「きしみ」克服が課題の新首相――総合的な政策打ち出しが必要
第365回接戦極まりない自民党総裁選をへて石破茂氏が新首相に就任したが、今のところ目立つのは「きしみ」だ。中東情勢の緊迫化などの外部要因はあるものの、新首相の経済・市場政策への不透明感から円相場と東京市場の株価は時に激しくきしんでいる。円は一時141円台まで急騰し、その円高を嫌気して日経平均株価は最近の高値から大きく反落する局面があった。
新首相、新政権の発足時には株価だけでなく支持率でも「ご祝儀」があるものだ。しかし「国民の人気は自民党の政治家の中でもトップクラス」との下馬評を裏切るように、政権発足直後の世論調査では過去の政権より低い(後述)。首相就任後の総選挙の時期を巡る発言(「発足直後ではなく、よく野党とも議論して国民に材料を提供した後で」という)を見る間に撤回し、「10月9日解散、15日公示、27日投開票」の方針を打ち出したのが響いている。
電光石火の変節で、マスコミも野党も大反発。雰囲気は国民も共有するところとなった。新首相への「先行き不安・不満」が急速に広まった。ご自身は「(国民の)共感と納得」(就任時の記者会見)を最大のスローガンに「超早期選挙→大勝利→政権基盤の安定」を目指すが、そのシナリオ通りに事が進むかは分からない。
今回の「そもそも講座」は、石破新政権が抱える問題と、今後予想される展開を考えてみたい。それは日本のマーケットのこれからを予測する上でも重要だ。人気薄でスタートしても、その後の政策でジワジワ人気が出て政権基盤を強めるケースもあり得る。資産立国日本で一つ必要なのは、マーケットからの支持だろう。
選挙に勝つ必要
まず指摘しておきたいのは、どう控え目に言っても石破氏は「異色な自民党総裁」だということ。首相になってからは意識して笑う事を心掛けているようだが、以前は本当に笑顔を見せない人だった。率直な物言いだが、そのお顔はしばしば怒っているように見えた。しかし何かを議論させると自分の意見を蕩々と語ることが出来る。群れるよりも読書が好きと公言し、政治家らしくない。自民党内でどちらかと言えば「友達少なし」「stand alone」の印象だった。
「長く勉強を重ねてきた」と就任後におっしゃられたが、それは多分「政策を研ぎ澄ましてきた」ということだろう。故に「国民の共感と納得」を得られる政策を自分は持っていると思っているのだろう。しかしそれを実行する為に、自分を中心に置いた人の輪(自民党内であったら派閥とか人の輪)を作ることには成功してこなかった。「総裁」を目指して自分の派閥を作ったが、4度のチャレンジでことごとく失敗する中で、それも解消した。残ったのは「国民的に根強い」と言われる人気と「異端」と言われる立ち位置だ。
それが「最後の挑戦」(石破氏)では奏功した。裏金問題での派閥解消の動きや、岸田文雄首相の総裁選不出馬による多人数(9人)出馬の状況の中で、「では迫り来る総選挙で誰なら勝てるか」が自民党の命題となった。ギリギリの状況の中で石破総裁は生まれた。「有力3候補」の中で、「彼なら国政選挙でまだ勝てそうだ」ということで、より多くの自民党議員票を獲得して高市早苗候補との決選投票を勝ち抜いた。
党内基盤は弱い。その状況の中で、総選挙実施時期で前言と違う決断を余儀なくされた。党内力学、自分が選んだ側近の勧めを聞かざるを得なかった。首相には心理的にも大きな「きしみ」だったのだろう。
また市場が「(第一回投票で勝利した)高市候補への期待・予想」を強めて「円安・株高」に振れた中での逆転勝利だったことから、新総裁へのマーケットの当初宣告は冷たいものだった。大きな円高・株安だ。それを見て石破総裁は「金融緩和の維持」「貯蓄から投資」の継続を盛んに口にする。しかしマーケットは疑心暗鬼を残す。
「共感と納得」
日銀も間接的に石破氏にエールを送っている。金融政策決定会合における主な意見(2024 年9月19、20日開催分)で「長らく利上げを行っていなかったこともあり、言葉に対する日本銀行と市場の共通理解が薄れてしまっている面がある。市場とのずれが生じない発信、ずれが生じた場合の適時の修正等、コミュニケーションの改善に努めるべきである」と反省を示したながら、
「最近の円安修正に伴って、輸入物価上昇による物価上振れリスクも減少しているので、見極めるための時間的余裕はある。一定のペースで利上げをしないとビハインドザカーブに陥ってしまうような状況にはないので、金融資本市場が不安定な状況で利上げすることはない。」
