金融そもそも講座

構図が決まった米大統領選挙―マーケットからの視点

第360回 メインビジュアル

今年11月に行われる米大統領選挙の構図が固まった。民主党のカマラ・ハリス候補(現副大統領)はまだ党大会での正式承認を得ていないが、代議員の圧倒的多数は既に確保した。選挙は「返り咲きを狙うトランプ 対 バイデン撤退後を託されたハリス」という図式になる。

当然だが、世界最大の市場経済国である米国のトップ(大統領)の考え方や政策の方向は、世界情勢ばかりでなくマーケットも時に大きく動かす。今回は両者の基本的な違いや、それが市場にどう影響するか、そして時期尚早ではあるが選挙の結末なども展望してみたい。

「トランプ対ハリス」の構図は、当初の「バイデン対トランプ」とはガラッと変わった。「老人同士の戦い」の印象だったのが「女性対男性」「壮年者対高齢者」の戦いとなった。先の候補者討論会でのバイデン氏のあまりにも悪い出来栄えを原因とする選挙戦撤退が、全体構図を大きく変えた。当初から「バイデン大統領は大丈夫か」という疑念が現実のものとなった形だ。しかしこれで選挙は面白くなった。

America First

今回の選挙は党派的に言うと「民主党 対 トランプ共和党」という戦いだ。まずトランプ共和党の最大、かつ最も有名なスローガンである「America First」(米国第一主義)に関して考えてみよう。色々な解釈がされているが私の理解は以下の通りだ。

「お前らのことなぞ俺は知らん。米国第一だ」とまず言い放っておいて、その後に自分の国にとっての重要性に鑑み、「じゃ、こうしようか」と相手国との関係を考え交渉するスタンス

2016年の対ヒラリーの選挙戦でもそうだったが、トランプは今回もこの言葉(America First)を繰り返し使う。明確には定義されておらず中身は曖昧だ。しかしこの言葉がトランプの口から出る度に聴衆は大いに盛り上がる。聴衆が曖昧に「これでは」と理解し、トランプの気持ちの中にもあるのは「米国はこれまで余計なことを強いられてきた。これからはそうじゃない」ということだろう。

しかし少し考えれば分かるが、全くの「俺第一主義」の人間(国)が周囲と長くうまくやっていける訳はない。いつか信用されなくなり、仲間外れにされる。自ら大きな損を被る。筆者は「America First」を叫ぶトランプ節は、その旨を声高に宣言して周囲にそう思い込ませながらも、実は自国にとって何が有利か、どこと手を結ぶ事が賢明かを考えて実際の行動を決めるスタンスだと思っている。第一次トランプ政権の行動パターンがそうだった。

だからトランプ共和党の「America First」には、こちらがきっちり出せるカードを持っているときはあまり心配ない。トランプは基本的にはビジネスマンだから、それほど非論理的でも感情的でもない。重要なのはこちらが「きちんとしたカードを持つ」ということだ。日本はカードを持っているか。実は持っているというのが私の考え方だ。

これはまた別の機会に書きたいが、端的に言えば「日本抜きで米国は最大の競争国(脅威国)である中国と対峙できますか」というもの。

Market loves TRUMP

対して民主党の新たな旗手となったカマラ・ハリスは、基本的にはバイデン政権の内政・外交政策を継続することからスタートする。バイデンの後任指名と全面支援を得て、党内からの大きな反発もなく順調に大統領候補になったのだから、前任者路線の踏襲が少なくともスタート地点となる。

それが何かと言えば、「人権や理念」「戦後世界体制の維持」を前提とするもの。「America First」より「大国の義務」を正面から引き受ける。どちらかと言えば重い。別の言葉で言えば、「米国の行動余地を狭める」ものになる。なにせ理念先行だから、徹底すれば世界中の人権侵害(と米国がみなすもの)に異論を挟み、世界に理念を説かねばならない。

