金融そもそも講座

利下げに舵を切った米国=FRB、景気には楽観的

第364回 メインビジュアル

広く予想されていた米国の「利下げ」がようやく動き出した。9月18日に終わった2日間のFOMC(米連邦公開市場委員会 今年6回目)で、通常の2倍に相当する0.5%の利下げに踏み切った。果敢な利下げだ。新しい米国の政策(FF)金利は4.75%〜5.00%。長く続いた5.25%〜5.5%からの下げで、「下げた感」は強い。冒頭で述べておくが、パウエル議長が今回残した重要なメッセージは2つだ。

  1. 今回の利下げは金融政策が「behind the curve」(経済実態の変化から政策が遅れること)になることを避けるものだ
  2. 利下げは大幅だが、米国経済にリセッションの兆しはまったくない。その意味で米国経済を懸念していない

同国の利下げは新型コロナウイルス禍が始まって世界経済活動が著しく鈍化した2020年3月以来4年半ぶり。今後しばらく米国は利下げを続けることになる。声明と同時に発表された予測(ドットチャート)によれば、米国の政策金利は2025年には3%台の後半、その後二年は3%台の半ばで推移すると予想されている。その辺が中立金利という考え方だろう。議長は「利下げは年内も複数回ある」と述べた。つまり今年の残る11月と12月のFOMCでも利下げがあるということ。

はっきりしたことは先の欧州中央銀行(ECB)の利下げに加えての米利下げで、「世界は完全に利下げモードに入った」ということ。その中で日本は一人「利上げモード」にある。このベクトルの違いは、日本市場だけでなく時に世界市場をも揺らすだろう。

not behind the curveで0.5%を選択

パウエル議長率いるFOMCは、今回広く予想の対象となった利下げ幅を通常の0.25%にするかそれとも倍の0.50%にするかについて、少し前に腹を決めていた可能性がある。議長以下FRB(米連邦準備理事会)の関係者が講演など出来ないブラックアウト期間(FOMCが開催される前週の土曜日からFOMCが終了した翌日までの13日間)に入ってからも、一部の市場関係者が「意図的リークでは」と勘ぐった記事(米紙ウォール・ストリート・ジャーナル タイトルはThe Fed's Rate-Cut Dilemma: Start Big or Small? 英フィナンシャル・タイムズも同様の記事を配信)が流れたりした。

この記事はタイトル通り「大きい(0.5%)か、小さい(0.25%)か」という「どっちもあり」の記事だが、この記事配信時のマーケットの大方の予想は「9月はとりあえず0.25%の利下げだろう」という観測だったから、それが「半々の可能性」と報道されたことによって、がぜんマーケットの見方は「0.5%の可能性があるかも」となったのだ。ウォール・ストリート・ジャーナルの記事配信(9月12日)後も経済統計が公表される度に「大か小」かの観測が入り乱れた。

そして出たFOMCの結論は「0.5%の利下げ」だった。反対者が一人出た。声明には「Voting against this action was Michelle W. Bowman, who preferred to lower the target range for the federal funds rate by 1/4 percentage point at this meeting.」と書いてある。つまり彼女は「今回の会合では利下げ幅は0.25%にとどめるべきだ」と主張した。当然出ておかしくない意見だった。

今回の利下げに関して、FOMC声明は以下のように説明している。「Job gains have slowed, and the unemployment rate has moved up but remains low. Inflation has made further progress toward the Committee's 2 percent objective but remains somewhat elevated.」つまり両者(失業とインフレ)に留保条件をつけながらも、「雇用の伸びは鈍化し、インフレは2%の目標実現に向けさらなる前進があった」という判断。よってバランスを取りながらだが、「より失業率の上昇を念頭に置いた金融政策=利下げの道に踏み込む」ということ。

来年は3%台の後半?

