金融そもそも講座

オミクロン騒動、教訓残す

第297回

なんと騒々しい年末控えの波乱だったことか。ダウ工業株30種平均やNASDAQ総合指数の1カ月チャートを見るとまるで道路が大きく陥没したような形状になっている。反対に変動性指数(VIX)の同チャートはちょっと人間の足では登ったり降りたりできないほど隆起した山を突如作った。この原稿執筆時点では、ご丁寧なことに陥没穴の両端は高さがそろっており、山の両裾野の海抜は同じ程度だ。

「オミクロン」。新型コロナウイルスの変異種に付けられたギリシャ文字だが、マーケットの関係者には多くの教訓を残した。それは恐らく今後も生じるであろう種類の波乱であり、読者の方々と教訓を共有しておくことは重要だと思う。

実は第1発見国・南アフリカは、政府も医師会も最初から冷静だった。「発見してやった」くらいの気持ちだったに違いない。しかし南アがWHOに報告すると同時に世界には恐怖心が走り、チャート道路は陥没。VIX山は突如の隆起となった。11月末の話だ。

しかし執筆時(12月10日)の今は「連日の“急騰”後の一服」の状態だ。この2週間余は一歩取り組みを間違うと大きな損失を、一方で事態の推移を冷静に読めば大きなチャンスがあったマーケットだった。多分新型コロナ騒動は、命名に使われるギリシャ文字(あと10弱)がなくなるほどに続く。今回の教訓とは何だったのか。

走った恐怖

事の始まりは11月24日に南アフリカがWHOに対して、『同国で新型コロナウイルスの変異株「B.1.1.529」が発見された』と報告したことだ。世界はその時重症患者と死者を多く出していたデルタ株と苦闘しながらも、先進国中心にワクチン接種が進み「正常化への期待」が高まり、「かなり(デルタを)ハンドリングできるかも」と思い始めていた。しかし「新型登場」で、「デルタの次だからもっと凶暴なのでは」という恐怖心が走った。

まず走り出したのは世界各国の政治家だ。なにせ新型コロナウイルス、特にデルタ株への対処で例外なく「後手に回っている」と国内で強く批判され、支持率を落としていた。菅さんのように辞任に追い込まれた例もある。「今回は後手には回れない」と世界中の政治家が考えた。彼らが打ち出したのが南アを含むアフリカ大陸南部への「渡航制限」だ。これは一大事とメディアが騒ぎ、よってマーケットも動揺した。

しかしアフリカ諸国はこれに反発した。それには理由があった。11月30日の日経夕刊にはオミクロン型を初期に診察した南ア医師会のクッツェー会長がオミクロン型について「患者は極めて軽症で、入院した人は誰もいない」と英BBCの番組で語ったとある。それは原爆製造にも成功した(と言われる。その後解体)南ア全体の共通認識だったのだ。それなのに日本を含む先進国の対応は「我々を罰した」「優れた科学を罰した」と考えた。一部では渡航制限は「アフロフォビア」(黒人への不合理な嫌悪感)だとの非難もあった。

同会長は世界各国が必要以上にパニックに陥っているかを問われて「現時点では明らかにそうだ」と答えた。先進国のオミクロンに対する警戒は、政治家、メディアともに高まる一方だった。「デルタの後釜は感染力が強い(らしい)」という報道だけが一人歩きした。当然マーケットは新型コロナに関して期待(デルタ収束)から落胆(オミクロン登場)で下値を試した。

ウイルスの生存戦略

まだよく分からない病気に対して、恐怖心が高まるのは理解できる。しかし筆者は当初からこの南ア医師会会長の発言に注目したし、その後も南アからのニュースを細かくウオッチした。それはエボラ出血熱に関する本で一つ驚き、かつ納得した記憶があるからだ。それは、「エボラ出血熱は人類に対して強烈すぎる。宿主(患者)をかなり高い確率で殺してしまうが、これはウイルスの生存戦略としては失敗」と書いてあった。随分以前に読んだ本だが、今でも覚えている。

