1. 金融そもそも講座

第306回 株は何を懸念しているのか

世界的な株価の下落が止まらない。短い反発局面を織り込みながらも、年初来の大きなトレンドは「右肩下がり」となっている。5月10日午後9時すぎに日経新聞のサイトには「世界の株式時価総額、21兆ドル消失 債券も17兆ドル減」という記事が載った。その後も株価は下落しているので、筆者が原稿を書いている時点(12日朝)では株式時価総額の消失額はもっと大きくなっているだろう。

株式と債券の年初来の消失合計額38億ドルに関してこの記事は、「世界の国内総生産(GDP)の半分近い金額」とも指摘して、「金融市場が縮み、企業の資金調達などに影を落とす」とその影響を懸念している。今回の原稿では、この「有価証券価値の喪失」が何故起きているのか、それが「底打ち」するとしたら、どのような条件が必要かを考える。

株も債券も、上がるときもあれば下がるときもある。その波は短期の時もあるし、長期の時もある。その局面に応じた投資戦略、そして戦術が必要だ。個人投資家として重要なのはまず大きな局面に対する認識を深め、それを短期、長期の両面で自らの投資戦略に生かすことだろう。

米国の大幅利上げ継続

米国の中央銀行は5月初めの直近FOMCで、全員一致で0.5%の利上げを決め、かつ6月1日から今まで市中に出していた流動性を逆に吸収する「量的引き締め」の開始を宣言した。通常米国の政策金利の操作は「0.25%の上げ下げ」で行われるので、まず「0.5%」という上げ幅が例外的措置だ。加えての量的引き締め実施で市中のマネーの量は減少し、かつ金利の上昇でマネーは動きにくくなってきた。

債券相場と株式相場は逆に動くこともあるのだが、今回はともに「時価総額の同時消失」という現象になっている。米金融政策の大転換の影響が大きい。「インフレは高まっても一時的」との過去の見方を大転換し、「インフレは深刻」「当面0.5%をベースに利上げを考える」(FOMC後の記者会見でのパウエル議長の発言)とし、量的引き締めも開始するので債券と株は両方とも価値を失っているわけだ。

FOMCの質量での引き締めは当面続く。FOMCが気にする2つの政策目標(任務)のうち、物価の安定が著しく脅かされ、一方で完全雇用実現は景気の強さ故にあまり懸念する必要がない現状。FRB(米連邦準備理事会)は「インフレ抑制」に軸足を置いて政策運営をせざるを得ない。

問題は、インフレが世界的なロジスティックの問題(中国など 後述)や、ウクライナ戦争というFRBの管轄外の供給要因を背景としていることだ。しかしだからといって米国国内の高いインフレ率を放置するわけにはいかない。

米国の4月の消費者物価上昇率は8.3%と40年ぶりの高率となった3月の8.5%を下回ったものの、事前予想の8.1%を上回った。「米国のインフレ上昇もピークかもしれない」という見方もあるが、「高い状態が続く」との見立てが大勢だ。

なのでいつでも事態急変(米経済急減速や株価急落)はありうるが、当面FOMCは0.5%の利上げを継続し、量的金融引き締めも行う。これは株価にも債券にも好ましくない環境だ。

ウクライナの戦争

「戦争は長期化」というのが大勢の見方になってきた。ロシアはウクライナという国そのものを支配下に置くことを当面諦めたようだが、同国ウクライナ東部のドンバス地方を併合した上で、オデッサ含め黒海沿岸を陸橋(land bridge)として支配地域をモルドバ北東部の沿ドニエストル地域にまで伸ばそうとしていると思われるからだ。今でも「膠着状態」と言われている戦況の中でロシアがそれを実現しようとしたら、長い時間がかかる。

ロシアは隠そうとしているが、戦況は不利だ。もともと同国の核戦力は米国と比肩され、特に戦術核では優位を保つが、地上兵力ではNATOにも米国にも劣っているといわれている。それが今のウクライナの戦況にも響いている。かつロシア自体が「兄弟国」と呼んだウクライナへの侵攻とあって、「ウクライナはナチ化した」とのプーチン大統領の主張を心の中では疑う向きもあり、軍の士気は高くない。

ウクライナでの戦争長期化が世界経済に及ぼす影響は大きい。世界でも大きな穀物生産国ウクライナの穀物輸出が阻害される。これは石油・天然ガスに続いて食料でも世界的価格上昇が発生する危険性を一段と高める。またロシア関連の物流が滞り、各種制裁でモノ・資金の流れは円滑さを欠き、世界的なロジスティック(物流)にボトルネックが生ずる。

仮にロシアが局面打開を図る目的で核を戦術核であろうと使ったら、それによる物流混乱は予想の範囲を超える。何せ核は武器として使われたことは広島・長崎以来ないので予想がつかない。ウクライナの戦争は世界経済の押し下げ要因であると同時に、明らかに物価引き上げ圧力だ。

中国はゼロコロナ政策に固執

世界全体の経済やグローバルな物流という観点からは、中国がゼロコロナ政策に固執していることも大きな懸念材料だ。最近でもかねて中国寄りと批判されてきたWHOのテドロス事務局長でさえも「持続可能だとは思わない」と語り、政策転換が必要だとの認識を示した。にも関わらず中国がこのかたくなに政策を変えないのは、

  • 1.秋の重要人事を決める党大会を控えて、3期目を狙う習近平氏が今まで「成功」と主張してきたゼロコロナ政策を変えるわけにいかない
  • 2.中国は特に地方において医療体制が脆弱で、オミクロンであっても新型コロナウイルスに対処しないと免疫を持つ人も少ない故に「200万人が死亡」という予測もある。統制持続以外の道はない

とも指摘されている。上海はかなり日々の新規感染者が減ってきたものの、依然として厳しいロックダウン状態が続いている。一部の指摘では中国の大きな都市のほぼほぼ25%で何らかのコロナ関連の規制が実施されているという。

その結果、中国に進出している企業は日本企業も含めて工場の稼働が全部、または一部ができず、生産・流通に大きな支障をきたしている。トヨタは10日に中国・上海でのロックダウン(都市封鎖)により部品の調達に支障が出ていることから、国内の一部工場で生産を止めると発表した。この結果、同社の5月の世界生産は約3万台減少して70万台程度になる。ロックダウンが長引けば影響は拡大する。

しかし今の習近平政権は何があろうとゼロコロナ政策を秋までは続けるだろう。それは中国が世界の企業から「信頼できる生産基地、流通拠点」として見限られるリスクを犯すものだ。しかし「政治の国」の中国はそれを気に掛けても方針を変えることはないだろう。ということは世界経済とマーケットにとっての「中国リスク」は続くと言うことだ。

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マーケットを取り巻く環境は全体的に良くない。こうした環境が改善することが一番だ。しかし重要な点を指摘しておく。相場が転換点を迎えるきっかけは、環境の変化よりは相場水準の変化・修正そのものだということだ。環境が大きく変化しない中でも、相場が大きく局面展開するケースはよくある。「相場は相場に聞け」という諺(ことわざ)は重要だ。

ご注意:本コラムは、上記掲載日から2週間程度前に伊藤洋一氏が執筆されたものです。
閲覧される時期によっては、現状に即さないことも予想されます。また、内容には仮定に基づいた記述も含まれます。ご了承ください。

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