金融そもそも講座

2024のマーケット

第346回 メインビジュアル

では2024年のマーケットはどうなるだろうか。結論から言うと「株は指数では頭重いかもしれないが、銘柄によって大きく伸びる。為替は短期的な円高を繰り返すかもしれないが、円の基調は弱い」というものだ。頭が重いと見るのは日米とも株価が23年末に既に大きく伸びたことが理由。為替に関する考え方は、最近よく取り上げているので、それを読み返していただきたい。

市場予測はいつでも難しいが、24年は難度が高い。まず米大統領選挙が見えない。米中緊張継続の度合いの読みも難しい。世界は不確実性に満ちている。そこで今回はその不確実性にはあまり触れずに、23年の年末に筆者が見る世界の潮流変化に目をやって、そこから予測出来ることに触れたい。変化に乗れる国、企業、そして個人に「勝ち組」が生まれる可能性が高い。

今改めて思うのは、テクノロジー環境の著しい進化・深化だ。デジタル技術が「壁崩しの技術」だということは何回も触れており、実際に国を含めて業界や企業の壁はかなり溶けてきた。しかし急速なAI(人工知能)、AGI(Artificial General Intelligence)の普及により、仕事のやり方、身につけるべき常識が大きく変化しつつある。かつては「dog year」と言われたが、今はそれどころではなく、とてつもなくアジャイル(agile=俊敏)な変化の時代だ。

その急速なテクノロジーの変化が、ある意味では世界中の人にとって「ユニバーサルな変化」になりつつある。多分、我々の日々の仕事、日常生活の送り方は来年の今頃にはもうかなり変わっている。企業の日々の仕事の進め方も変わるだろう。

やはり米中がカギ

まずイベントを見る。予測難の筆頭は、2人の米大統領候補が共に80歳前後と高齢で、健康、ひいては命にいつ何があってもおかしくないこと。今のバイデン政権は窮状にある。イスラエルとハマスの戦争継続の中で、前者寄りのバイデン政権への批判は止まない。支持率も低下傾向にある。国内政治も行き詰まっているし、高齢批判も止まない。

しかし一方のトランプ氏の方も数多くの訴訟を抱えて、「(党の指名は取れても)一般投票では負ける」との見方がまだ根強い。トランプ氏を見限ってヘイリー前国連大使を押す共和党の伝統的支持者もかなり出始めている。さらにトランプ氏は州最高裁の判断によりコロラド州では大統領選の予備選参加を認められない可能性も出てきた。

一般的には民主党の勝利は株価に弱材料、共和党の候補は強材料とされる。しかし日本で自民党政権が賃上げの旗をずっと振っているように、共和党(トランプ陣営)は鉄鋼など基幹産業労働者やヒスパニックの間で支持率を上げている。彼らは伝統的には民主党支持層だった。どちらの政権が樹立されたら株価に有利かは俄(にわか)には判断しがたい。

中国経済が勢いを取り戻せない状況は続くだろう。最近では政府の各機関ばかりでなく、メディアの関係者にまで「中国経済の現状は良くない」ことを示す数字、言説は流布するなと言う方針を強要しているようだ。既に「若者の失業率」の公表は取りやめている。つまり中国経済の実体は一段と見えなくなる。従来に増して数字のごまかしが進むことは明らかだ。

その政治体制の強化方針、国家安全優先の考え方から、中国経済が勢いを取り戻す可能性は薄い。「14億人の消費者」を前面に出して、各国とは強気で渡り合おうとするだろう。しかし急速な成長の余韻が残っていて、一般に言われるほど中国の衰退が近いわけではないことは念頭に置いておいた方が良い。

エンジン不足

多分国単位で検討していくと、今年の世界経済と同様に24年も「エンジン不足」は続く。欧州はウクライナの戦争を抱えたままだし、グローバル・サウスは世界経済を引っ張れる状況にはない。日本経済は「本当にゼロ金利解除後も強くいられるのか」と疑念を持たざるを得ない状況だ。なので、世界経済レベルで見ると、「この国の株価は凄く上がるかもしれない」と言える国はあまりない。インド程度か。

