金融そもそも講座

見えてきた利上げ終了

第324回 メインビジュアル

マーケットは、米国を中心とした多くの先進国の利上げの終了が見わたせる地点に来つつあるようだ。むろん周回遅れの日本が今後どうなるかはまだ分からない。しかし世界の金融の中心地での大きな局面展開は、マーケット全体に大きな影響を与える。

既にダウ工業株30種平均、S&P500種株価指数、ナスダック総合株価指数など米国を代表する株価指数は、全体的には「上値追い」の兆候を見せていた。また世界各地の市場はそれぞれの事情があるにせよ、日本を含めて全体的には底堅いトレンドだ。ウクライナの戦局は同国が著しい展開(占領地回復)を見せた後は、激しい局地戦の模様。まだ帰趨(きすう)は分からない。しかしロシアに「極端な決断(核使用)をさせない範囲でウクライナを支援」という西側のスタンスは安定している。

筆者を含めて世界中が「継続は無理」と判断していたゼロコロナ政策を突然に打ち切ったこともあって、曲折はあるにせよ中国経済は今後徐々に回復に向かうと予測できる。実際に感染が政策大転換後のピークから一時的にせよ落ち着いてきていること、春節の休みも感染拡大・各地での病床逼迫をある程度にとどめながら過ごせたことが徐々に明らかになっている。

つまり世界経済の見通しは、思った以上に重いものではないことが徐々に明らかになりつつある。繰り返すが、先行きの見通しを立てることが非常に困難な状況が続いていることは間違いない。しかしいつまでも「分からない」では資金の動かしようがない。マーケットは、徐々に動き始めているように見える。

ライブ視聴

「局面展開」と思わせるような動きは、現地時間2月1日に終わった今年最初の米連邦公開市場委員会(FOMC)の声明発表と、その後のパウエルFRB議長の記者会見の最中にはっきり見て取れた。FOMCは利上げ幅を0.25%とした。前回の会合で利上げ幅をそれまでの0.75%から0.5%に引き下げていたので、「2回連続の利上げ幅縮小」となった。

実はマーケットはそれをフルに予想していた。直近で発表された米国の物価上昇率はピークから安定的に下げ続けていたし、そもそも0.75とか0.5というFF金利の上げ幅は、米金融政策の歴史を見ても異常で、「上げ幅0.25%」に戻すだろうというのが大方の見方だった。

マーケットが注目したのは、前回までの声明で使われていた「ongoing increases」(利上げ継続)という表現が声明に残るかどうか、そして記者会見でパウエル議長がどのような見通しを今後について語るかだった。そしてその表現は声明に残った。利上げ幅が0.25%に引き下げられたこと以上に、マーケットはその点を嫌気したし、記者会見の冒頭で議長が「インフレはまだ非常に高い」と言った時点で、ニューヨークのマーケットは大きく下落した。

実は筆者は日本時間2月2日早朝4時のFOMCの声明発表から、30分後の記者会見開始、そして終了までずっとFRBのHPをライブで見ていた。FRBのHPから誰でもパウエル議長の記者会見の模様を見れる。それを見ながらマーケットの動き、反応を確認するのだ。

すさまじい値動き

値動きはすさまじかった。「利上げ継続」とマーケットが判断したとき、ニューヨークのダウは確か一時500ドルほど前日比で下げた。記者会見の冒頭が一番下げていたと思う。しかしその後議長が記者の質問を受ける中で「失業の急上昇などなしに、米国経済が今回の局面を乗り切れる可能性」に触れるに至って、マーケットは急激に値を戻し、一時は200ドル高程度まで行った。

結局引値では利食いの動きも出て6.92ドル高だったが、大きな上げ分を残したのはナスダックで、231.77ドル高となった。なんと2%の上昇だ。大手が次々と大規模な人員整理を行っているが、それによって「米IT業界の人材が大手から新興企業に移る。これは業界全体にとって良い事」という判断もあったのだと思う。S&Pも42.61、1.05%の上昇で終わった。

ずっとパウエル議長の記者会見を聞いていて筆者が抱いた印象は、「議長はインフレ抑制と米経済の見通しにかなり楽観的になっている」というものだった。中央銀行のトップがそれをあからさまな言葉を使って記者会見で表現するはずがない。オブラートに包む。言葉の端々から読むしかない。しかし議長は以前の「リセッションに陥る可能性は五分五分」といったやや自信のなさそうな判断から、かなり展望を明るくしている印象を受けた。

例えば雇用の先行きに関しては、繰り返し「依然として強い」(雇用は、利上げを続けると普通は経済活動が落ちて減る)と強調し、経済が利上げの中でも強い基調を維持しながらインフレ率を低めに誘導する可能性に言及した。マーケットがこれを「局面展開」と判断しない方がおかしい。

マーケットの一部には「次回3月のFOMCで利上げは打ち止め」といった楽観論も聞かれた。やや気の早い見方かもしれないが、このたった数時間でのマーケットの大きな反転は、このところ見られたマーケットの反発基調が的外れでないことを示したと言える。

日本市場に必要な試練か

ただし議長が繰り返し述べたように、「今の金融市場には不確定要素が多い」ことは確かだ。それは誰もが認識している。だからといって立ち止まれない市場は、手がかりを求めて動く。今の世界全体のマーケットの動きを見ると、弱気からの脱却、強気への踊り場にいる印象を受ける。

問題は日本市場だ。日本は1月だけで日銀が23兆円のも国債を買い続けて、指標10年債の利回りをなんとか自らが決めた0.5%にとどめている状況だ。しかし日本で次々に発表される物価関連統計は日本のインフレ率が間違いなく上昇していることを示している。今まで様子見を決めていた値上げ待機組が、一斉に年度替わりを前に値上げの方針を明らかにしている。

前回の金融政策決定会合で日銀は今年の物価上昇率を1.6%に据え置いた。筆者には大きな違和感があったが、記者の方でこの問題を黒田さんに聞いた人はいなかった。しかし筆者は日本のインフレ率が今年後半に大きく落ちて、日本の今年の物価上昇率が2%の目標を大きく下回るとは予想できない。現時点ではそうだ。

4月に新総裁が就任する日銀。その日銀が新総裁の下でどう動くかは、原稿執筆時では誰かも決まっていないので分からない。しかし1カ月に23兆円もの国債を買うことが健全だとは筆者は思わないし、それは多くの日銀ウオッチャーもそうだろう。「問題ない」と黒田さんのように言い切れる人は少ないはずだ。

だとすると、日銀は新総裁の下で政策を変えてくる。どういう形かは分からないが、結果として日本の長期金利が一時的にせよ上がることが予想される。それは中期的に見て日本経済にとってどういう意味を持つかは不明だ。しかし筆者はプラスになると見ている。利上げはゾンビ的企業には負荷になるが、超緩和下でのみ生きながらえていた企業の整理が進み、日本経済が再び競争力を取り戻すためには必要なプロセスだと言える。

確かに「金利上昇」が経済にもたらす影響は大きい。住宅市場などにマイナスになる。しかし全体として見れば、国民が勤労で得た資金に金利が付く。良きことだし、日本の企業にはキャッシュ・リッチ組も多い。少し長い目で見れば日本経済にとってプラスとも言える。日本市場も見方が定着するまでは不安定だろう。しかしそれは日本市場が通らねばならない価値ある試練かもしれない。

ご注意:本コラムは、上記掲載日から2週間程度前に伊藤洋一氏が執筆されたものです。
閲覧される時期によっては、現状に即さないことも予想されます。また、内容には仮定に基づいた記述も含まれます。ご了承ください。