金融そもそも講座

目立つ「不足」、市場にも影響

第292回

やけに「不足」という単語の登場回数が増える時代状況になっている。中国の「電力不足」、英国の「トラック運転手不足」、そして米国各地で報告されており、世界各国でも目立ち始めた様々な業界での「人手不足」。産業基礎資材で言えば、前回も取り上げた「半導体不足」。今の世界は「不足」だらけだ。

これだけモノが潤沢にあり、そして世界の人口も依然として増えているのに「なぜあちこちで不足か?」という気がするが、波はあってもこの状態はしばらく続きそうな予感もする。一連の「不足」が底流でつながっていて根深いからだ。底流とは技術革新の急激な進歩、気象の激甚化から来るグリーン経済への渇望もあるし、ワクチン接種を巡る葛藤も深い。

マーケット面でいうと一番懸念される「不足」は、流れ込む資金の量の不足だが、欧州連合(EU)に続いて米国もテーパリングを予定している環境では必ずしも無縁とは言えない。マーケット心理は揺れるから、実体以上に「資金不足」を懸念する場面も出てくる。今回は「不足とマーケットとの関係」を考えてみたい。

驚きの中国版“電力”不足

世界でいくつも生じている「不足」の中で筆者が一番驚いたのは中国の電力不足だ。急に報道が増えて、つい最近まで「世界の工場」とまでいわれた中国経済の先行きへの懸念まで出ている。中国にとっては、不動産部門企業の問題に加えての頭痛の種だ。

電力不足で影響を受けている代表例は先端製品生産だ。アップルのiPhone部品製造と組み立てを担う台湾のペガトロンは8月末に電力危機に関するCNNの取材に対し、「中国政府の政策に協力して省エネの仕組みを発動させ、生産量を減らしている」とコメント。台湾メディアによると、ペガトロンの工場がある中国東部の昆山市では、当局が電力供給を制限している。

市民生活にも影響が出ているようで、中国東北部では23日以降電力供給制限が実施された。その結果、停電で信号機が消えたり集合住宅のエレベーターが止まったりするなどの混乱が生じているようだ。冬の到来を前に不安が高まっていると言われ、時事通信によると吉林省長春市の住民は「停電の間隔は短くなり、時間は長くなっている」と語ったという。

なぜ中国でいま電力不足か。一つは世界最大の汚染国とされる中国での経済グリーン化を巡る動き。同国は2030年をピークにその後は二酸化炭素(CO2)の排出量を減少に転じさせるという目標を、トップの習近平(シー・ジンピン)国家主席みずから掲げている。その目標に向けて、発電用の石炭燃焼を減らすことによって化石燃料の使用を削減するよう各自治体に求めている。上意下達の中国ではトップの意思は絶対だ。地方政府はそのためにかけずり回る。

加えて中国において石炭価格が値上がりしている。相次ぐ安全基準の強化などを受けて、中国での石炭生産は頭打ち。中国はつい最近までオーストラリアから大量の石炭を輸入していたが、そのオーストラリアとは新型コロナウイルスの発生源を巡って鋭く外交的に対立、中国は豪州からの石炭輸入を厳しく制限した。当然ながら石炭不足・価格上昇の結末だ。

中国政府がこのまま対応しないと言うことはないだろう。しかし西側各国との厳しい対立の中で、世界全体に理想的に自国の存在感を示すためには、温暖化防止でのリーダーシップが中国には必要だ。その意味では習氏が一旦掲げた旗を降ろすことはない。中国の電力不足は「発電の3分の2は石炭による」という環境を変えるのが容易でない中で、しばらく続くだろう。

ワクチン巡る労働力不足

一方、米国などを中心に世界のあちこちで「人手不足」が目立つ。筆者は底流として「技術革新の激しい世の中では、その革新について行ける人は当初限られる」という意見。その意味で新型コロナウイルス禍がデジタルトランスフォーメーション(DX)など世界の技術革新状況を著しく深めたことは、世界中の産業のあちこちで「適材不足」が生じやすい環境が生まれていると見る。

コロナ禍で生じた人と人との「接触制限」は、ワクチン接種の進展で全体的環境としては大分緩和してきた。しかし例えばテレビの司会者の男女アナウンサーさえシールドされている環境はかなり続くと見ている。ブレークスルー感染が残る限りは「なにもかも元通り」とはいかないからだ。そうすると依然として職場を含めて社会的・経済的人流の円滑さは保てずに、経済・社会にはぎくしゃくが残る。後遺症や感染に対する恐怖から、働きに行けない人もいる。

