金融そもそも講座

それでも「アメリカに可能性」か

第310回 メインビジュアル

先週は「米国でリセッションが発生する可能性が高まる」という話を書いた。ただしそれは目先の話で、それでも「投資」を中心に今後の世界を“長い目”で見渡すと、やはり「米国に最も大きな可能性がある」というストーリーを今日は書こうと思う。日本でないのは残念だが。

今20年ぶりの事態が発生しようとしている。それはEUの共通通貨であるユーロと、米国のドルのパリティ接近。筆者がこの原稿を書いている時点では1ユーロ=1.019ドル。なじみがない方もいらっしゃると思うが、円建てにすると分かりやすい。1ユーロ=138円43銭に対して、1ドルが135円88銭と接近しているのだ。

こんなにドル・円とユーロ・円の相場が接近したのは実は20年ぶりだ。それ以外はほぼずっとユーロ・円の方がドル・円より大きな数字だった。要因は後で説明するが、当然ドルは円に対しても極めて強い。日本のマスコミでも伝えられている通りだ。つまりドルは今や主要通貨の中では最強の通貨なのだ。

米国が国として大きな問題を抱えていることは、頻繁に起きる銃撃事件や先のトランプ支持者による議会襲撃事件に関わる議会公聴会などで明らかだ。しかし今の米国からは「強いドルで困る」という話は聞かない。「政策金利を上げても米国の雇用情勢はしっかりしている」というパウエル発言は真偽の問題は別にして、他の国にはない余裕さえ感じられる。その余裕が今後の国際的投資を考える上で重要だ。

相対価値示す為替

我々は通常ある国(会社でもいい)を考える時、「この国はこんな問題を抱えている」「この問題はすこぶる深刻だ」とか考えがちだ。日本にも米国にも、そして欧州各国も実に様々な問題を抱えている。日々のニュースはその羅列なので、時折「世界には理想的な国はない」かのような思いにさせられる。

それはある意味当たっているのだが、個々的視点ではなく常に相対的に双方のバリュー(主に経済的、そして政治的・社会的)を計っている存在がある。それが為替相場だ。そして今米国のドルは円に対して強いばかりでなく、ユーロに対しても過去20年間なかったパリティに接近・上昇している。

理由は明確だ。第1に経済が強い。リセッション懸念はあるが、中央銀行が過去に例のない足早な引き締め策を実施しても大丈夫だと判断している。この7月にも大きな政策金利の引き上げに踏み切りそうだ。欧州でも金融政策のスタンスは引き締め方向を向いているが、強度が違う。為替相場は相対的な存在だから、より強く、より金利(利回り)が高くなりそうな方にお金を置こうとする動きが強まる。

次に欧州の地政学的立ち位置。今は陸続きで戦争が行われていて、ロシアの侵攻意思がウクライナで本当に止まるのかは不明だ。フィンランドとスウェーデンがNATO(北大西洋条約機構)に加盟する見通しの中で、やや正気を逸したロシアの独裁者であるプーチンが、今後欧州大陸全体をどの方向に引きずっていくのかは予測し難い。

一方で、ロシアは直接米国と「核の対決」の道を選びそうにはない。米国もそうだ。つまり米国が欧州に比べて安全と言うことになる。

残る欧州のロシア依存

第3に、経済を動かす最大で、かつ必須のファクターはエネルギーだが、欧州はなかなか北のエネルギー大国であるロシアの軛(くびき)から完全離脱することが難しい。なにせつい最近まで欧州全体としてパイプラインなどの敷設によって、「石油と天然ガスのロシア依存」を強めてきた。舵(かじ)を容易に切れない。天然ガスのパイプラインを止めたら、(代替できたとして)中東から船舶で運ぶ必要があるが、ドイツなど欧州サイドには十分な関連港湾施設がない。

米国はほぼほぼエネルギーのロシア依存はゼロだ。つい最近まで石油を少量輸入していたが、それも打ち切った。いざとなれば米国にはオイルシェール資源もあるし、エネルギーの国内調達がかなり可能だ。その分だけ、米国は相対的に欧州よりも安全保障面で強い。欧州は米国と肩を並べて「ロシア対抗」を打ち出しているが、その足元には米国と違って大きな問題がある。

EUには「集団としての力」はある。5億以上の人口(消費者)を抱えているし、昔から「世界の規範作り」はお手の物だ。域内でしのぎを削ってきたからだ。端子のUSBにしても、欧州は「Type-C」への切り替えで意図を持って先頭を走り、アップルなど米国企業の機先を制している。しかし中国と同じで、人口(消費者)は多いが肝心のテクノロジーのレベルで米国の足元に及ばない。

なによりも世界の投資家にとって重要なのは、「その国で新しい産業、新しい企業が生まれているのか」だ。その点で米国のスタンディングは高い。基本的に歴史の浅い若い国なので、しがらみも少なく、規制やうるさい慣行や心理的束縛も緩やかで、新しい企業が次々に生まれる。日本ほどではないが、欧州も「昔の名前の企業」が多いが、米国は違う。

安心かどうか

投資を長期で考える上で重要なのは、その投資が法的、社会慣習的に十分保護されるかどうかだ。ロシア極東でのサハリン2事業のように外国(この場合日本)からの投資を大統領が国内法を制定して国内企業への権利譲渡を義務付けるなどは、「もう我が国には投資しないで下さい」と言っているようなものだ。米国にはそういう心配はない。

具体例を出したが、今の世界をつらつら見るに「この国なら投資しても大丈夫」という国は多くない。日本の投資家にとっては確かに一番よく知っているし日本が一番安全だ。しかし企業の中身は変わってきているし、それに成功した企業も多いが、なにせ世界の投資家が「この会社は面白い」と感じるような若々しくてセクシーな企業が少ない。

「新顔」が登場することが重要だ。なぜなら「昔の名前で出ている企業」の株に関しては、ファンドにしろ個人にしろ投資家は既に十分持っている。しかし新顔の企業の株はその企業の成長に参加するためには「買い」から入るしかない。米国のマーケットがうまく回転するのは、「評価に値する新顔企業」が次々に生まれるからだ。恐らく経済のダイナミズムから言って、米国ではそうした環境が続く。

中国はどうか。勃興期にあっては中国の産業界にも「いけいけどんどん」の雰囲気があったとされる。だから建前社会主義体制にもかかわらず中国企業は伸びた。しかし今は環境が変わりつつある。「共同富裕」思考で企業を興すこと、豊かになることにはうしろめたさが出てきている。加えてのゼロコロナ政策だ。習近平も年齢的に70代に入り、中国共産党の統治も固化してきた印象が強い。

順番に世界の国を見渡してみる。投資安全性、収益可能性などなど。政治の体制的安定も重要だ。そして筆者が達した今の認識は、「問題山積だが、それでも投資チャンスがあるのはあの北米の大国」だと思う。日本もそうなることを期待しながらの文章であることを書き添えておく。

ご注意:本コラムは、上記掲載日から2週間程度前に伊藤洋一氏が執筆されたものです。
閲覧される時期によっては、現状に即さないことも予想されます。また、内容には仮定に基づいた記述も含まれます。ご了承ください。