を指す。メキシコとカナダに対する25%輸入関税と中国からの輸入への10%の関税上乗せ。市場に大きな波紋を広げた。日本の株価は急落。しかしその後のニューヨーク市場はダウ工業株30種平均とS&P500種株価指数の高値更新という着地だった。

トランプ劇場がダッシュで開幕したが、今回はトランプ第2期政権について、「そもそもどのような政権になるか」「何が注意点か」を中心に考えてみたい。為替市場は特に神経質になるだろうし、株や債券など証券市場も波乱を免れない局面は来る。

次期政権、鮮明な姿に

正式稼働の2カ月前の段階で、トランプ次期政権の主要閣僚名簿はほぼ完成した。最後に決まったのが財務長官と通商代表部代表。陣営内でかなりのパワーゲームがあったようだ。決まったが、最初に司法長官に指名されたマット・ゲーツ氏(前下院議員)のように辞退を余儀なくされる人物も出てきている。今後も同じようなことがあり得る。読者がこのコラムを読む時点のトランプ政権閣僚名簿は日経のこのサイトで確認していただければと思う。

共通なのは、「全員そろってトランプ氏にかなり強い忠誠心を持ち(少なくとも表面的には)、熱烈にこれまで同氏支持を公表してきた人達」という点だ。大統領職に加えて上下両院で共和党が多数派を握り、かつ最高裁も保守派が多数を占める。トランプ次期政権は、かなり自由な事が出来る環境が整った。これに歯止めを掛けることが出来るとしたら、世論の力と共和党内に残るトランプ抑制派の動きだけだろう。

マーケット視点では、何と言っても財務長官に指名された著名投資家のベッセント氏が注目だ。キー・スクエア・キャピタル・マネジメントの創業者であり、2011年から2015年まではこれまた著名なジョージ・ソロス氏が率いたソロス・ファンドの最高投資責任者(CIO)だった。金融業界の中で最も声高にトランプ氏を支持してきたし、大統領選ではトランプ氏の経済政策の指南役も買って出た。

この指名発表は、大きなマーケット・リアクションを引き起こした。株価は大きく上げ、長期金利は下がった。健全な財政運営に信念を置き、インフレ抑制にも強いこだわりを持つことで知られる同氏の財務長官指名を歓迎したのだ。

しかしその「漂った安心感」を打ち消すように、トランプ氏は次の一手を打ち出した。ベッセント氏も懸念している関税の引き上げ(インフレ要因)をSNSで自ら発表。直後のアジアの市場は混乱した。ところが一日たって米国に戻ってきたらマーケットは落ち着いていたという展開。

次期政権の政策の特徴は、「それは、トランプの劇場だ」ということ。予測はかなり難しい。最終決定者は一人。しかも気まぐれでもある。政策の意味合いは、「どの視点から見るか」で大きく変わる。理念や原則はあまりない。

関税引き上げ、立ち位置次第

「どの視点から見るか」が非常に重要だ。立ち位置によってインパクトが180度変わってくる。例えばカナダ、メキシコ、中国に対する関税引き上げ方針(脅し)は、これら3カ国通貨の急落をもたらした。当然だろう。しかし「同じように関税付加の対象かも」と懸念される日本の円はむしろ強含んだ。「貿易戦争の開始か?」と日本の株式市場で株価が大きく下げたにもかかわらず。

次に常に念頭に置かねばならない点がある。トランプが打ち出す措置には必ず「駆け引き」がからむ。ディールを好むため、平気で高めの直球を投げたりする。そしてそこを起点に交渉しようとする。だからそれが「どのような脅し」なのかを常に見極めねばならない。

多分、「米国にとっての三大貿易国を対象にした関税引き上げ」でもニューヨークの株価が3指数そろって上げたのは、ニューヨーク市場らしい読みがあった。

  1. 就任は来年の1月20日。「day one」から大統領令で課税開始と言ってもまだ2カ月もある。トランプは関税を「交渉ツール」として使うので、その間にカナダ、メキシコ、それに中国とどう話し合うのか様子を見る時間はある
  2. トランプの3カ国に対する関税賦課の発表は、よく見ると「これら3カ国が米国への薬物の流入や製造阻止に向けた措置をとっていない。移民問題での対応も不十分」と強調している。つまり一番懸念された「グローバルな貿易戦争の開始」宣言ではない(端緒かもしれないが)
  3. トランプが選挙運動中に「全世界からの輸入品に20%、中国からの輸入には60%かそれ以上」と言っていたのに比べると、まだ率が小さい。薬物対応を迫っているので、多分カナダ、メキシコとは対話し、特にカナダとは問題の解決に漕ぎ着ける可能性がある

と読んだのではないか。日本の見方と随分違う。そこが重要だ。トランプ氏の打ち出す措置については、「本当は何をどうしたいのか」をよく考える必要がある。彼の本業も本質も“ビジネスマン”であることを忘れてはならない。

為替市場は不安定に

中国に関して「追加関税として10%」と言っているのは、それほど驚くことではない。「前回大統領時のトランプ→現バイデン」の流れの中で既に中国のいくつかの製品には大幅な関税が課されている。2025年の1月20日からは、薬物関連で中国が動かなければ上乗せして10%を課すと言っている。

米国は「鉄鋼・アルミには25%」「半導体50%」「EV(電気自動車)に100%」「太陽光パネル50%」など中国製品に高率関税を既に課している。「それに10%の付加」なのだ。むしろこれらの製品について言えば「ほとんど米国は中国からは輸入していない」とも言える。EVが良い例だ。つまり実効性はあまりない。

トランプの政策発表は、彼が本質的にテレビマンだから常に「国民受け」を狙っている。派手で大ごとのように見えるが、中身をよく検証する必要がある。ドイツの元首相アンジェラ・メルケルは回想録の中で、「すべてを不動産業者の目で判断する人」だとトランプを評している。「不動産業者的テレビマン」。

その上で、今後予測が難しくなるのは為替市場だろう。特に市場のknee-jerk reaction(当初反応)への対応は難しい。もし選挙時に言っていた「一律20%、中国には最低60%の関税」が本当に対日を含めて実施されたら、世界の為替市場は大きな変動を免れない。今回のカナダ、メキシコではそれぞれの通貨がドルに対して数%下げた。では米ドルを買っておけば良いかというと、今回のようにむしろ円高・ドル安の展開もあり得る。米国でのインフレ悪化による経済減速の見方も出来るからだ。

恐らく、米国の株価は比較的堅調に推移すると考えられる。輸入品に関税をかけるということは、国内生産企業が有利になる。それは主に米国企業だ。国内企業でも明暗が分かれる。米国の自動車メーカーの多くは日本のメーカーと同様にメキシコ、さらにはカナダでの自動車生産の規模が大きい。なので、カナダ、メキシコへの25%の関税賦課発表は打撃になった。株価も下がった。

関税は本来個別の商品に個別の率で掛かってくるものだ。新たな関税措置が発表されるごとに「どの国のどの業界が打撃になり、どこが有利になるのか」を検証しなければならないし、マーケットは各銘柄での各個反応となる。そこには関連国の銘柄・業種によって急騰も急落もあるだろう。

ご注意:本コラムは、上記掲載日から2週間程度前に伊藤洋一氏が執筆されたものです。
閲覧される時期によっては、現状に即さないことも予想されます。また、内容には仮定に基づいた記述も含まれます。ご了承ください。