もっと深刻な問題がある。それはワクチン接種の義務化がかなりの国で「人手不足」を招いていることだ。航空会社にしろホテルにしろ、事業主体は自社で働く人々にワクチン接種を義務付けたい。なぜなら顧客に対して一つのアピールポイントになるからだ。競争他社がそれをした場合には余計だ。顧客としても「私どもの従業員は全員がワクチン接種済み」とレストランに表示してあれば安心で、店決定の一つの要因になる。

しかし働く人の中には宗教的であれ、将来の自分の体への後遺症への不安であれ、ワクチンに関する俗説を信奉するからであれ、「ワクチン接種拒否」の人は一定割合いる。その人達に突き付けられているのはまず「出勤停止」であり、しばしば「解雇」の二文字が示される。ワクチン接種拒否者には「毎週PCR検査」という手法をところもあるが、その場合、検査費用はほぼほぼ本人持ちなので負担が大きい。長期間は無理。

その結果、米国では一定数の医療従事者が出勤停止、さらには解雇の危険にさらされている。それは実際には病院なり工場なりオフィスでの働く人の不足につながる。

英国でガソリンなど燃料輸送に軍が待機といった状況が生まれているのは、一つは不用意にEUから離脱して運転手不足が生じているためだ。実は英国ではEU離脱に伴う人手不足が農園、介護など様々な分野で生じている。

日本は比較的ワクチン接種を拒否する人は少ないしハイテク人材は不足しているが、大きな人材不足は生じていない。それは一つは教育レベルが高くて、働く側がその気になれば技術革新について行けるからだ。しかし世界では教育レベルそのものが低く、底上げが容易でない国も多い。その意味では「予想外の人手不足」は世界経済にとってしばらく続く事態かも知れない。

議長の任期は来年2月

「不足」は当然ながら経済にとって、そして市場にとって懸念材料だ。特に度を超した場合は、経済のファンクショニングそのものが阻害されるし、消費者には欲しい商品が手に入らなかったり、値上がりにつながる。筆者はiPhone13を入手できたが、この人気商品についても一部機種で「品不足」が生じているという。

冒頭にも書いたが、マーケットの面でいうと一番懸念される「不足」は流れ込む資金の量の不足(減少)だ。その懸念はEUに続いて米国もテーパリングを予定している環境では当然ある。マーケットは実体よりは先取り心理でしばしば大きく揺れるから、9月末のマーケットがそうであったように、その懸念は繰り返し出てくる場面があるだろう。

新たな考慮点は、米国で「インフレは弱者に深刻な打撃」との議論が高まっていることだ。格差拡大を受けての議論で、例えば物価上昇率が5%の時に賃金が3%しか伸びなかったら「それは2%の実質賃金の減少」という議論だ。実際にその通りで、その分購買力は低下する。

今のFRB(米連邦準備理事会)の方針は、「(最近の)物価上昇は一時的。来年になったら2%近傍に収まる」というもの。パウエル議長も直近の米連邦公開市場委員会(FOMC)後にそう語っている。問題は今の「不足」が目立つ状況で来年の物価上昇率がFRBの予想通り低下してくるかどうか。その問題は前回も取り上げたが、その後に「○○不足」報道が増えている。その分だけインフレ圧力は相対的に強まっていると言うことだ。

パウエル議長の就任は2018年の2月5日。任期は4年なので、来年の2月には続投するか交代か。あまりFRBがインフレ率の今の上昇を放置すると、民主党の内部(特に左派から)から交代要求が出てくる可能性がある。イエレン財務長官は続投を支持しているが、最後に決めるのはバイデン大統領だ。アフガニスタンの件を見るまでもなく、意外な決定を下す大統領でもある。

筆者はパウエル議長のインフレに関する見方に賛成だが、今の各所で見られる「不足」がどのような広がりとインプリケーションを持つかは考え続けるべきだと思っている。

ご注意:本コラムは、上記掲載日から2週間程度前に伊藤洋一氏が執筆されたものです。
閲覧される時期によっては、現状に即さないことも予想されます。また、内容には仮定に基づいた記述も含まれます。ご了承ください。