金融そもそも講座

インフレとマーケット

第293回

マーケットを取り巻く環境は、かなり足早に変わってきている。それに伴って相場は依然として世界的に揺れ気味だが、次々に出現する新しい事態をどう分類し、それらをどう考えたら良いかを今回は「そもそも」的に考えてみたい。

相場変動は以前書いたように外部要因のせいにされているものの、実は内部要因が大きく左右する。メディアは市場の自律調整的な動きに対してもしばしば外部要因を当てはめて解説しようとするので、時に話がややこしくなる。その辺は自分の頭で整理しながらマーケットとの間合いをとっていく事が肝心だ。小さな動きに一々反応していては良い結果は得られない。

過去2回のコラムで触れたインフレ懸念についても、「まだ一時的なものだと考える」(G20財務相・中央銀行総裁会議に出席した黒田日銀総裁)というのが当局サイドの判断だ。しかし彼らの見解は「政策を動かす側の人間」としての認識であって、投資家のそれではない。「インフレとマーケットの関係」を含めて、投資家は別(投資)の視点からも考えておく必要がある。

続いた荒れ気味相場

筆者は日々多くのマーケットコメントに接するが、最近一番「的を射ている」と思ったものは、「9月のマーケットは期待に違わず荒れて下がった」というニューヨーク市場関係者のもの。

最近投資を始めた多くの投資家の多くは、月間ベースでも「下げ相場」というものを知らない人が多いが、相場は常に上下を繰り返しながら、その時その時の着地点を探すものだ。常に不安定だ。なので、株価については長い目(歴史的な)で見ると「上げ基調」の展開となるが、その中には厳しい「下げ局面」もある。なので「月間下げ」程度で動揺する必要はない。

経験則から言って、夏から秋にかけては相場が下げ局面を多く織り込みながら不安定になることが多い。「夏休みで投資家も多くが休んで、取引が薄くなるから」とかいろいろ説がある。一般的にはその時期を経て下がった時に買うのが良いとされる。次の年に向けて機関投資家が動き出し、相場の的を絞ってくるからだ。もちろん時代の要請にあった銘柄選択が必要だ。

今一番重要な問題は、「現下のインフレ懸念」をどう考えるかだろう。黒田さんが言うように「一時的」であっても、それぞれの人が「一時」という単語で頭に描く期間は異なる。FRB(米連邦準備理事会)などは年単位だが、それは投資家にとってはやや長すぎる。今日本で進行しているガソリン価格の高騰、円安基調などは「一時的」と言うにはやや尾を引きそうな印象もある。

株は有効な投資手段

株価とインフレについては色々な説がある。「株はインフレに強い」という良く語られる言葉もあるが、筆者は「局面次第」という意見だ。特にインフレ懸念が台頭した当初は、相場はそれを嫌気する。なぜならそれを理由に中央銀行が政策金利を大きく上げる危険性があるからだ。政策金利が上がり、市場金利がインフレ率以上に上がれば実質金利の上昇となって経済や株価にも打撃となる、とマーケットは考える。FRBを巡る今のニューヨーク市場の思惑もそこにある。

しかしそれを承知の上で言えば、筆者は長い目で見れば、他の投資手段(推奨できる)に比べて株は相対的にインフレには強いという意見だ。「推奨できる投資手段」というのが大事で、筆者には「インフレになりそうだから原油先物や穀物先物を買う」という発想はあまりない。「何時でも買って何時でも売れるもの」、つまり流動性が投資には非常に大事と考える。投資の王道は株と債券という考え方だ。

債券投資はインフレ期の最後の方に行うには適切な投資対象だと思う。インフレが収まれば政策金利も、市場金利も下がり債券相場は値上がりするからだ。利回りが高ければなお良い。しかし株価は当初を除き、高いインフレ率が定着したときでも投資対象としうる。なぜなら株価は企業価値を表象するものだから、インフレ時代でも当該企業がうまく経営されていたら株価は上がっておかしくない。企業を見分けるのは目利きの力だ。

インフレ、政治的背景も

「インフレ時でも、株式投資は有効な手段」と書いた上で、今筆者がやはり気になるのは「本当に今のインフレは一時的か」という事だ。新型コロナウイルス禍、米中対立、それにロシアの対欧州戦略を含めて、今の世界では不確定要素が多い。先日も書いた「世界的デフレ環境」は、物流・人流などいくつかの面で大きく局面展開した。代表的・具体的には「物流」とは半導体供給の世界的分断だし、人流では世界的な労働者の移動の不自由。英国の運転手不足はその典型だ。

中でも筆者が注目しているのは、欧州における天然ガス不足だ。最大の供給国はロシアだが、「人権などで政治的に対立するロシアが、欧州に対する供給を意図的に絞っているのではないか」との観測が流れている。ロシアや中国など権威主義国家の価値観からすれば、「政治と経済は不可分」というのが基本的な行動パターンだから、その可能性はある。改めて価値観の違う国にエネルギーを依存する危険性が示されたと言える。

原油価格の高騰(日本でもガソリン価格は円安もあって上昇している)に関しても、石油輸出国機構(OPEC)や同プラスの意思で供給が増えない事態なので、ロシアの意思が入っている可能性がある。途上国への融資残高の多さなどで、中国が途上国への影響力を増やしている実態も最近指摘され、世界経済全体を見ても権威主義国家への依存の増大がもたらす影響を無視できなくなっている。これはやや今までと違う図式だ。

ただしエネルギーに関しては、化石燃料の価格が上がれば上がるほどグリーン電力の開発・発展が促進されるという面もある。その場合、世界のエネルギー供給に占めるロシアの立ち位置は弱くなる。経済は常に複雑系だから、その辺を読むのも面白いかもしれない。

恐らくマーケットが不安定な時期はもう少し続く。コロナ一色だった去年に比べて、今は様々な方向の力が政治的にも経済的にもからまっているからだ。「休むも相場」ということわざもある。それもいい。しかし筆者はポジションを落とすにしても、ゼロにすべきではないという考え方だ。なぜなら全て引き払ってしまったら次に市場に入るタイミングは非常に難しくなる。それは今までの経験から言える。

ご注意:本コラムは、上記掲載日から2週間程度前に伊藤洋一氏が執筆されたものです。
閲覧される時期によっては、現状に即さないことも予想されます。また、内容には仮定に基づいた記述も含まれます。ご了承ください。