金融そもそも講座

日本のトップ選びの重要な視点――党内選挙に思う

第363回 メインビジュアル

自由民主党、立憲民主党という日本の2政党が、党内選挙によってトップ選びをしようとしている。自民党は現政権党で少なくとも次の総選挙までは政権を担当する。立憲民主党は確保議席数から言えば自民党の半分以下で大政党とは言えないが、野党第1党で小さいチャンスながらこの先に政権を担う可能性がある。

誰が各政党のトップにつくか分からないが、「そもそも講座」としてはどうしてもこの段階で「日本のトップ選びに関わるマーケットの視点」を提示しておきたい。このコラムがしばしば指摘してきたように、日本の株式市場はどう見ても脆弱で、日本のトップには少しでもこの状態を脱する経済運営を期待したいからだ。

日本経済新聞は最近、『新興国超える日本株変動率「41%」 海外短期マネー席巻』というタイトルの興味深い記事を掲載した。「世界の主要株価指数の変動率を並べると、日経平均は16日時点で年率41%と突出して高い。日本株の時価総額は約970兆円と、米国や中国に次ぐ世界3位だ。にもかかわらず、株価の値動きはトルコやメキシコなどの新興国よりも荒い」と指摘。

投資が重要な経済活動の一つと考えている我々投資家にとって、実に嘆かわしい。しかし日頃の実感でもある。ニューヨーク市場が上げて「今日は」と思っても、日中や引けに日本市場は簡単に下げに転じる。脆弱極まりない。新NISA(少額投資非課税制度)を使った日本人投資家の選別銘柄の上位10位がすべて米国など外株だったと話題になった。それだけニューヨークの市場の方が安定して上値を追っているし、反発力も感じる。なぜか。

筆者は「強い日本経済を作る」という意思を欠いた政治家のバラマキ政策で日本経済が時間をかけて脆弱化し、いまだそれを是正する強い力が働いていないためだと思う。今行われている両政党のトップ選びは、「日本経済の再生」「日本マーケットの投資信頼性の回復」という意味でも非常に重要だと考えている。人口減社会は既に始まっている。改革は待ったなしだ。

幻想に過ぎない日本の強さ

米国経済を背負うニューヨーク市場の強さの源泉は、このコラムでも何回か取り上げてきた。①移民などを継続的に受け入れる経済にあって、世界の人材(頭脳)、それにマネーが集まり、新しい企業、業種が出来上がる ②企業内外の人の動きが流動的で、技術革新を容易に受け入れる仕組みが社会全体として出来ている ③世界で最後まで「資金の自由な移動」を保証してくれそうな国で、チャンスがあれば米国に資本を入れておくメリットがある――など。

日本がまねしようもないものもあるが、筆者がずっと思っているのは、そもそも日本の政治家には「経済を強くする」「国民生活を良くする」「そのためには国の仕組みを時代の要請に従って変えていく」という明確な決意に欠けているのではないか、という点だ。

今の日本の政治家は経済が比較的順調な時期に大人になり、誰もが「JAPAN as NO1」的論調を記憶しているか、聞いたことがある世代だ。だから「日本経済がそれほど弱くなるはずがない」「匠の技もあるし、世界における競争力は依然として大きい」とどうしても考えがちだ。しかし貿易統計を見れば、世界で日本が優位に立てている産業は「自動車」などごく一部だ。その自動車産業は認証制度などを巡る問題でバッシングの対象になっている。つまり日本は得意の産業力でも「弱い国」になる危険がある。

筆者は警告の意味を込めて時々「日本はギリシャのような国になる」とラジオ放送などで言っている。ギリシャは立派な歴史を誇る国だが、一部農産物生産や海運を除けばもっぱら観光が主要産業だ。日常的対外収支ベースで自動車に次いで稼いでいる日本の産業は実は「観光」だ。日本の自動車産業が急激な環境変化の中で力を落とせば、日本の一番の産業は「観光」になる。ギリシャと同じだ。筆者はそれを警告として主張している。

日本の政治家の方々は、そうした現実をあまり知らない。どこかで「この国はすごい」「いつでも日本は産業国家に復帰できる」と考えている。しかしインドもインドネシアもマレーシアもタイも、すべての国が先進国になることを夢見ている。経済活動は活発化しつつある。「日本は別格」と考えるのは甘い。

