金融そもそも講座

市場、中東情勢で不安定化

第342回 メインビジュアル

「中東での新たな戦争勃発などもあり、原油相場が大きく下がる可能性は小さくなった」と、前回は冒頭で新しい戦争に短く触れただけだった。今回は「再び燃え上がった中東」そのものについて「そもそも」的視点から解説し、今後の市場への影響を探ってみたい。

というのは、今回のハマスによるイスラエルへの越境攻撃(人質200人以上を連れ帰ったと見られる)で始まった戦争は国際情勢を不安定にし、ニューヨーク、東京をはじめとする世界のマーケットにとって大きな不安要因となったからだ。株にとどまらず原油、貴金属、債券などあらゆるマーケットにその影響が及び始めている。

この原稿執筆時点ではイスラエル軍によるガザ地区への地上侵攻はまだ行われていない。イスラエル指導部の間でも議論が割れているらしい。しかしイスラエル軍はガザに対するターゲットを絞ったミサイル攻撃や空爆を続けており、地上軍の侵攻の有無にかかわらず、既にイスラエルとハマスは「戦争状態」に入っている。

重要なのはこの間にイスラエルの死傷者が1400人前後であまり増えなくなっているのに対して、ガザ地区の死傷者が「6500人を超えた」との報道もあって、その“非対称性”に注目が集まり始めている事。特にガザの人道状況(水、食糧、燃料不足や電力も切れかけている病院事情)が悪化する中で、世界ではガザの子供たちの死傷者数増加が大きな報道対象となっている。強まっているのは世界的なイスラエル批判、反米の動きであり、これが世界とマーケットの状況を不安定なものとしている。

そもそもガザ地区とは

そもそも、ガザ地区とはどういう場所か。イスラエルの南西部の海に面した細長い地帯で、その面積は形状が似ている種子島(445平方キロ)より小さい365平方キロ。そこに220万人が住むとされる。日本の種子島の人口は2万7700人弱なので、いかに人口密度が高いかが分かる。パレスチナ人の自治区であるガザ地区が境を接するのは大部分がイスラエルで、南部がエジプトと接している。

ガザ地区とイスラエルの長い境界にはよほどの威力を加えないと突破できない堅固な、高い壁に囲まれている。言ってみればガザ地区は「完全な軍事封鎖区域」であり、水や食糧や電力の元となるエネルギーはほぼ完全なイスラエル依存。つまり狭い地域に押し込められた220万人の人々(主にパレスチナ人)が、非常に不便な、それほど職場もないようなひどい経済状況の中で長く住んできた。

ハマスは同じく自治区であり主にパレスチナ人が住むヨルダン川西岸地区(面積5860平方キロ、人口380万人)を治めるパレスチナ自治政府(トップはアッバス議長)とは対立関係にある。置かれた状況が違う中で、自治政府とは対立するハマス(武装組織)が政治的主導権を確立し、ガザ地区を実効支配するに至っている。むろんガザにはハマス支持者ばかりが住むわけではなく、その対イスラエル強硬路線に反対する人々も多いとされる。

問題の発端は、厳しいはずだった関門をいくつもかいくぐって外部から持ち込み、また地域内で攻撃用ミサイルをハマスが大量に製造・保有し、それを10月7日にイスラエル攻撃に使用したことだ。イスラエルには「アイアン・ドーム」と呼ばれる堅固な防空システムがあるが、あまりにも多数のミサイルが一斉に放たれたことによってうまく機能しなかった。これにより、イスラエル南部の都市、農場、民家を中心に大きな被害が出た。

加えてハマスはイスラエルとの境界の壁を7カ所程で破壊し、そこから車両、バイクなどで戦闘員を大規模にイスラエルに侵入させ(海、空も使ったとされる)、大規模な破壊行為を行うと同時に、200人を超す人質を取り、ガザ地区に連れ戻った。今でも一部の戦闘員はイスラエルで戦闘行為を続けているとされる。双方は今でもミサイルを撃ち合い、イスラエルはガザ地区に空爆もして「ハマス撲滅」を目標に置いている。

転機となった病院での爆発

まずハマスが攻撃を行い、イスラエル側に多数の死傷者が出たことから世界の世論は当初「ハマス批判」に傾いた。米国も欧米の大部分の国も「イスラエルに自衛権あり」「ハマスの行為は残虐」という姿勢だった。