同じ理念を持つ欧州や日本には多分ウケは良いが、当然ながら「大国のコスト」が伴う。アフガニスタン撤退の醜態から始まって今に至るまで、バイデン政権の外交政策は苦難の連続だった。それは一つには、「この場合はこうしなければならない」という「べき論」に民主党の米国が足を絡め取られていたからだ。

対してトランプ共和党には「べき論」はあまりない。ある意味身軽であり、時に臨機応変に対応が出来る。経済政策もそうだし、外交ではトランプの北朝鮮訪問などが最たるものだ。トランプ候補は指名受託演説でも、「day one」を繰り返していた。それは自分が大統領になればウクライナやガザの問題、移民、対中国問題も時間を置かずに解決してみせる、と言っている。トランプ共和党には民主党ほど掲げる理念や理想はなく「America First」だから、もしかしたらそれは可能かもしれない。

過去の歴史を見ても、どちらかと言うとマーケットは共和党好きだ。トランプ・トレードとはそのことも意味する。もちろん米国の株価は民主党政権下でも大きく伸びている。一番肝心なのは経済や企業の実態が良くなることだが、色合いはハリス民主党政権とトランプ共和党政権ではかなり違ってくるだろう。(もっとも、突き詰めればバイデン政権もAmerica Firstの側面が強い。声高に言わないだけ)

But Harris may win

「ではどちらが勝つか」という問題。筆者は多くのメディアの予想とは違って、「民主党のハリス候補が案外勝つのではないか」という見方だ。マーケットにはちょっと残念かもしれない。

理由は以下の通りだが、ポイントはカマラ・ハリス(現在59歳)が非常に多様性あふれる出生をしている事だ。彼女はインド出身の母親とジャマイカ出身の父親の間に生まれた。彼女自身は「私は黒人」と述べているが、明らかにアジアの血も流れている。出生地はカリフォルニア州オークランド。生年月日は1964年10月20日。選挙のある11月にやっと日本で言う還暦の60歳になる。トランプ候補(1946年6月14日)は既に78歳なので、それに比べて20歳近く若い。

これらの点を踏まえて筆者は以下のように考えた。

  • ①米国に住む人はインド系の人口は500万人。まず彼女はそれらの票をかなり期待できる
  • ②「私は黒人」と言っているので、それよりもずっと多い黒人票(全体の15%)を期待できる
  • ③父親の出身地から、ラテンアメリカ系(全体の18%)からの票もある程度期待できる
  • ④彼女自身が女性だし、女性から中絶の権利を奪う形となった最近の最高裁判断への反感から女性票の積み増しを期待できる(共和党の大統領候補・副大統領候補の二人は女性の中絶の権利に冷たい)
  • ⑤バイデンとトランプの両方を嫌う層(double haterと呼ばれる)の忌避感が、残ったトランプ候補一人に向かう可能性が高い。つまりハリス選好が増える

などだ。この中でも特に④と⑤が重要だと考えている。double haterの存在は日本を含めた全世界にいた。多くの私の米国の友人も「どうして我が国の指導者が、あの二人のように年老いているのか」と嘆いていた。それは考え方や理想とする社会の形とは関係なく、体質的・体感的なものだ。それがバイデン氏の辞退によって、嫌悪感がトランプ氏一人に向かうことになる。

重要なのは、共和党の候補者二人はどちらも考え方がやや古臭く、かつあまりにも男臭いということだ。筆者はそれを強く感じた。多分米国の若者にはこの二人はウケないと思う。中絶の権利に否定的な態度のままなので、恐らく女性人気は出ない。中絶に関する問題は女性にとって切実であり、女性票の一定部分は中絶の自由を主張するハリス候補に流れる可能性がある。

東京都知事選でも大量の票が石丸候補に流れた。主役は若者だった。今や世界のどの国でも選挙結果を左右するのは若者だ。既にハリス氏はSNSでの注目度は抜群だ。それらが彼女にとってパワーになると思う。

ご注意:本コラムは、上記掲載日から2週間程度前に伊藤洋一氏が執筆されたものです。
閲覧される時期によっては、現状に即さないことも予想されます。また、内容には仮定に基づいた記述も含まれます。ご了承ください。