金融そもそも講座

中国で変わる?世界の市場地図

第290回

中国の政治の方向が大きく転換し、それに伴って中国企業が数多く上場されている同国国内や周辺(香港など)市場の方向性が、ニューヨークなど他市場と大きく乖離(かいり)してきた。具体的に言えばニューヨーク市場が右肩上がり・上値追いの大きなトレンドの中に入っているのに対して、6カ月チャートで見ると中国関連市場は明らかに右肩下がり・下値模索の模様だ。

日本市場は少なくとも9月の当初の動きは「上げ」となっていて、「総選挙の前後には日本株は上がるアノマリー(経験則)がある」とも解説されている。しかし筆者は「アジア株」という地域別の投資先の観点からすれば、中国投資の退潮と日本株の見直しが進んでいる可能性もあると見ている。日本の政治がどう動くかは予想できないが、中国の政治の変化は大きな潮流であって、急激には変わりそうもない。

それは中国株の命運ばかりでなく、アジア株全体、ひいては世界の株に大きな影響を与えるだろう。世界の二大デジタル大国である米国と中国の政治の方向性が極端に言えば逆向きになることが、世界のマーケットに影響を与えるのは確実だ。

左傾化する中国

まず中国で何が起こっているのか。端的に言えば左傾化で、やや具体的に言えば「毛沢東の時代への逆戻り」。少なくとも思潮、「政治を行うに際しての基本的な考え方」はそうだ。それはもっぱら、今の中国を率いる習近平が「毛沢東と肩を並べる指導者になる」との意思を持つことによる。革命を成功させたという意味で偉業の度合いでは明らかに毛沢東の方が上だが、習近平氏は「並ぶことはできる」と思っているようだ。

最近の中国では「鄧小平は移行期の指導者」との考え方が強くなっている。毛沢東と習近平の間に鄧小平がいては困る。そこで「鄧小平飛ばし」というわけだ。しかしこれは「近代中国を作ったのは鄧小平の“改革開放”」という世界の常識とは違う。毛沢東の貧しい時代から脱し、中国が何故豊かになれたのかを忘れているとも言える。しかし習近平には「2期10年」の不文律を超えて中国を長期に率いるためには「より強い統治の正統性」がどうしても必要なのだ。

その一つのスローガンが8月17日に開かれた中国共産党中央財政委員会が打ち出した「共同富裕」という考え方だ。これは「ともに豊かになる」という意味だが、鄧小平が提唱し、これまでの中国の発展の思潮的基礎になってきた「先富論」(先に豊かになれる者たちを富ませ、落後した者たちを助けることを一つの義務にする)とは実際には似て非なるものだ。

後者は「先に豊かになれるものはそうしなさい」がまず来る。その後に「落後した者たちを助ける」が来る。実際にはこれまでの中国では先富論の前半が強調され、実際に豊かになるもの達が続出し、後者は後回しだった。しかしそれが一種のチャイニーズ・ドリームを生み、アリババ集団など多くの民間企業の台頭環境を整えたと言える。

「共同富裕」の今の重点は、「下を引き上げる」よりは、今は「上をたたく」ことに重点が置かれているようだ。なぜなら政治的にはそれの方が簡単だし、まず豊かになっていない多くの中国人民には「共産党は俺たちの味方だ」という幻想を持たせやすいからだ。

権威が許されるのは……

中国共産党がITで成功した中国の代表的企業、共産党の考え方に否定的な経営者が率いる企業を様々な理由でたたき(摘発、罰金、命令など)、制御しようとしていることは既に数多く報道されている。中国の共産党が何をしているかというと、「党、それを率いる習近平を凌駕(りょうが)する勢力・権威の台頭を阻止しようとしている」のだ。

中国では「共産党が全てを指導する」が原則だから、党とその指導者を凌駕する人間が出てくることは避けなければならない。その可能性があった代表格はアリババ集団を率いたジャック・マーだったが、今は所在さえ報じられない。彼は完全に隠された。いくつかの理由がある。一つは余りにも目立ったためだが、もう一つは党の指導を軽んじたためだ。

さらに言うと、実はアリババ集団は中国国内のメディア企業のいくつかと資本関係がある。つまり出資していた。中国ではメディアは「党の喉と口」と言われる。つまり宣伝機関との位置づけだ。党の完全支配下になければならない。しかしアリババ集団のメディアは例えば同社幹部と女優との不倫関係のもみ消しを計るなど、独自の論理で動いていることがあったとされる。それが共産党の怒りを買った。

「共同富裕」実現の為に政治的には「まず上をたたく」という枠組みは、巨大なマーケット故にすぐに“富”に到達する芸能界の著名人に対しても適用されているようだ。一般国民受けする面があるからで、中国当局は8月下旬に著名女優の鄭爽氏がドラマ出演料などの収入を完全には申告せず脱税や納税漏れがあったとして、日本円にして約50億円(2億9900万元)の追徴課税・罰金処分を科した。驚くような巨額だ。「脱税の意図は明確で、納税秩序を乱した」と非難。他にも同じような例はいくつもある。

全体的に言えることは、狙いは「党や習近平を凌駕するような権威者、有名人、極端な富裕者を生まない。いつも党が国を指導し、その恩恵で国が回っているという環境を作り、その結果として共産党の永続的な中国統治を可能にすること」にあると思われる。

日本株の見直しも

そこで出てくるのは「中国成長鈍化論」だ。台頭する企業とその経営者の中でも象徴的な存在をたたくのだから、チャイニーズ・ドリームの夢は小さくなる。「そのうち中国の成長率は落ちる」というのは当たっていると思う。人口問題もある。もしかしたらここ数カ月中国株を売っている向きはそのような考え方に立っているのかもしれない。

もっとも世界から見て高い中国の成長率が直ちに急速に落ちるかというとそうではない気もする。多くの中国IT企業の内部には成長へのエネルギーは依然として高く、若い人の間には「豊かになりたい願望」は強い。標的になった企業や著名人は中国の企業の数や人口から見れば極わずかだ。

しかし先を見る投資の観点から言うと、中国投資の魅力が今までより落ちることは確かだ。世界の投資家の中には対中国株投資を縮小する向きも出るかもしれない。仮に投資額全体の2割は成長余力が大きいアジアの企業にと決めている向きがあるとしたら、中国株投資の削減は、他のアジア国の銘柄を買う必要性につながる。もしかしたら、それは日本株になる。

日本株については最近モルガン・スタンレーが「先進国で一番弱かった日本株は、今後他の市場をアウトパフォームする可能性あり」との見方を発表した。負け癖がついた日本株なのでどのくらいの実現性があるかは不明だが、中国情勢もあり少しは東京市場を取り巻く環境は変わるかもしれない。

ご注意:本コラムは、上記掲載日から2週間程度前に伊藤洋一氏が執筆されたものです。
閲覧される時期によっては、現状に即さないことも予想されます。また、内容には仮定に基づいた記述も含まれます。ご了承ください。