金融そもそも講座

インド:有望な投資対象国

第327回 メインビジュアル

米国・欧州など先進国が金融システム不安で、中国が西側諸国との対立や新型コロナウイルス禍からの時間のかかる回復の中でやや立ち止まりを余儀なくされる中、投資の観点からも世界的に注目される国がある。インドだ。既に人口で中国を抜き、世界におけるGDP順位競争で英国を抜いて世界第5位になったと見られる。

インドは今世界で明らかに「推し」の国だ。何よりも輩出する「顔」で今一番注目される国なのだ。かつてインドを植民地支配したイギリスの首相はリシ・スナク氏。インド人の両親を持ち、妻もインドの大金持ちの娘だ。大西洋の反対側では、米国のIT最大手であるアルファベット(グーグルの親会社)やマイクロソフトなどのトップにはインド系がずらりと並ぶ。

米国の政治を見ると副大統領のカマラ・ハリスもインド系だし、トランプ大統領に対して米共和党から最初に対抗馬として次期大統領選に出馬表明したニッキー・ヘイリー女史(元米国の国連大使)もインド系だ。少なくとも目立ち加減で言うなら、米国の経済界、政界はインド系にかなり乗っ取られたように見える。

筆者はインドに3回ほど行った。テレビ番組を作り、日本経済新聞社から「ITとカースト インド・成長の秘密と苦悩」という本も書いた。荒々しい面があるが、とにかく興味が尽きない国だ。最近はコロナ禍もあって行けていないが、様々な面での最近におけるインドの世界的台頭を、改めて興味深く思っている。

立ち遅れから中国超えへ

戦後の歩みを見ると、インドは経済面で中国に大きく後れを取ってきた。中国が共産党一党独裁によって国内からの異論を押さえつける形で開発を急ぎ(開発独裁と呼べる)、それに成功した。対してインドは世界最大の民主主義国(人口は14億を超える)として、各方面の利害を調整しながら開発を進めざるを得なかった。成長は中国に比べかなり遅かった。

しかし今はその中国はコロナ禍、人口(特に労働人口)の減少、「共同富裕」のスローガンに名を借りた巨大民間企業たたきで、それまでには考えられないような低い成長率(2023年は3%)になり、今年の目標も5%前後にとどめる。しかし「それも達成はなかなか難しい」(李強首相)という状況だ。

その中国を尻目に、インドの成長は力強さを増す。2022年の実質国内総生産(GDP)の伸び率は6.7%。これは中国の2倍以上だ。ドルベースの同年の名目GDPは約3兆3800億ドル(約460兆円)で英国を抜き、世界第5位になったと見られる。インドのGDPの数字は日本の8割に迫る。

よく報じられているように、中国は2022年から政府が認める形で人口減に転じた。これに対しインドは、2060年代まで人口増が続くと予測される。その結果、インドの人口は17億人台になると見られる。

GDPの6割を占める個人消費の増加が、インドの長期的な経済成長を支える見通し。国内経済に占める内需の割合は先進国並に高い。人口増はインド成長の大きな支えだ。国際通貨基金(IMF)はインドが2023年度以降も6%台の成長を維持すると見ている。その結果、2027年には日本とインドのGDPが逆転する見込み。

インドは世界の工場の地位を失いつつある中国から、製造業でも受け皿になりつつある。昨年春にAppleはインドでのiPhoneの生産を始めた。本格生産開始は今年春とみられているが、その意味は大きい。iPhone生産・組み立ての大半は、現在は中国本土だ。Appleの最大のiPhone生産委託先が台湾のフォックスコン(富士康科技集団)で、同社は中国全土で80万人以上を関連雇用していると見られる。

なぜAppleはiPhoneの中国での生産を一部移転しようとしているのか。それは①米国内での批判の高まり ②中国の投資対象国としての地位低下 ③厳しい米中対立から生産地を多様化する必要性――などだ。

選ばれるインド

AppleがiPhoneの工場立地の場所としてインドを選んだのには理由がある。第一に、将来は中国を上回る消費市場がそこにはある。第二に、米中対立の激化だ。テスラは既に「中国からの情報持ちだし」の疑惑もあり、中国政府から警戒心を持たれている。米国の会社であるAppleも将来における中国政府との確執の可能性を覚悟せざるを得ない。「Appleは中国に肩入れしている」との批判は、ずっと米国内にある。

実はインドは製造業の弱い国だった。地位も低かった。時に異常に暑いとか、カースト制度があって工場全体が一つになるということが難しいとか、流通がうまくいかない(とにかくインドの道路や鉄道網はひどかった)、電力供給が安定していなかったなど様々な問題があった。日本のスズキ自動車がマルチという車を現地生産して成功しているのは例外的にも見えた。

しかしそのインドにも高速道路(首都ニューデリーと商業都市ムンバイの間の一部)が出来るなど、徐々に道路問題(私が行っていた頃は、とにかくひどかった)は解消しつつある。少なくともAppleのインドへの工場進出は、インドが製造業でも世界で存在感を示す良いきっかけになると考えられる。つまり将来は中国を様々な面で凌駕(りょうが)する可能性があるのだ。

インドでは起業も活発だ。起業が活発かどうかは筆者が投資対象国を見るときに非常に重視する。議論の余地はあるが、日本のソフトバンクの投資先も多い。むろん、世界的なITの苦境はインドでも見られるが、成長余地は非常に大きいとみられるし、インドの株式市場は世界市場の中では強い動きだ。

特異な存在感

筆者が注目するのは、インドが世界の政治、経済の分野で持つ特異な存在感だ。米国や日本、それにオーストラリア、それにインドは「QUAD(クアッド)」の枠組みを持つ。言って見ればこれは対中国包囲網だ。インドは中国とは長年国境紛争を抱え、実際に軍が衝突する事例も起きている。クアッドはまた同じく権威主義国のロシアをもにらんだ枠組みでもある。

しかしインドは、長年の武器供与国としてのロシア(旧ソ連時代から)とも良好な関係を持つ。今でもロシアのウクライナ侵略を非難する国連決議の場では、インドは「棄権」を貫く。それでも米国、欧州などから表立ったインド批判は聞こえない。それはインドが長年発展途上国の盟主として自主独立の外交政策を重ねてきた実績があるからだし、対中国でどうしても仲間にしておきたい国がインドだからだ。

対ロ制裁に加わらないインドは、その恩恵をたっぷり受けている。ロシアから石油を中心にエネルギーを非常に安く手に入れ続けているのだ。世界市場で石油がバレル80ドル以上する時に、インドはロシアから60ドル以下で石油を輸入できていたと言われる。欧州諸国がロシア産エネルギーを購入しなくなったことで、ロシアは売り先に中国に加えてインドを加えざるを得ない。

このインドの「曖昧な立場」については批判がある。しかしインドは安いエネルギーを使って国内経済の活性化が出来る環境を手にした。ロシアのウクライナ侵攻、西側諸国によるロシア制裁は長期化の予想だから、インドのエネルギー確保における世界的優位は相当続きそうだ。これは良しあしの問題は別にして、インド経済に恩恵をもたらす。

もちろん、インドは様々な問題を抱える。それらのいくつかは深刻でもあり、それについてはまた書きたい。しかし筆者は相対的、総体的に見て今後最も世界で注目される国、市場の一つはインドだと思う。 

ご注意:本コラムは、上記掲載日から2週間程度前に伊藤洋一氏が執筆されたものです。
閲覧される時期によっては、現状に即さないことも予想されます。また、内容には仮定に基づいた記述も含まれます。ご了承ください。