ドジャースと米経済は強い!③
第354回「強すぎるアメリカ経済」の問題に解消の兆しは見えない。この原稿を仕上げる直前に終わったFOMC(米連邦公開市場委員会)後の記者会見でも、パウエル議長は、「(マーケットが期待している)利下げがいつになるかは分からない」と述べた。今までの「利下げ匂わせ」からの転換。
米国では依然として賃金には上昇バイアスがかかっており、発表される雇用関連統計には強いものが多い。景気の強さの良い面(企業業績面)を評価するのか、悪い面(金利が下がらない)を嫌気するのかのマーケットでの駆け引きは、依然として続いている。FOMC後のマーケットでは、前者の兆候も見られるが、全体的には不安定だ。
それに加えて、拡大基調の日米金利差が全体的円安トレンドを醸成している。一時は160円台もあった。これに対して、円安けん制を繰り返してきたメンツや政治的圧力もあって、日本の通貨当局は介入とおぼしき行動に出て、円相場は対ドルばかりでなく他通貨に対しても時に大きく上昇している。しかし基調は円安だ。当局がマーケットに容喙(ようかい)する中で、世界の市場は全体に落ち着かない展開。
世界の株価が総体的に高値に張り付き、ドル金利が高いレベルを保つ中では、世界のマーケットの神経質で安定感を欠く展開は今後もしばらく続くだろう。相場の先行きに関してはまた機を見て詳しくこのコーナーで取り上げていきたい。
今回は約束していた米国の対中国政策や、企業活動における多様性の重要性などを直近FOMCの決定事項と合わせてお届けする。
「時期未定」とパウエル
日本時間2日早朝のパウエル記者会見は、やや緊張感あふれるものだった。それは「利上げ」というしばらく聞かなかった単語が久しぶりに記者の口から繰り返し出てきたことだ。「次にFRB(米連邦準備理事会)が動くとしたら、それは利上げ」という極一部のエコノミストの見方が記者たちの関心を呼び、それに関する質問が出たからだ。筆者は見ていて、「やはり出たな」と思った。議長の返答次第でマーケットは大きく動揺しかねない局面だった。
それに対する議長の返答は「“I think it’s unlikely that the next policy rate move will be a hike, I’d say it’s unlikely.”」(次の政策金利変更が引き上げになる可能性は小さい。繰り返しますがかなり小さい)とunlikelyを2回使った。つまり利上げに関する市場の臆測を強く否定したことになる。それでマーケットは一安心。しかし一方で議長は、「しかしインフレ率は高止まりしたままで2%の目標は達成できていない。利下げ時期は予測出来ない」とも述べた。政策金利は予想通り5.25〜5.50%で据え置き。
今回FOMCの声明の第一パラに付け加えられた文章がある。「In recent months, there has been a lack of further progress toward the Committee's 2 percent inflation objective.」で、「ここ数カ月、委員会のインフレ2%目標への進展が滞っている」と訳せる。つまりしばらくは今の高金利で様子見を続けると言うことだ。
筆者が関心を持ったのは、その後のマーケットの動きだ。ダウ工業株30種平均やS&P500種株価指数、ナスダック総合株価指数など指数は一時大きく上げた。ダウで500ドル近くの上げだった。筆者はその時、「総体的に高い金利が続くことに、マーケットは慣れてきたのかもしれない」とも思った。多分、今後しばらくのニューヨーク市場では綱引きが続く。それを予感させる動きだった。
米国の対中政策の基本
さて、ここからは積み残した宿題だ。まず米国の対中政策。マーケットにとっても大きなテーマだ。
端的に言えば、米国の対中政策の基本は「民主主義や自由な社会スタイルを認めない中国(共産党一党独裁)が、経済でも軍事でも外交でも米国の上に立つことを阻止する」というものである。米国にとっての「最大の競合国」(バイデン政権がよく使う)との表現は米国の本心を隠している。競合国とはどちらが勝つかわからないという印象だが、米国は負けるつもりは全くない。「中国が米国の上に立つことをなんとしても阻止する」というのが本心だ。