と利上げ姿勢により一段とオブラートを被せた。日銀としても石破総裁誕生後のマーケットの「きしみ」を心地よくは見ていないだろう。中東情勢もあって日本の円、株は不安定なままだ。外部要因があることを勘案しても、筆者は以下の点でマーケットは不安的にならざるを得ない状況だと思っている。
- 良しあしの問題はあるが、前二代の自民党政権にあったスローガン(アベノミクス、新しい資本主義)に変わる看板が石破政権にはない。「岸田政権の経済政策を継続」と言っているが、それが本気なのか、そして実際にどういう政策として結実するのか不明である
- 「アジア版NATO(北大西洋条約機構)」「米国本土での自衛隊訓練基地設置を含む日米地位協定の改定」「地方創生を中核とする日本経済の活性化」など石破さんの主要主張がどういう形で繫がり、どのような形で本当に日本経済・企業を活性化する政策、ストーリーになるのか不安
「スローガンなどいるのか」と思う人がいるかもしれないが、人々に広く受け入れられる経済政策にはレーガノミクス以来ずっと「端的な単語」が使われ、政策を表象してきた。株価はそれに踊らされる面はあるが、難しい論理よりも理解しやすいスローガンの方が人々や経済・マーケットを動かす。それは歴史が証明している。石破首相には「目に付く、記憶に残る政策」はあるが、それらがうまく輪になって端的なスローガンにはなっていないし、本人もそれをすぐ作りたいとも思っていないように見える。
多分石破さんには、国民やマーケットが「イシバノミクス」と一言で言えて、かつその中身が想起されるような立体的、総合的な政策が必要だ。今はあまりにも政策がとっちらかっている。私にはそう見える。
イシバノミクス?
その「まとめ」が必要かつ重要だ。その前提条件は、自分が世論の批判を招いても宣言してしまった総選挙で何としても勝つこと。政権基盤を固め、マーケットが「共感と納得」の出来る経済政策やマーケット施策を打ち出す必要がある。それは市場改革や税制に関する約束、「貯蓄から投資」の再確認、日本経済(企業)を根本的に強くする施策などだ。
総選挙がどのような結果になるかは分からない。しかし「国民の支持が特に高い」とは言えないようだ。この原稿を書いている10月3日に新聞各社が「世論調査」の結果を掲載している。日経の電子版には「(同社とテレビ東京は)1、2両日に緊急世論調査を実施した。内閣支持率は51%で、岸田文雄政権の発足時(59%)を下回った。現行の調査方式を導入した2002年以降の内閣と発足時の支持率を比較すると、比較可能な記録で最も低くなった。」との記事がある。
もっとも選挙は相手次第だ。対抗する政党(立憲民主党など)が魅力的でなければ、「相対的選択」として自民党に票が流れて勝つかもしれない。石破さんはそれを狙っているかもしれないが、それにしても政権基盤を強くするためには勝ちは圧倒的な方が良い。
それによって党、国民の信頼を取り戻し、その上で改めて政策パッケージ(イシバノミクス?)を打ち出せば良い。石破さんは「異色の宰相」と書いた。「異色でも力がある」となれば、その政策さえ良ければ党も、国民も、そしてマーケットも適切に石破政権を支持し、「共感と納得」の下に政権運営が出来る基盤が整うことになる。
その可能性はないわけではない。石破さんが総選挙で敗北すれば、それは政権選択の選挙なのでその先の日本の政治は野党も四分五裂なので読みが難しくなる。自民党が議席を減らしても、「公明党と合わせて過半数で維持」ということもありうる。その場合の石破政権の先行きは危ういものになる。ただでさえ脆弱な党内基盤は一段と弱くなるからだ。
多分「stand alone」気味に、それをウリに政界での立ち位置を保ってきた人が、大きな政策で人々をまとめてシステムを実際に動かすには、総選挙勝利に加えて石破さん自身が大きく変わる必要がある。今までとは違う資質が必要とされるからだ。それを「共感と納得」を得ながら行うのはなかなか難しい。あまり理想や理念を前面に出すことも「のちのちの失望」の元になるので自粛した方が良いかもしれない。
当面のマーケットは、石破さんという不安要素を抱えたままの展開となる。世界情勢も大きく動いている。ただし地域紛争があっても、世界経済の枠組みが大きく変わらなければ、世界経済の流れが大きく変わる事はない。
マーケットにも石破さんにも「試練の期間」が続く。