金融そもそも講座

生成AIの利用拡大と日本株

第357回 メインビジュアル

米アップルは6月中旬、同社の世界開発者会議(WWDC)で生成AI(人工知能)戦線に正式に参入することを表明した。それによって、ニューヨーク市場での生成AI関連銘柄の動きが顕著になってきている。アップルは発表後には上値を追い、時価総額でマイクロソフトを抜いて一時1位に返り咲いた。

その前の週にはエヌビディアが当時2位だったアップルを抜くという波乱劇も起きた。つまり生成AIを軸に「上値追い競争」「トップの入れ替わり」が頻繁に生じている。やはり世界最大のスマホ企業であるアップルが、やや先になるものの実機で生成AI分野への参入発表をしたことは、業界全体を大きく動かしていると言える。

今回は、米国で戦線拡大が続く生成AIのブームが日本に与える影響に関して、私の意見を述べてみたい。一般的には日本、日本企業は生成AIに奥手だと言われている。多分、それは事実だ。日本の大企業が生成AIで大規模に生産性を上げたという話はあまり聞かない。もっとも個々の企業では取り込みが進み、生産性を大きく上昇させているケースもあり、発表されていないだけかもしれない。

今回私が注目したのは、生成AIが持つ「言語の壁」突破能力に関して。世界市場において日本企業が不利な点としては、「言語」を外すわけには行かない。世界で今、日本語を使える人の数は、最終的に日本人の数に収斂(しゅうれん)する。つまり1億3000万人弱。仮に日本語を使える人が世界で10億人居るとしたら、多くの日本企業の事業ベースは大幅に拡大できるはずだ。「人口の壁」は厳然としてある。

韓国は一時タレントを日本でまず売り出した。韓国(韓国語を使う)が、自国の規模の小ささ(5000万人弱)を認識し、入り口として隣のより大きな市場を持つ日本を狙ったのだ。しかし日本も実は同じ問題を抱えている。英語を日常生活で使い、また理解できる人の数は世界に15億人に達すると言われる。世界を見ると北欧のように平気で英語を第2母国語でしゃべる人は多い。これは英米企業にとって大きな有利だ。“市場”と呼べる顧客ベースの規模が全く違う。

しかし重要なのは、生成AIがこの「言語の壁」を急速に薄いものにしつつあるということ。生成AIを使いこなす人にとっては、“壁”は徐々にないに等しくなるに違いない。私が使っている生成AI機能でさえ著しく上がっているからだ。企業が使う大規模モデルでは、もっと機敏な対応が可能なはずだ。

「アップル Intelligence」

アップルの生成AI参入方針は以下のようなものである。

  • 1.新生成AIサービスの名称は「アップル Intelligence」。今秋からベータ版として提供され、iPhone、iPad、Macでの体験を大小さまざまな形で支える機能が含まれる
  • 2.これまで機能が限定的だった音声アシスタントの「Siri」についても、生成AIによって全面刷新され、使い勝手が大幅に向上する
  • 3.同社AI戦略のポイントをプライバシーとセキュリティーに置く。AIの処理をデバイス側とクラウドのどちらで実行すべきかどうかを判断し、クラウドで実行する際は「Private Cloud Compute(プライベート・クラウド・コンピュート)」と呼ばれる仕組みでプライバシーを守る

などというもの。米国で「秋にベータ版」というで、日本での導入は2025年になる。日進月歩の生成AIの世界ではちょっと迂遠(うえん)な話だ。筆者も夜中に会議の様子を生中継で見ていたが、それほど革新的にも思えなかったし、全体的に強い印象は持たなかった。

しかしその後アップルの株価は大きく上昇した。Mac、iPad、iPhoneの最新機種でしか「アップル Intelligence」は利用できないとされているので、「買い替え需要」への見込みがアップル株を押し上げた。やはりシェアの高さは武器だ。

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実は最近の筆者の朝の楽しみは、スマホに入れたオープンAIとグーグルの最新生成AIアプリに話しかけて、どちらの方が面白く、かつ適切で私が必要とする回答を出してくるかを比べること。直近ではドジャースにクリス・テイラーという打率1割前後の野手がいて、「何故ドジャースは彼を使い続けるのか」と聞いたら、面白かった。

今筆者が使っているアプリはオープンAIがChatGPT-4o(フォーオーと発音)、グーグルはGemini1.5。どちらもイントロ価格で比較的安く使えるし、1カ月単位のサブスクなのでどちらかに決めればもう一方を解約すれば良い。

とにかく今はすごい勢いで性能が向上しているので、その成長過程を見るには両方と付き合うしかない。情報の出し方、中身を楽しむと同時に、自分のプロンプト(回答を引き出す言葉使い)を磨く為にもやっている。出てきた回答に別のプロンプトを追い打ちすることで、私もAIも賢くなる(と思っている)。