つまりウイルス界からの視点では「薄く多くの宿主に取り付き続ける方がウイルスの生存戦略としては優秀」と言うこと。このことをラジオNIKKEIの Round up World Now で指摘したのは12月3日だ。私が言いたかったのは、「ウイルスが変異したら必ず凶暴化するというのは間違い。今回のオミクロンは軽症化している可能性もある」という点だった。

私があえてその話をしたのは(ちょっと勇気が必要だった)、南ア医師会会長の発言を裏付ける報道が世界各地から上がってきていたからだ。その頃にはオミクロンの感染者は英国初め世界各地で報告されていたが、「重症化した」「死者が出た」という報道は皆無で、「無症状か軽症」という報道だった。またオミクロンは、かなり早い段階で枝分かれした株で、デルタからの発展形ではないとの見解も伝えられた。

科学者が結論を出すには時間がかかる。新型コロナの発生源についてまだ論争しているくらいだ。だからオミクロンの性質についても科学者が結論を出すのは時間がかかる。重要なのは症例の積み重ねと分析だ。それが軽症だったら、一般的には「感染力は強いが、デルタよりは凶暴ではない」と考えられた。私はその考え方にくみした。

まだ多くの不明点

流れが変わったのは、バイデン政権の感染症問題顧問のファウチ博士のCNNでの発言だ。まだ「様子を見る必要がある」と断りながらも「今のところオミクロン株に大きな深刻度はないように見える」と述べた。つまりデルタよりは重症化率では扱いやすいかもしれない、との趣旨だ。無論、感染率が高ければ同じウイルス量が入っても容体が悪化するなど健康を著しく害する人も出てくる。だから気を付けなければならないのは変わらないが、「オミクロンで世界経済は再びガタガタになる」という危険は「心配し過ぎ」という事になりそうだ。

マーケットは鋭く反応した。その後2日間はダウで連日500ドル前後の上げとなった。そしてその株価の反応を見て、世界のメディアでのオミクロンという単語の使用率は著しく下がった。デルタの体験が直近・過酷だっただけに、世界中の政治家やメディアがオミクロンへの警戒を強めたのは理解できる。しかし恐れで目が曇っていた面も否めないと思う。重要なのはきちっとデータを見続けて、様々な可能性を常に頭に置くことだ。

「オミクロン大したことない」と政治家やメディアが言った瞬間に、今までの警戒体制が崩れる心配があり「なかなかそうは言えなかった」という事情はあっただろう。特に日本のメディアには。しかしマーケットと対峙する我々は「常に現実を見る目」を失ってはならない。既成概念を疑わねば、マーケットの先を行けない。

重要なのは、「状況は何時でも変わりうる」という事だ。たとえ今多くの人が考え始めたようにオミクロンが軽症状のウイルスだとしても、その次の変異株はデルタよりも強力・凶暴で、「感染力・重症化率とも重い」という可能性もある。世界保健機関(WHO)のテドロス事務局長はこの原稿を書いている8日の時点で、「オミクロン型」の毒性について「まだ結論を出すには早すぎる」と語っている。テドロス氏は「安心して対策を緩めれば、死者数の増加につながるだろう」と警告した。WHOの立場としては当然だ。

しかしその一方で南アフリカからブルームバーグは、「南アフリカ共和国で最大の民間病院ネットワークを運営するネットケアは新型コロナウイルスのオミクロン変異株について、感染者が増えているものの、症状は相対的に軽いとの見解を示した」と報道。それによると、同社のリチャード・フリードランド最高経営責任者(CEO)は上記紹介のテドロス発言と同じ8日の発表文で、現在の感染第4波の震源地となっている同国ハウテン州で患者にみられる症状は「それまでの3波に比べ、はるかに軽い」と述べたという。

どのタイミングで、どの報道がマーケットに一番インパクトがあると考えるか。それがマーケットの醍醐味だ。

ご注意:本コラムは、上記掲載日から2週間程度前に伊藤洋一氏が執筆されたものです。
閲覧される時期によっては、現状に即さないことも予想されます。また、内容には仮定に基づいた記述も含まれます。ご了承ください。