それは米国が中国に与えようとしていないものを見れば明らかだ。先端半導体。それは今後の全ての企業活動、経済活動の起点だ。米国はそれが中国に渡ることをあらゆる面で阻止しようとしている。米国がアフガニスタンやウクライナとは違って台湾防衛の意思を繰り返し明確にしているのは、台湾が世界の半導体供給の中で占める地位の高さ故だ。
米国のそもそもの対中姿勢は違った。「中国も経済発展すれば人々は民主化を希求し、その過程で共産党一党独裁も終わる。民主化して米国に近い国になる」と考えた。戦後しばらくしてからは、ずっとそうだった。しかしその考え方をオバマ政権の最後の方で変えた。中国共産党の国内締め付けが一段と厳しくなり、米国に「太平洋は米中両国が共存できるほど広い。西を中国管轄、東を米国管轄としないか」と持ちかけた頃から転換した。それ以来の中国抑え込み方針だ。中国の現体制も変わりそうにない。ますます強権ぶりが目立つ。
最近ブリンケン国務長官初め米国政府高官が頻繁に北京詣でをしていて、印象としては「米国が中国ににじり寄っている」ように見える。しかし筆者は「危機管理の一環」と見ている。ロシアに比べて中国は人口も多く、世界経済に占める地位も格段に高い。その中国がロシア側に付き、台湾問題を含めて予想外の動きをするのを押しとどめようとしている。
それは当面成功すると見ている。中国経済は今非常に脆弱で、人口も減少期に入った。今の体制下の中国は、そのピークを超えつつある可能性がある。一党独裁は今後様々な弱点を露呈する。それを米国は管理しようとしているのだ。
What a secret society
最後に「多様性」の重要性に関して。私が体験したことから紹介しよう。
ニューヨーク駐在時代。もうかなり前だ。マンハッタンから車で一時間。ジョージ・ワシントン橋を渡ったニュージャージー州にリバーベール・カントリークラブというゴルフ場があったし、今でもある。私を含めてニューヨーク駐在の日本人達がよく使ったゴルフ場だ。ある日、私たちの前に別の日本人4人グループがいて、私たちの後に米国人の夫妻2組のグループがいた。
前のグループはティーショットの打順を決めるのにどうやら「じゃんけん」を選択したようだった。我々日本人からみれば「ああ」という普通の光景だ。楽しそうに「じゃんけん」をしていた。しかしそれを見ていた後のグループの米国人の女性1人が、実に嫌な顔をしてこう言ったのだ。「What a secret society.」。私は本当に驚いた。米国人はそんな風に見るんだと。私たちの前の日本人グループ4人には全く悪気はない。しかしそれ(じゃんけん)を知らない米国人は、そのしぐさを嫌がった。私はぞっとした。
今の日本はインバウンドが増えて社会は多様性の受容を要求され、一方で人口減から企業は国際的ビジネスを増やさざるを得ない状況。しかし日本人、我々の社会はどこかで「じゃんけん的所作」で意図せず誤解を招いていないか。有能な人材が入ってくるのを、意図せずに阻止していないか。
多分、かなりの努力が必要だ。社内のルールはより明示的にし、より多くの人がすぐに理解できるものにする必要がある。人種や性別で多様な会社は、必然的にそれを求められる。ルールをすべての人が気持ち良く守れるようにしなければならない。「あうんの呼吸」はあらぬ誤解を招く。徐々に許されぬ時代に入りつつあると思う。
多分、時間のかかるややこしい手順が必要だ。しかしそれは社員ばかりでなく、その会社を見つめる多様な消費者にとっても良い印象となる。その会社に対するイメージを持ちやすくなるし、それはまたその会社が作っている製品に対する好感にもつながる。
つまりこれからの多様な世界と向き合う日本の企業は、社内も多様性を許容するシステムにする中で、消費者に対してもそれを明示できる環境をつくるべきだ。そうしないと「What a secret company.」と言われてしまう。それは残念な事だし、業績にも悪い。米国は移民の国で、そもそも多様だ。去年のサンディエゴ、今回のロスもそれを体感した。それが米国企業の総体的優位さを生んでいる。
それを「投資先の企業の選別をどうするか」というマーケット的問題に置くと、「いかに多様性を尊重し外に開かれた企業を選ぶか」という視点に帰着する。