金融そもそも講座

投資にとっての円相場

第305回 メインビジュアル

日本の通貨である「円」に関するニュースが大幅に増えている。筆者が原稿を書いている時点では128円台だが、一時は1ドル=130円に接近する場面もあって「20年ぶり」となれば、メディアが騒ぐのも無理はない。「(円安は)日本経済にとって何を意味するのか、良いのか悪いのか」という議論がやかましい。

すぐに「輸出企業にとっては有利」「原油など原材料価格や輸入品が上がるので、消費者にとっては困る」といった議論になるが、今回は「投資家にとってどうか」という視点で分析してみようと思う。というのは日本は既に国も企業も、そして個人も「投資収益で生きる国」という側面が大きくなっているからだ。依然「輸出の国」「製造業の国」のイメージはあるが、中身は相当変化している。日本は一面、「観光の国」でもある。

しかもその円、最近は1日に対ドルで2円ほど動くこともある。輸出入ばかりでなく、観光や投資で「対外依存度の高い国」となっている日本にとっては、実に大きなインパクトのある話で、一度整理しておきたいと思う。

相場変動には両面

マーケットを長く経験した人間からすると、相場の一つ一つの動きには必ず両面がある。日本経済という視点で見ると株価の下落は警鐘ではあるが、それを事前に予測してポジションを軽くしていた人には打撃は軽微だし、さらに「ウリ」を仕掛けていた人には相場下落は有利となる。なぜなら適切な利食い行為をすれば、利益が残るからだ。むろん「カイ」の時とは違ったコストが掛かるが、「利益が残る」という意味では投資家にとっては勝ちを意味する。逆に株価の全般的上昇は、一般的にはそれを持つ人の購買力を増やす。

「日本経済の悪化が株安の背景となって、それでもうけるのはけしからん」というのは一方的な見方だ。その利益が次は新設企業の育成に投じられるかもしれないし、別の有効な使い方をされるかもしれないからだ。マーケットの動きには常に両面がある。投資家は相場の動きが読めると感じたときには、自分の資産の保護(しばしば積み増し)を狙って適切な行動をとる必要がある。

今騒がれている円安(ほぼ全ての通貨に対する)は、十分に「そうなるだろう」と予測されたものだ。4月20日の日経サイトには有料会員限定だが非常に良い記事『金利上昇、日本置き去り 「悪い円安」悩む日銀』があって、その記事の書き出しは「世界の金利上昇の潮流から日本が取り残されている」だ。的を射ているし、日本の置かれたデフレ的経済状況脱却の為に、日本銀行が「利上げ」に動けないことは長く予想されていた。実際に日銀は直近でも長期金利の上昇(0.25%以上への)を阻止するために、連続指し値オペを実施している。

対して米国を先頭に、世界の多くの国での利上げのペースは加速している。先に紹介した記事には「世界でマイナス金利が減少(水没マップ)」という興味深い図表が掲載されていて、中身を見られない人のために書くと「昨年末に比べて世界でいかにマイナス金利(水没)国が減った」が一目瞭然となっている。

お金は金利の高い方に

前回「金利は土日も働く」と書いたが、当然世界の大きなお金は他に懸念すべき状況(異例の高インフレ、政情不安など)がなければ、金利の高い方に動く。当該国にお金を置いておけば、毎日働いてくれるからだ。かつその先頭を走っているのが、世界最大の経済国で、かつ「世界で最後まで資本の移動の自由」を保証してくれそうな米国だ。米国の指標長期金利が2%を上回った当たりから、「世界のお金は米国に集まるだろう」というのは十分に予想されたことだ。

だから「世界の金利上昇の潮流から日本が取り残されている」というのはとっても当たっている。円安防止の為に今の段階で日本が金利を大きく上げてしまうと、景気が腰折れする。それができないなかで、「急激な円安」(財務大臣や黒田総裁の発言)は「好ましくない。相場は安定が一番」と言い続けている当局にとっては打つ手がほぼない。

この困った状態はしばらく続きそうなので、ますます日本の投資家(個人も含めて)は「それなら資金の一部は米国に置くか」という動きになる。それがまた円安を加速する。ただし、「一方的な円安」にはならない。なぜなら例えば輸出企業には「(為替の)社内レート」のようなものがあって、「ある水準までドル高が進んだら、輸出代金の一定額は円転(円に替える)しておく」といったルールがあるからだ。円安がある程度進むと、かならず利食いのウリ(ドルの)を含めてドル高を調整する向きも出てくる。だから相場はいつでもジグザグだ。

動けない日銀

しかし大きな流れから言うと、口先介入程度では大きなトレンドは変わらないだろうと筆者は見る。日銀や政府が政策転換し、阻止に動ける状況ができるとの想定は難しい。むろん相場の世界は政治と一緒で「一瞬先は闇」で、恐らく行き過ぎに対してはそれを是正する措置(例えばサプライズ介入)などを打つ可能性がある。なにせ黒田総裁は「(介入の)バズーカ」で名をはせた人だ。

それでも米国の3%に近い長期債の利回りは世界中の投資家にとって魅力だ。特に日本国内ではゼロからあまり遠くない債券利回りしか得られず、(日本の)株価もイマイチ勢いに欠けるような国からは魅力的に見える。だから筆者は時間を掛けて日本の投資家の対外投資は機関投資家の間でも、個人投資家の間でも増えるだろうと予想する。

重要な事は、日本の対外資産は、将来日本が様々な困難に直面したときに、大きな力になり得るという事だ。だから、歓迎すべき面がある。歴史を見ると英国のポンドは一時の高値からは10分の1くらいに下げた。しかしイギリス人が変わらず海外旅行ができたのは、外貨資産を持っていたからだ。

むろん、日本人が手にしているお金は給与所得から家賃収入、配当までほぼ全部が「円」なので、円安になってその購買力が低下することは好ましくない。輸入物価の上昇率も上がる。それを日銀も政府も気にしている。「ロシアのルーブルに並んで円が世界で最安値」とか書かれるだけで、日本の威信に傷が付く。

だから、以前のように円が強い時代も懐かしい。しかしその時期時期によっての流れは変わる。我々投資家は、それぞれの流れにあわせた賢い資金運用が必要だ。

ご注意:本コラムは、上記掲載日から2週間程度前に伊藤洋一氏が執筆されたものです。
閲覧される時期によっては、現状に即さないことも予想されます。また、内容には仮定に基づいた記述も含まれます。ご了承ください。