しかし筆者は企業単位、業界単位では経済活動全般に非常に重要性を増すところが出てきて、そうした企業を多く抱える国のマーケットは世界から資金を集める可能性が高いと考えている。実は筆者は12月の中旬からだが、グーグルが試験運用中としている生成AIを活用した対話サービス「Google Bard」を頻繁に利用し、改めてその有用性に感心している。

今日本で普及しているChatGPTは有用だし、たまに同じ系列のマイクロソフトの「Bing」も使う。しかし「その日その日の出来事」の中から考えて文章をまとめ、放送を行っている私にはちょっと使い勝手が悪い。依然として入っているデータが古いのだ。

一方、試験運用中の「Google Bard」に、植田日銀総裁の記者会見(12月19日午後3時半から午後4時半 今年最後の金融政策決定会合後)について、

「2023年12月19日に日本銀行の植田総裁が記者会見で述べたことの要点を4つにまとめて記して下さい」

と質問したところ、総裁会見が終わってあまり時間を置かずに問うたにもかかわらず、要点を突いた回答が出てきた。しかも3パターンで。「その情報は入っていません」程度の回答だと私は思っていたので、本当にビックリした。私がそこで思ったのは、「これはいろいろな意味で使える」というもの。その後、体調に関する質問(医学的)とか、「最近の紅葉の劣化に関して」などいろいろ試しているが、とても良い回答を出す。

試験運用中のこの「Google Bard」を、同社が今度どのように製品版にしてくるかは分からない。しかし大規模言語モデルを使ったAGIは「ここまで来たのか」と感動した。多分、こうしたAI、AGIの進歩は「dog year」を「古い言葉」として、とてつもなく「agileな変化の世界」を生み出すだろう。

ChatGPTをオープンAIが導入したのが22年の11月。まだ1年余しか経過していない。それなのに、この進歩だ。もしかしたら、24年の末には我々の生活・仕事、企業の活動形態・組織は大きく変わっているかもしれない。

横串を通すAGI

デジタル化に加えて、さらに我々の生活や企業の活動に横串を通すAGIの普及によって、体感としての我々や企業の日常は大きく変わる。それに対して、世界中で国家は行き詰まっているように見える。日本は政治資金の問題で現在の政権や政権政党は行き詰まっているし、金融政策も動けない状況が続いている。

米国は分断に苦しみ、中国とロシアは一人独裁の体制維持目的の各種の制約で、経済も社会も活発な動きが出来ないでいる。対ウクライナや移民政策でEUには亀裂が入っている。にもかかわらず、テクノロジーは長足に進歩し、企業と我々は変化を続ける。

多分マーケットはその両方を見ながらの24年だろう。時に分裂状況に陥る可能性がある。既にかなり時代遅れになったシステムとしての国家が強く自己主張した場合だ。やはり権力と制度、それに膨大な予算を牛耳っている国の力は強い。しかしそうであってもテクノロジーはagileに進歩し、企業も変わる。

筆者は国境の壁を簡単に越えて活動する企業はテクノロジーと消費者を味方にすれば、今後もチャンスが大きいと見る。その企業の価値を示す株価にもチャンスがある。古い名前で出ている日本の企業も、その内部では様々な活動を行っている。最近の日経ヴェリタスには「フードテックで活躍する日本企業」の記事があった。とても興味深かった。

注記=AGIは汎用的な知能を持ち、複数のタスクに対応できる人間のような柔軟性を持つ。従来のAIは特定のタスクに特化。「弱いAI」と言われる。一方、AGIは人間のような幅広いタスクに対応できる能力や柔軟性を持っているため「強いAI」と言われる。

ご注意:本コラムは、上記掲載日から2週間程度前に伊藤洋一氏が執筆されたものです。
閲覧される時期によっては、現状に即さないことも予想されます。また、内容には仮定に基づいた記述も含まれます。ご了承ください。