金融そもそも講座

テーパリングとは何か

第285回

「テーパリング(tapering)」に関する話題が増えてきた。景気の回復が先行している米国について語られることが多いが、日銀を含めて世界中の主要国中央銀行がコロナ禍で過去に例のない金融緩和を続けているという意味では、「いつ、どのようにして金融政策を常なる姿に戻すか」という問題は共通だ。

もちろん「常なる姿」に関する考え方は人によって違う。しかしモノの量に対してカネの量を著しく増やしている今の状態が「あるべき姿」だと思う人は多くないだろう。いつかは超緩和を止めて金融政策を正常に戻したい。

「taper」はそもそも自動詞としては「先細りになる;次第に少なくなる」ことを意味する。名詞としては「小ろうそく,細ろうそく」「次第に先が細くなること,先細り」の意味だ。つまり金融政策でこの単語を使えば「(風呂敷を広げて)『超』が付く量的緩和政策を、徐々に正常化に向けて軌道修正・先細りにする」ことを意味する。強調するが「徐々に、ゆっくりと」の意味が本来だ。

しかし気の早い金融市場は「テーパリングの開始」と聞くと、金融政策が一気に引き締められるような印象を持つ。この単語が登場する度にマーケットが動揺するのは単語の意味が少々誤解されていることと、マーケットの気の短さによる。

そうは言っても「金融政策の方向性」は確かに変わるわけだから、「一気に織り込もう」とする動きマーケットの動きは十分予想できる。問題は「どの程度の時間をかけて各国の中央銀行が、どの程度の強度で金融政策の変更を図るのか」を冷静に判断することだ。

見通しは改善

まず米金融当局が直近で出した声明。6月中旬のFOMC(米国連邦公開市場委員会)は米国経済に対する見方をそれまでとは大きく変え、テーパリングの開始時期が「多少早まる」ことを示唆した。FOMCごとに出される声明は今回大きく変わった。前回4月末声明と比べると特に第2パラ。書き出しが「Progress on vaccinations has reduced the spread of COVID-19 in the United States」(ワクチン接種の進展が米国における新型コロナの拡大を減らした)となっている。

前回声明のその部分は「The COVID-19 pandemic is causing tremendous human and economic hardship across the United States and around the world」(パンデミックは米国と世界に甚大な人的・経済的苦難を強いている)だった。「人的・経済的苦難を終わらせた」とは言っていない。しかしそれを引き起こした新型コロナ感染の拡大を米国では阻止したことを強調した。

二つの声明から受ける印象は随分違う。今回のFOMC声明は続けて「Amid this progress and strong policy support, indicators of economic activity and employment have strengthened」(このパンデミック制御の進展と強い政策の支援で、経済活動と雇用の指標は強くなってきた)と述べる。

インフレで迷い始めたFRB

経済に対する見方をやや楽観的に傾けたのだから、政策展望は変わってくる。前回FOMCまでは「米国では2024年までは利上げはない」との見方だったが、今回の展望では2023年末までに利上げを予想するFOMC参加者が著しく増えた。18人中13人だ。利上げの前にテーパリングは来る。しかしその時期は今回も分からず。マーケットはこの点が引き続き不安なのだ。

しかしパウエルFRB議長は重要なことを言った。「taperの時期はいずれ来る。経済は強さを増しているし、インフレ的状況も出現している。しかしtaper する際にはマーケットにたっぷり事前通知(a plenty of advance notice)する」と。つまり「その際にはシグナルを送るのでそれほど心配しないで」と言っているのだ。しかしマーケットは「テーパリングと利上げの時期が接近した」と見て、FOMC当日は全主要株価指標が下げた。いずれも1%以内の下げだが。

「声明」や「展望」、それにパウエル議長の発言から推測できるのは、FRB内部の迷いだ。中古車価格の大幅上昇や“ウッドショック”(木材価格の大幅上昇)に見られる米国での物価上昇圧力をどう考えれば良いのか。つい最近まで議長を含めFRB当局者は「(物価上昇は)あるが一時的」と述べていた。しかしあまりにもの物価上昇の現実を見て、「大丈夫だろうか」と思案し始めている。

実際に「展望」を見るとFOMCのメンバー達は2021年の米PCE(個人消費支出)インフレ見通しを3月時点の2.4%予測から数字を3.4%に引き上げた。「インフレ目標の2.0%を上回る状態をやや長く続ける方針」は明確化しているが、3.4%はやや離れすぎな印象もする。

ただし2022年のFOMCインフレ見通しは2.1%と前回見通しの2.0%からわずかな引き上げにとどめた。年単位の比較的高いインフレ状態を「一時的」というのはやや難しい。それでも「米国のインフレ率はいずれ落ち着く」とFOMCは見ていることになる。

事前通知待ち

では一体米国のテーパリング(量的金融緩和のゆるやかな縮小)はいつ始まるのか。筆者は「半年以上は先になる」と読む。なぜか。いくつか理由を挙げる。

  • 1.先のG7サミット声明は世界経済の苦境に触れて、「今後も財政・金融での経済支援を世界的に続ける」方針を明らかにした。である以上、「米国経済は強い」と言って早々に米国だけ金融政策の方向性を変えられはしない
  • 2.インドで最初に見つかったデルタ型コロナウイルスが世界的に猛威を振るう中で、英国は感染者の急増に見舞われて経済再開を1カ月先送りした。デルタ型の脅威は米国でも高まっている
  • 3.仮にデルタ型の世界的蔓延(まんえん)となれば、その感染力の強さ故に2回のワクチン接種がまだ十分終わっていない国で経済活動に規制が再び課されるかもしれず、それには米国も含まれる可能性がある

中国で問題となっているのは「消費の伸びの鈍化」だ。比較的素早く感染を押さえ込んだとされる中国でも、人々は必ずしも手放しで楽観的にはなりきれていない。米国では「6兆ドルの大統領(バイデン大統領のあだ名)」が頑張っていて、消費者の手元にはかなりのキャッシュが入っている。人手不足の話もある。しかし消費の持続性は検証する必要がある。

いずれにせよ「事前通知を出す」とパウエル議長が明言しているのだから、あまり懸念せずに「いずれ来るテーパリングの開始」を待つのが賢明かもしれない。その事前通知があったあとに「時間をかけた量的金融緩和のゆっくりした縮小」が始まる。

ご注意:本コラムは、上記掲載日から2週間程度前に伊藤洋一氏が執筆されたものです。
閲覧される時期によっては、現状に即さないことも予想されます。また、内容には仮定に基づいた記述も含まれます。ご了承ください。