しかしその後はガザ地区がそもそも置かれている厳しい環境(軍事封鎖)が想起されたことや、イスラエルが燃料、水、食糧のガザ地区への供給を断つ一方で、ガザ地区への空爆を強めて民間人への被害が広がって死傷者の非対称が生ずるに及んで、世界の対イスラエル世論は反発へと変わりつつある。

世界の世論が大きく転換するきっかけとなったのは、10月17日に起きたガザ地区「アハリ・アラブ病院」での爆発だ。ガザ地区の保健当局はこの爆発で病院内の471人が死亡したと発表。「ハマス」はイスラエルによる攻撃だと非難した。

実はこの爆発に関しては、世界の情報機関の間で「ガザ地区のハマスとは別の武装組織が発射したもので、それが失敗して落下した」とのイスラエルの主張に与する見方が強い。米国のバイデン大統領は10月18日に国防総省の分析情報をもとに「ガザ地区のテロ組織がロケット弾の発射に失敗したためのようだ」と述べてイスラエルの主張を支持したほか、英国やカナダもこれに近い分析結果を発表した。

しかしそもそもイスラエル、それに同国を支持する米国に反感を持つアラブ諸国を中心に「病院爆発はイスラエルの空爆によるもの」との見方が一気に広まった。その結果、中東を中心に世界中に反イスラエルの感情が高まり、デモも起きた。矛先はイスラエルを支持する米国にも向かった。「イスラエルが病院を空爆した」として一度広まった情報は、アラブの人々を中心に広く人々に“真実”として共有された。その後の「事実は別の所にある」との分析・情報とは別に一人歩きし、世界の反イスラエル・反米の世論を形作ることとなっている。

微妙な立場に立たされているのが、アラブの盟主であるサウジアラビアだ。同国はそれまでは「イスラエルとの関係改善」を目指していたが、特にアラブ世界に広がる反イスラエルの民衆感情の中で、この方針を変えざるを得ない状況だ。その場合には、イスラエルとガザを問題の核に、中東全域が不安定化する危険性が出てくる。

世界も、マーケットも不安定化

マーケットが一番嫌がるのは、先が見えないという状況だ。お金を動かすのに一番ちゅうちょするのは「先行き不透明」。中東の紛争が世界的な対立関係の激化につながる危険性は確かにあるし、その中で原油価格は高値波乱を続けている。一方で、米国経済は雇用を中心に非常に強いし、同国の全米自動車労組(UAW)は長期ストを敢行している。

筆者の見るところ、世界とマーケットを取り巻く環境は一段と不安定化している。第一に「イスラエル支持」で盤石だった米国のスタンスが、現在のガザ地区の惨状、イスラエル地上軍のガザ侵攻の際に予想される民間人の被害拡大の中で、「イスラエル支持」だけではすまない形になりつつある。

当然ながら世界的に反米感情が高まり、全体的には米国の国益を損ないうる。これを背景に米国は、イスラエルへのけん制を強め、直近ではブリンケン国務長官が国連安全保障理事会の閣僚級会合でガザ地区への人道支援のため、イスラエルとイスラム主義組織ハマスの戦闘中断を検討すべきだと表明。イスラエル支持の基本線は変わらないが、スタンス的には大きな外交転換だ。

イスラエルの国内も揺れている。最初に自国が攻撃されたことから、ハマスに対しては自衛の攻撃権があるという国民感情が強い。その一方で、ガザ地区への地上軍侵攻を実行すれば、イスラエルの国際的、かつ地域的地位が大きく毀損する。この為に地上軍投入を回避しようという動きもあるとされる。

ウクライナに加えて中東で始まった戦火。これらによって世界的に世界のエネルギーの大宗である原油価格は高い状態が続いており、世界的インフレ率は高いまま。こうした中で米国の再利上げリスクも再浮上している。「進むには霧が晴れる必要がある」というのが、今の状況だと考える。

ただし、株価のベースである企業活動は多くのケースにおいて、ウクライナ、中東の戦火にもかかわらず継続し、その価値を高めているケースも多い。世界が不安定だからと言って、株価が全体として下げ続けると言うことはない。

ご注意:本コラムは、上記掲載日から2週間程度前に伊藤洋一氏が執筆されたものです。
閲覧される時期によっては、現状に即さないことも予想されます。また、内容には仮定に基づいた記述も含まれます。ご了承ください。