金融そもそも講座

しばらく続く波乱

第299回 メインビジュアル

年初の原稿で「今年も日々の動きが大きくなると予想される」と書いたら、その通りになった。ナスダック総合株価指数はアップルが時価総額3兆ドルに達しての年明けだったが、その後は下値トライ。ダウ工業株30種平均は新高値明けだったが、S&P500種株価指数とともにその後は上下を繰り返しながら基調は下げ展開となっている。この原稿を書いている段階で(1月20日)、ナスダックは高値からの下落幅が10%を超えた。「correction phase」だ。

マーケットが気にし始めたのはFRB(米連邦準備理事会)の利上げペースだ。「今年は年3回」との当初の予想が「年4回」になり、最近では3月に予想される最初の利上げは「0.25%でなく0.5%ではないのか」という見方も一部で出ている。やはり金利上昇予想にイメージ的にも弱いのが新興成長株で、下げがきつい銘柄も出ている。

全体的構図から言えば、年初早々に高値警戒感があるところで新値トライしたことで「このまま一年上値は追えない」との調整的判断がまずあり、そこに格好の材料としての「FRBの利上げ加速、政策スタンスの強化」が出てきた。しかしこれまでの上げが大きかっただけに調整幅を予測するのは難しいし、今後の市場はFRBの金融政策運営が今後どのような展開になるのか、そして実際にどの時期に、どの程度の引き締め措置を打ち出すかにかかっていると言える。

取り戻し行為

人間も組織もそうだが何か大きな問題(判断)で失敗すると、その後足早にそれを取り戻そうとする傾向がある。FRBはずっと顕現化していた物価上昇傾向を「transitory 一時的」と判断してきた。それを「そうではない」と最終的に判断を変えたのは昨年末。

現象的にはこの単語を使わなくなったと言うことだが、それの持つ意味は大きい。基本的考え方を変えたと言うことは、それに伴って予定した行動(金利操作)を1回見直して、計画を立て直すということだ。

一時的には終わらないインフレとどう対峙するのか。それはFRBができることとしては「(インフレ抑制に)本格的に取り組む」という事だ。テーパリングを急ぎ、利上げを前倒しの上に大幅にし、そして資産の縮小に取りかかると言うことだ。マーケットが一番畏れているのはそうしたFRBのやや性急な「取り戻し行為」だ。

一番打撃を受けているのは借り入れが大きいITを含めての新興企業だ。ナスダックの下げ幅が他の指標に比べて大きいが、銘柄を見ると同20日現在でペロトン(最近の高値から80%下落)、ズーム・ビデオ(同70)、モデルナ、ドキュサイン、ペイパル(各同60%)などの下げが目立つ。無論銘柄によっては調整が平均より小さいし、中には上げている銘柄もある。

数々の予想外

FRBはどこで、何を間違えたのか。インフレ見通しを変える前の判断は、「新型コロナウイルス禍による経済活動の悪化→消費減退→物価上昇圧力の低減」というものだった。しかし予想外の事がいくつも起きた。コロナウイルスが変異を繰り返す中で感染者が経済活動から一時的に離脱したケースも数多く報告されたし、リスクのある職場への出勤や働く事自体を忌避する傾向が労働者の間に見られてきた。さらに株価上昇で資産を増やし、早めに労働市場から撤退した人も多いとされる。

それもあって物流ロジスティックが世界的に寸断、世界的なモノ不足が生じた。長期化が懸念される事態だ。FRBのマンデートは2つだ。物価安定と完全雇用。後者を念頭に置いた超金融緩和策だったが、最近はFRBハト派も雇用にはもう問題はないという判断を取り始めた。その結果はFRBの「インフレ抑制への一点集中」ということになる。

制約が多くなった供給に対して、人々の消費は心理的リベンジ(消費を取り戻す心理)となった。ガソリン高も重なった。一時70ドル台に落ちた原油の先物価格も再び80ドル台の上値トライとなっている。物価は世界的に急上昇基調。英国30年ぶり、米国39年ぶりといった高いインフレ伸び率が出てきている。米国の消費者物価上昇率は年7.0%。これは所得の低い層を直撃するから、政治として対処せざるを得ない。

しかしそこには問題がある。供給サイドの問題は、超緩和の解除から利上げへと金融政策の方向を変えただけではほとんど解消できないことだ。先進国のロジスティックスは「ワクチンの3回目接種」「治療薬」で多少改善するかもしれない。しかし第1回のワクチン接種さえ思うように進んでいないのが途上国。世界的に物流網は「ところどころ穴が空いたまま」だし、イスラエルの研究結果では「ワクチン4回目の接種後でも比較的短い期間でオミクロンに感染する」という報告もある。課題山積。

難しいかじ取り

FRBが直面しているのは、とてつもなく難しいかじ取りだ。今の米国や世界経済が直面している問題は、繰り返すが金融当局ではいかんともし難い。加えて新型コロナウイルスの今後が問題だ。ウイルスの生き残り戦略として妥当なのは「より軽症に、より多数の人への感染を可能に」だ。エボラ出血熱が世界的な大流行にならないのは宿主を高い確率で死に至らしめるため。

なので「超速感染拡大だが軽症」というオミクロン株は、今回の新型コロナウイルスの最終到達段階とも考えられる。しかしそれは誰も断言できない。あと数回は変異(重症化率の高いものも)するかもしれない。その場合、コロナ対策はまた見直しを迫られるかもしれず、当然金融政策運営にも新たな条件が加わる。

筆者は今後のマーケットを見る一つの目安として、米国の長期金利(指標10年債利回り)が2%の水準を上回っても上昇傾向を見せるかだと思っている。そこでも買い手を見付けられずに金利上昇と言うことになれば、それはマーケット全体がインフレをかなり長期的問題と見なし始めたことを意味する。政策金利も相当大きく引き上げられる可能性がある。今のマーケットはFRBの性急な引き締め過ぎを懸念している様相も見受けられる。

予想通り年初から難しい局面が続いているが、相場の格言にある「利食い千人力」「鯛(たい)の頭と尻尾は誰かにくれてやる」という言葉も思い出しながら、マーケットの大きな流れを見極めていきたい。

ご注意:本コラムは、上記掲載日から2週間程度前に伊藤洋一氏が執筆されたものです。
閲覧される時期によっては、現状に即さないことも予想されます。また、内容には仮定に基づいた記述も含まれます。ご了承ください。