回避続けた改革

過去30年を見ても、日本を本当に経済的に強い国に改革しようと努力し続けた政権は少ない。口では言っても実は及び腰で、最後は既得権益に押され、かつ人気取り的・政治的要請から「ばら撒き政策」を重ねてきた。財政収支の悪化は止まらず、世界で競争できる産業・企業の数は減少し、競争力のある企業も主戦場を世界に移す中で、日本企業にとってもマザー市場(日本)の重要性は低下してきた。

世界でも例を見ないマイナス金利をその中心に置く超緩和の金融政策を長く続けざるを得なかったのは、一言で言えば「プラスの金利に耐えられない経済」しか持てなかった日本の悲しい現実だ。それへの処方箋を書き終わらないうちに、「円安の物価押し上げリスク」故に金利の引き上げを行い、株式資産の規模を落としているのが現状。しかも世界的にも物価の下落が顕著になってきて、世界各国が金融緩和・政策金利の引き下げに着手する中での「日本の利上げ」。ベクトルが全く世界にあってない。金融市場に軋(きし)みが生じたのは極自然だ。

なによりも必要なのは、惰性的なバラマキ経済政策に終止符を打ち、日本経済を本当に強くする方針を策定し、それを実行できる政治家が現れることだ。今はそのチャンスで、改革方針の旗の下に日本の社会、政治が「動き出すこと」が必要だ。「誰がその任に当たるのだろうか」と筆者はずっと考えている。そもそも日本経済が強ければ、物価上昇圧力は内部から醸成される。それがない。だから円安に頼ったり(黒田総裁時代)、その円安が邪魔になると方針転換したり。それ故のトルコ、メキシコを上回る株価変動率の高さだ。

人口が減り始めている今の日本では、きっちりした政策なしに国の経済が大きく伸びるというのは期待しがたい。戦後の日本経済が大きく伸びたのは、戦争が終わったときに7300万人だった人口が1億2800万人に増える中で、世界経済も成長速度を高めたからだ。今の韓国(人口5000万前後)以上に人口が増えたのだから「高度経済成長」したのは当たり前。逆に今後の日本では人口は毎年100万人減る見込み。よほどの覚悟でシステムを変えないと、戦後設計の旧システム(年金、企業統治など多くの経済政策)は機能しなくなる。

必要な強い指導力

つまりこれからの日本には、企業もそうだが日本全体として「理念ある強い指導力」が必要だ。力のない政治家は、どうしても人気取りに走る。国のお金があらぬ所(将来につながらない)に流れることを意味する。それは日本がますます脆弱な国になるという事を意味する。

「裏金議論」が活発だ。しかし筆者はこう考える。「身ぎれいな方を多くの有権者は信頼する。だから身ぎれいな方が良いに決まっている。政治的フリーハンドが強くなる。とっても重要なポイントだ。しかし身ぎれいだけでは足りない。『政治を動かす力』『システムを変える力』がなければ、日本経済を強くすることは出来ない。日本経済の基礎力を上げることなくして政治の力も借りて賃金を上げても、長続きしない」

この原稿を書いている時点でやっと「じゃ政策をどうする」という話が盛り上がってきている。自民党の立候補者の多くが「他候補との違い」を打ち出さざるを得なくなったからだ。野党は「責めどころ」と見て依然として裏金問題を自民党批判の最大ポイントにしようとしている。しかし外交を含めて「党としての、野党トップとして政策(経済を含めて)」をしっかり打ち出して、「それが出来そうだ」という認識が広まらなければ、今の野党が政権を取ることは出来ないだろう。野党も政策で勝負すべきだ。

脆弱な日本の株式市場は、脆弱な日本経済全体の姿そのものであり、筆者は今回の自民党、立憲民主党の党首選びを通じて、日本人の「政治家を選ぶ」目が高まり、それが日本企業、経済の活力回復の原動力になることを期待したい。そうしたマーケットからの視点で筆者は両党選挙を見ている。より具体的な政策に関しては、少し後で取り上げたい。

ご注意:本コラムは、上記掲載日から2週間程度前に伊藤洋一氏が執筆されたものです。
閲覧される時期によっては、現状に即さないことも予想されます。また、内容には仮定に基づいた記述も含まれます。ご了承ください。