そこに今後は「アップル Intelligence」が加わる。アップルの最新端末でもオープンAIの生成AIが使えるようになる。これは、生成AIをアーリーアダプター(私のような早期採用者)のものから、より多くの普通の利用者が使うツールにするだろう。

高まる生成AIの言語能力

筆者が注目しているのは、生成AIの「言語処理能力」だ。文章でも、会話でも今そこにあるものを他言語に転換する能力は日々向上している。筆者は比較的英語はよく出来る方だが、であるが故に生成AIの翻訳能力を様々な局面で試すようにしている。例えばウォール・ストリート・ジャーナルの長い文章をGemini1.5に入れて翻訳させてみる。

以前は、「これはどうかな」という翻訳が多かったが、最近は「なんか頼れる」という印象になってきた。まだ専門分野の翻訳は大いに改善の余地があるが、企業が複数言語化(取引所提出書類、各種申請書、製品取扱説明書など)に要していた時間と労力を、生成AIが著しく短縮してくれることは間違いない。

同時通訳能力も相当上がっているというのが私の判断だ。オープンAIはChatGPT-4oのデモで、この新モデルの同時通話能力の高さを喧伝(けんでん)した。もちろん、我々が個々のケースで発する言葉をAIサイドが正確に認識できるかどうかは、その時の状況による。話者の滑舌の良さは大きな条件だし、周囲にどのような雑音が生じているかも勘案しなければならない。また分野ごとにAIがどのような知識を備えているかも重要だ。

問題は、日本社会、日本企業全体が生成AIの持つ翻訳・通訳など言語機能をどのくらい使いこなせるようになるのかだ。日本のいくつかの企業は、いわゆる「日本版生成AI」を育成し、製品化することを既に発表している。その進歩状況は日々チェックできないが、筆者はそれが「日本語の壁」を打ち破るものになるのなら、日本企業の将来にとって大きなポテンシャルになると考えている。

ただし筆者は「検索」と「生成AIに質問をぶつける」は、徐々に似た行為になりつつあると考えている。とすれば「ググる」と言った単語が簡単にできる日本では、知らないうちに生成AIに質問を投げかけ、答えを導き出してくるケースも増えるだろう。別に生成AIを難しいものと考える必要はない。

日本企業はこれまで多くの製品(家電やコンピューター製品)に「ON」とか「OFF」の簡単な英語を付けて販売してきた。それが日本の戦後の高度成長を支えた。しかし言語を深く使い込む作品(例えばソフトウエア)はなかなか海外に提供できなかった。それは言語の壁、コストの壁があったからだ。しかし生成AIはこの「日本の企業にとっての壁」を打ち破ってくれるか、少なくとも薄い壁にしてくれる可能性がある。

“ドメ”にこそチャンス

日本で以前よく聞いたのは、「うちは全くのドメ企業(ドメスティックな企業)ですから」というもの。しかし訪日外国人数(今は年間4000万人ペース)の増加の中で「ドメほど売れる」ということが分かってきている。景色もそうだし、日本の各種物品、それに日本でしか出来ない体験など。だから筆者は「ドメの企業ほど生成AIが切り開く地平を利用してほしい。可能性は広がる」と思っている。

それにしてもどこにその可能性があるかを探り、実際に成果を出し、生産性を継続的に上げる努力が必要だ。テクノロジーそのものが大きく変化しているのが現状であり、その努力はどうしても欠かせない。以前よく「ITリテラシー」という単語が使われた。しかし筆者は、今後は「生成AIリテラシー」が必要な時代に入っていると思う。

改めて強調したいのは、生成AIをうまく使うことによって日本企業は大きな飛躍の舞台に立ちうるということだ。筆者は「人材も資金もなくて、なかなか海外を攻められなかった」という企業にとってこそ、実は生成AIの貢献度が大きいのではないかと思っている。

もっともそれは同じような非英語圏の諸国にも同じ可能性が開けたことを意味する。その競争の中でも、日本が持っている技術や文化は恐らく大きな売り物になる。「訪れたい国」の世界的な調査ではほぼほぼ日本が1位だ。日本が海外の方々にとって魅力あるということは、日本に来ることが出来ない人々も日本に興味を持っていると言うことだろう。生成AIが壁を打ち破ってくれているのだから、日本企業は積極的にその可能性を取りに行くべきだろう。

マーケットでのそうした企業を探したい。

ご注意:本コラムは、上記掲載日から2週間程度前に伊藤洋一氏が執筆されたものです。
閲覧される時期によっては、現状に即さないことも予想されます。また、内容には仮定に基づいた記述も含まれます。ご了承ください。