1. 金融そもそも講座

第294回 マーケットに落ち着き

VIX指数(恐怖指数とも言われる)に端的に表れているが、マーケットは大分落ち着いてきた。同指数は10月中旬からは安定的に20のレベルを下回っている。常に先を見るマーケットとしては、秋を経てそろそろ2022年を気にする時期に差し掛かってきたという季節的要因もある。しかしそれ以上に、10月のマーケットを不安定にしてきた諸要因の「この先」が見える状況になってきたことが大きい。

その結果、ニューヨークのいくつかの株価指標は史上最高値を更新する場面も作った。日本の株価も安値からは反発。「諸要因」とは米中対立のディメンション(範囲)の変化、新型コロナウイルス禍の全体的・世界的な状況改善、経済活動の回復具合とインフレ見通しの安定、そのインフレ見通しに関連する資源価格の高値安定、そして一番株価に重要な企業業績の動向など。

もちろん「一寸先は闇」というのはマーケットの常で、それは政治とも社会とも相通じるものがあるが、それでも「闇」が実際にそれほど頻度高く起きるわけではない。今のように参加者が先行きを懸念しているときは、どちらかというとマーケットは安定期を過ごすものだ。動揺が深く走るのは、しばしばマーケットが慢心状態にあるときだ。

今回はこのところのマーケットを不安定にしてきた「諸要因」の現状を検証してみたい。

「米中対立」というより…

まず世界的な目詰まり(物流)の一因となっている「米中対立」について。単語としては使いやすいのでこの表現の出現頻度が高いが、様相は変わりつつある。見えてきた現状は米中と言うより「自由を重んじる西側 対 権威主義国家」の対立という図式だ。

実は、米中対立はバイデン政権がファーウエイの孟晩舟副会長を司法取引で中国に帰国させた頃から落とし処を探るフェーズに差し掛かっている。米中が競合国(バイデン氏の表現)であることに変わりはなく対立(競合)は続くが、共産党中心の支配構造を中国が変える見通しが立たない中では、「現にそこに存在する国とどう付き合うか」は常なる課題だ。貿易関係も深いし、米国には中国に買って欲しいものもある。

新たな、しかも確固として出てきたのは、「中国への視線を厳しくする欧州」という流れ。それまで欧州は中国をブランド商品や車、ワインなど欧州製品を買ってくれる良いお客様と見ていた。しかも国としての脅威も、距離的に離れていてそれほど大きくない存在。しかし英国が統治した香港が中国中央政府の方針でみるみる自由を剥奪され、抑圧的な社会になるのを見て視線を変えた。欧州にとって中国はイデオロギー的にも、実体的(各国の政治に介入疑惑あり)にも“脅威”として映りつつある。

地理的には、ロシアの方が欧州にとって身近な脅威だった。最近の天然ガス価格の高騰でもそれは示された。しかし「中国(共産党)は何をするか分からない。決して心を許せない」というのが英国、フランス、ドイツなどの共通認識になりつつある。それ故の欧州諸国の対中視線の冷却化だ。その視線にはオーストラリアや日本も加わる。そこには米国の視線との共通性もある。

それを意識してか、ロシア・中国は日本が位置する西太平洋で津軽海峡を通過しての海軍の共同訓練なども実施している。大きな図式で見ると個別国家対立としての米中対立が希薄化し、イデオロギーでの「自由を重んじる西側 対 権威主義国家」という世界的図式が出来上がりつつある。危機は点(例えば“米中対立”)で先鋭化する。面では希薄化する。今はその時期だと思う。

インフレ懸念も後退

石油、天然ガスを中心にした商品価格の上昇も一段落のように見える。市場取引されている資源価格を見ても、「これ以上上がったら需要が付いてこない」というレベルに達したが故に少し安定してきたように見える。石油価格も1バレル100ドルを目指すという所にまで行っていない。冬場に向けてまだ安心は禁物だが、上昇の限界は需要面から見えてきている。

当局もインフレに関する見通しを微調整しているように見える。パウエルFRB(米連邦準備理事会)議長は「transitory」の一言で済ませていた2%(FRBの目標)を大きく上回るインフレ率に関して、「長引くかもしれない」と現状を認めながら、テーパリングから利上げに関するスケジュールを大きくは変えていないことを示唆した。マーケットの認識に対して「同意するが、スケジュールに変更なし」は微妙な立ち位置だが、先が読めるという意味ではマーケットには安心材料だ。

石炭価格の上昇を一因に発生した中国の電力不足。政府はさすがに放置できずに石炭増産などの対処を決めて電力増産に踏み出した。地球環境の保持には良くない決定だが、当面の危機を乗り越える措置は取ったということは言えるし、恒大グループ(中心は不動産)の危機に関しては、続いてはいるが日常の景色となって材料としては希薄化したと言える。「恒大の危機→世界的な金融危機」という認識は既にマーケットにはない。

中国政府も手を打っている。危機発生以前に巨額の配当を受け取った恒大グループの創業者に対し、政府は個人資産で債務を返済するよう求めた。「共同富裕」を掲げる中国政府は不動産価格の安定は図りたいが、中国国内での不動産危機、金融危機も避けたい。落とし処を探す作業が続いている。

コロナ状況は改善

新型コロナウイルスを巡る状況は、世界全体を見ると落ち着く方向にある。ロシアの感染者、死者が一時増加を続けたといった個別では懸念すべき状況はあるが、ワクチン接種が順調に進んだ国では多くのケースでは重症化する人の数、死者の数とも大きく減少している。日本がその典型で、日本では感染者数も激減。英国などではワクチン接種が進んでも感染者数は多いが、それでも同国政府は経済の正常化方針を変える意向はないようだ。

経済正常化を巡っては、世界的に「手探り」が続いている。まだ「post」にはなっていないので、「with」でコロナとどう付き合うか。環境は良い。ワクチン接種の進展に加えて、この秋には感染後に服用する飲み薬も発売される見通しが立つ。日本も経済活動の再開に向けた動きが続く。人口が多い北半球での冬場を控えて警戒感は強く残るが、むしろ「(警戒感が)残っているのが良い兆候」とも言える。故に日本人はマスクを手放さない。

企業の業績は総じて伸びている。最近の米国企業決算は、一般企業、IT企業含めて良いものが多い。銀行、証券、車等々。ITではテスラの躍進が目立つ。SNS関連企業も好決算を出したところが多い。原材料価格上昇に見舞われた企業は、需要が旺盛な時期にあわせて販売価格を引き上げることができたようだ。故の消費者物価の上昇アップとなったが、株価は何よりも個別企業の業績に反応する。

販売価格の上昇に今後も消費者が付いてくるかは大きな問題だ。資源価格の上昇が一服するのが早いか、それとも消費者の購買力が落ちるのが早いのかの競争とも言える。そういう面では今の世界経済もマーケットも課題は抱えている。

ご注意:本コラムは、上記掲載日から2週間程度前に伊藤洋一氏が執筆されたものです。
閲覧される時期によっては、現状に即さないことも予想されます。また、内容には仮定に基づいた記述も含まれます。ご了承ください。

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