金融そもそも講座

拮抗する二つの力

第328回 メインビジュアル

新年度が始まった。社会人になりたての方も含めて「今年から投資を始めよう」という人も多いだろう。人には社会との色々な接点がある。家族は当然そのスタート地点だが、ご近所さんから趣味グループ、学校、会社と挙げていくと切りがない。投資もまた個人と社会・世界を結ぶ重要な接点である。

我々の社会は、様々な企業が作り出すいろいろな製品から成り立っている。国の制度やシステム以上に実は身近な、親しみのある存在だ。どんな企業がどんな製品やサービスを提供していて、それらが今、そしてこれからどういう形で社会を変えていくのか。どの企業が伸びそうなのか。実はじっと見ているとアイデアが浮かんでくることがある。

株式市場は、それら企業に対する我々の参加に道を開いてくれる一つの重要なルートである。それはしばしば「国境」の範疇(はんちゅう)を超える。身の回りを見れば明らかだ。我が家のテレビやビデオは日本のメーカー製だが、私の何台かあるスマホやPCは米国のアップル製。しかしそれらを構成する部品には日本製もあり、多くは中国で組み立てられている。

実は我々の生活は、我々が考えている以上にインターナショナルである。インバウンドも増えてきた。ロシアがウクライナに侵攻して欧米と対立したら、すぐに石油など世界のエネルギー価格は上がり、世界的なインフレの大きな誘因となった。世界の分断が言われるが、世界が緊密につながった状況は今後も続くだろう。この講座では、我々と世界との経済的つながりをその名の「そもそも」にふさわしい、しかし時に踏み込んだ分析で一つ一つのテーマを取り上げていこうと思う。

継続か否かの迷いの時期

全体的状況を見ると、世界の中銀は今「利上げを継続すべきか」、それとも「打ち止めにしようか」の迷い期に入っている。インフレ圧力は強いため、欧米中銀の「利上げ志向」は依然として根強いと思われる。しかし銀行危機の表面化や、米国でも見え始めた利上げによる景気悪化、それから一歩進んだ雇用への打撃の表面化で難しい判断を迫られている。

特にマーケットの見方は日々、週ごとに揺れている。今年に入って「もう利上げ打ち止めでは」の観測が一時高まったが、中銀サイドの「当面は利上げ継続」の意思表示でその後はまたまた「迷い」に変わった。今マーケットで台頭しているのは、当面強いと思われていた米国の雇用への懸念だ。米雇用環境が目に見えて弱くなっている。

それを示したのは、企業向け給与計算サービスのオートマチック・データ・プロセッシング(ADP)の3月全米雇用報告だ。予想を大きく下回った。「雇用の強さ」が米景気の強さの証と見られていただけに、急速に警戒感が強まっている。3月米供給管理協会(ISM)非製造業総合景況指数も市場予想を下回った。

マーケットへの取り組みが一番難しいのは「利上げの開始から中盤にかけて」と筆者は思っている。依然として利上げのピークが見えないときは、「利上げ継続によって景気がどのくらい押し下げられるのか」「企業の資金調達はどのくらい制約されるのか」が見えない。今はそこからやや出かけた状態だが、むろん不安感は強い。

中銀、危機には個別対応

今年初めまでの中銀の金融政策スタンスは、「インフレ抑制」の一点に集約されていた。FRB(米連邦準備理事会)のように利上げ幅を通常(0.25%)の3倍に引き上げた上で、数回に渡って米連邦公開市場委員会(FOMC)の会合ごとに利上げを繰り返した中銀もあった。ECBやイングランド銀行も対インフレの強い姿勢を堅持した。

それはロシアのウクライナ侵攻後のエネルギー市場での価格高騰で、世界中の物価が大きくレベルを上方にシフトさせたことによる。欧州で英国を中心に2桁(10%)を上回るインフレが起きた。これは国民の生活を苦しくさせるから、大きな政治問題だ。「インフレ抑制」が中銀の最大の仕事になった。

「インフレ抑制優先」の中銀の姿勢は、欧州(クレディ・スイス)米国(シリコンバレー銀行=SVBやシグネチャー銀行など)での銀行行き詰まりで示された金融危機に際しても揺るがなかった。銀行危機が全体的な金融の引き締まり状態を誘発するとしてFRBとイングランド銀行は利上げ幅を縮小したものの、利上げそのものは続けた。

「今回の一連の危機は特殊個別の事例」なので、「個別に対処する」という方針をFRBもECB、スイス国立銀行も貫いた。「預金の全額保護」というモラルハザードにつながりそうな手法を取りながらも、預金増額、破綻銀行の他行への売却を推進。しかしインフレ抑制の利上げそのものは続けた。最近のマーケットは、ある程度の落ち着き(VIX指数は一時30に接近したが、最近は20以下)を取り戻している。

欧米の中銀のマーケット沈静化作戦はとりあえず成功したように見える。しかし本来の仕事であるインフレ抑制では、まだ中銀は凱歌(がいか)をあげていない。逆にインフレを抑制する前に景気が落ち込む危険性も見えてきた。そこが迷いを呼んでいる。

懸念は残るが……一歩が重要

最近のマーケットから学べる教訓は多い。SVBやシグネチャーなど一般にあまり知られていなかった銀行の危機が、なぜ極めて短時間に深刻化したのか。この時間軸の短さが、FRBの例外的な救済措置、それに呼応した銀行業界全体の対処(余裕のある銀行からの当該銀行に対する預金増額、買収など)を不可欠なものにした。学ぶべきは何か。

一つは、デジタル時代における資金移動の著しい加速化だ。以前は資金の移動は銀行の窓口が開いているときにしか出来なかった。しかし今の時代は夜中でも、我々でも資金の移動が出来る。ネットバンキングの普及がそれを可能にした。

SVBやシグネチャー、それにクレディ・スイスからはすさまじいスピードで預金が流出し、それが嫌気されて株価が下がった。銀行としての存立基盤が脅かされたのだ。当然銀行間市場も緊張し、それが景気の足を引っ張る懸念が台頭、金融危機の臭いが漂った。それ故の中銀・監督当局の急ぎの出馬となった。

デジタル時代のバンキングの危うさは残ったままだ。発生も素早いが、それに対して何よりも敏速な対処が必要とされる。対処がいつも成功するとは限らない。「急速な利上げ」そのものの金融システムや経済への打撃も顕著だ。債券相場は大きく崩れたが、資金の出し先として債券市場に依存していた金融機関や企業は多い。

世界的に超低金利時代の残滓(ざんし)も残る。それは中国や欧米共通に不動産投資が危ういまでに膨張したままだということ。そうした中で、銀行は「預金引き出し騒動」の後遺症を懸念する。世界的な融資の停滞も心配される状況だ。

難しい情勢だが、筆者はいつも思う。マーケットにはいつも足を入れておく必要がある。入れているからこそそこで起きていることを体感できる。新しい社会人の方には、小さな一歩で良いのでこの世界に足を入れてほしい。

ご注意:本コラムは、上記掲載日から2週間程度前に伊藤洋一氏が執筆されたものです。
閲覧される時期によっては、現状に即さないことも予想されます。また、内容には仮定に基づいた記述も含まれます。ご了承ください。