今後のFOMCの開催予定は以下のようになっている。

2024年

11月6~7日

12月17~18日

2025年

1月28~29日

3月18~19日

5月6~7日

6月17~18日(以下続く)

つまり来月(10月)のFOMCはない。筆者はこの点も重要だったのではないかと考える。パウエル議長は記者会見の中で「behind the curve」(実体に遅れた金融政策発動)という単語を使った。それを回避したいと。9月FOMCで0.25%に利下げ幅をとどめたら、雇用情勢が悪化した場合ちょっと手遅れになる。10月はFOMCがないのだから。大勢意見は「ヘッジをかける意味でも0.5%の利下げが適切」と考えのだろう。しかしボーマン氏は「待てる。様子を見よう」と考えた。その違いだ。

重要なのは今後数カ月の利下げのペースだ。先に紹介したウォール・ストリート・ジャーナルの記事もその点を指摘している。利上げ利下げにしろ、金融政策が経済に影響を与えるのは一定程度の時間軸の中で。決まったらすぐに政府から民間にお金が出る財政政策のような即効性は、金融政策にはない。効果はジワリだ。金融政策が財政政策より「遅効性」を指摘される所以(ゆえん)はそこにある。

今のマーケットは「年内1%の利下げが必要」との見方だ。むろん、今後の統計の出具合でこの年内予想利下げ幅は変動する。しかし今は「年内1%の下げ」はペースとしても妥当に思える。その通り進展するとすれば、今回0.5%の下げを既に実施したと言うことは、残る今後年内2回(11月頭と12月中旬)の利下げは0.25%にとどまる可能性がある。

きしみを深める日本市場

EUに続いて米国が利下げモードに入った中で、「環境が整えば利上げを実施する」というスタンスの日銀を抱える日本のマーケットは、今後もきしみを経験することになるだろう。市場関係者の頭には「日銀はいつか利上げするだろう」という恐れがずっと残ることになる。

それは「日米金利差縮小→円高懸念」となるからだ。つい数年前は「円安は日本経済にとって良い事」と言っていた日本の当局だが、160円手前からスタンスをガラッと変えた。「円安けしからん」の立場で介入もし、その後是正が進んでも「為替相場は安定水準になった」とは言わない。マーケットは落ち着きどころを見付けられないでいる。いつまでも「当局は一段の円高を志向している」との観測が残ってしまう。その「恐れ」が日本の株式市場をしばしば襲う。円高は反射的に株安を惹起(じゃっき)する。

筆者は160円を超える水準から大きく円高に動いた為替相場に、当局は何か発信したら良いのにという意見だ。マーケットは落ち着くだろう。しかし日本の通貨当局はそうはしないかもしれない。そんなシグナルを出しておいて次の利上げをし、それが円高を惹起したら自らが言ったことを裏切ることになる。

世界でもまれに見る低い金利を維持している日本の通貨当局は、「通常の金利への回帰願望」が強いのだろう。それは「次の危機に備える」という意味でも分かる。利下げ余地を作りたい。しかし円相場が不安定なうちは、安定して高値を追うという日本の株式市場環境は予想しがたい。

今年初めの日本の株式市場の上げ潮は、為替が一定方向(足早過ぎたが)で安定して動いていたからだ。多分その「安定」は「日銀は利上げを完了」という認識が広がるまで実現しない。「貯蓄から投資」の旗を振っているのは日本政府だが、日銀の「利上げ願望」はずっとその実現を危ういものにし続けるということだ。日銀がいまもってなぜそんな政策を続けざるを得ないかについては、今まで何回も述べてきた。日本経済が強くないからだ。

一つ付記しておくと、今回の米利下げで一つ驚いたことがあったが、「0.5%も下げたのだから、今後の米国経済は良くなる」との観測から指標10年債などの利回り(金利)が上昇したことだ。一般的予測とは逆だ。これは予想外だった。円相場はそれ故に安定した。マーケットの現在位置はいつでも計測し難いが、だからこそとても興味深い。

参考

FOMCの声明

予測資料

ご注意:本コラムは、上記掲載日から2週間程度前に伊藤洋一氏が執筆されたものです。
閲覧される時期によっては、現状に即さないことも予想されます。また、内容には仮定に基づいた記述も含まれます。ご了承ください。