1. 金融そもそも講座

第286回 ワクチンとマーケット

前回取り上げた時より、テーパリングに関するマーケットの見方は大分落ち着いてきた。それを受けて値動きもかなり安定。むろんマーケットには「永遠の安定」などあり得ないから、常に新しいレンジを求めて動くだろう。その動きを占う一つの手がかりはワクチン接種動向だ。それは経済と、それを基盤に動くマーケットに大きな影響を与える。

世界経済見通しが先進国の多くで改善している最大の理由は、ワクチン接種の進展だ。状況証拠から見ると新型コロナ対策で究極的に効いたのは「3密対策」など各国の感染対応ではないし、ロックダウン・緊急事態宣言でもない。前者は人の行動を制御しきれなかったという意味で効果は限定的だったし、後者は経済活動を著しく既存形からゆがめた。接触型の伝統経済は激しく落ち込み、IT関連などの非接触型経済は伸びた。

通常短くても「数年」という単位でしか開発されないワクチンが迅速開発されたのは、ある意味人類の勝利だ。中国やロシアが開発したワクチンには国内・国外両方で効果に疑念が持たれているが、ファイザーやモデルナが展開しているメッセンジャーRNA(mRNA)ワクチンの有効性は目覚ましい。よってその接種進行による経済やマーケットに対するプラスの影響は大だ。

成功したmRNAワクチン

ワクチンで最も重要な条件は信頼性だ。何せ注射器によって体の中に異物として注入されるわけだから、当然ながら我々の体からも心からも時に排斥対象になっておかしくない。接種の際に副反応・副作用が生ずることもあるし、できたら忌避したいという気持ちになる人もいる。

そのワクチンが今回開発から間もないのに多くの国で普及したのは、必要性が高まる中で新しいワクチン技術(それを生み出した企業)に対する全般的信頼感があり、「メリットがデメリットを上回る」という認識が国家的、社会的に高まったことがある。実際にmRNAワクチンを早期に導入し、国民に対する接種を積極的に進めた国から経済活動の回復を達成できている。

新型コロナウイルスは変異のスピードが速い。感染者が多いところ(国、地域)を中心に次々と変異株が生まれる。それは確率の問題だ。感染が繰り返されている場所ほど、変異の温床となる。今後もそうだろう。新種の変異株が生まれる度に、「ワクチンの有効性は? 効力を失うのではないか?」という疑問が生ずる。

将来のことは分からないが、mRNAワクチンについては今のところ1回でもだが、2回の接種(同種でも交差接種でも)で感染防止や重症化防止にかなり効果的との感触がある。今世界で猛威を振るっているデルタ株に関しては「2回が推奨」となっている。なにせ人類が久々に直面したパンデミックだし、ワクチンもこれほどまでに短期開発したことはないから科学者や専門家も手探りだ。

このパンデミックの中では米国の疾病対策センター(CDC)も世界保険機構(WHO)も自ら認める判断ミスを何回もしている。マスクの有効性に関する議論は大きく変遷した。ワクチンに関しても今後とも有効性や人体への影響に関して様々な議論が展開するだろう。しかし全体的に見ると、今のテクノロジーをもってすれば世界の先端製薬会社の変異種への対応能力はかなり高い印象がする。

mRNAワクチンはデビュー初戦からかなりの成功だ。“変異”への対応もかなり迅速にできるだろう。またこれだけ世界中の人が感染する危険性がある病への対抗武器としてのワクチンは、開発に成功すれば製薬会社に大きな利益をもたらす。ビジネス・プランを立てやすい。善しあしの問題はあるが、一部の地域病に対して製薬会社の取り組みが弱いのは、ビジネス・モデルが立てにくい為だ。

経済の視点

メディアではワクチンを巡る議論が盛んだ。「打ちたくても病気や体質から打てない人」「重症化リスクが少ない故にワクチン忌避の傾向がある若者」「ワクチンを打てない、打たない人への差別問題」など。しばしば取り上げられる。こうした視点は、政策や個人の選択の問題としては極めて重要だが、経済の視点はやや違う。

ポイントになるのは、「集団免疫」という考え方だ。ワクチンはそもそも、「集団で一定割合以上の人が免疫を持てば、その集団での感染は減少する」という考え方だ。「一定割合」については議論がある。今の専門家のほぼ一致した意見は「7割前後」というものだ。つまり人口の70%が免疫を持てば、その集団には「集団免疫」がついたということになる。ワクチンは被接種者の体内に抗体・免疫を作るのが役割だ。

だから論理的にはある社会集団で「10人に2人がワクチンを拒否ないし忌避」となっても、集団免疫の形成に問題はない。「その程度の余裕はありますよ。自由にして下さい」という範疇(はんちゅう)だ。接種が始まると、「若者に忌避が多い」とか「接種のための移動もままならない高齢者の存在」が話題になるが、それは主に社会的、倫理的な問題だ。

ワクチン接種が進むと、一定の段階で感染と重症化率の減少が始まる。最近の世界の動きを見れば明らかだ。イスラエル、英国などなど。少なくともmRNAを1回接種した人の全人口に対する割合が4割を超えたあたりから、重症者の数は減少している。「新型コロナウイルスは高齢者を重症化させやすい」とされてきたこともあって、各国が高齢者中心に接種を進めたからだ。

今の日本の接種率はこの「4割」のレベルに接近してきている。なので筆者は日々メディアが取り上げる「新規感染者の数」ではなく重症患者の数、入院患者の数に注目している。ワクチン接種が進めば進むほど、この2つの数字が低下するはずで、経済活動再開の環境が整う。新規感染者が多くても重症化せず、よって入院せずに軽症で済めばそれは「(新型コロナウイルスが)普通の風邪」的存在になるからだ。インフルエンザの流行で経済活動を止める国はない。

接種拡大は順調

ワクチン接種が世界的に進まなければ、「地球村」が全体として「集団免疫」のレベルに達しないことは明らかだ。その点今の世界の対応は不十分だ。台湾やオーストラリアなど今まで対策で感染発生・拡大を抑えてきた国は、今になって感染拡大に見舞われ、ワクチン接種の加速化を余儀なくされている。アフリカなどを中心に厳しい対策も打てずに、ただただワクチンの到着を待つ国も多い。

しかし世界の経済活動は傾斜型だ。生産・消費とも先進国や中国が大きな比重を占める。それらの国が集団免疫レベルに接近すれば、世界経済は相当活性化し企業活動はパンデミック前とは違う形であっても、全体的には活力を増すと思われる。無論パンデミックが収まると活力を落とす産業もある。巣ごもりが解消されると言うことは、その種の消費増大を頼りにしていた産業(エンタメ配信など)にはやや逆風だが、観光・不動産などにとっては朗報だ。

今のところ世界でのワクチン接種進行具合は濃淡があるが、全体的には順調だ。所々問題はあるが、「1日100万回以上の接種回数」になった日本は集団免疫確立に徐々に接近している。問題は今のワクチンの制御能力を超える変異がウイルスに生ずるかどうか。それは誰にも分からない。とりあえずは「国民の7割がワクチンを2回接種」の目標に接近することだ。目標接近のプロセスで経済効果は大きく出る。

不確定要素は大きい。しかし日本ばかりでなく世界でも有効なワクチンの接種が進んでいることは、世界経済にとっても、それを反映するマーケットにとっても全体的にはプラスな状況だと言える。

ご注意:本コラムは、上記掲載日から2週間程度前に伊藤洋一氏が執筆されたものです。
閲覧される時期によっては、現状に即さないことも予想されます。また、内容には仮定に基づいた記述も含まれます。ご了承ください。

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