市場への意図伝達に成功したFRB
第279回バイデン政権が1.9兆ドルの経済対策(そのかなりは個人向け)を打ち出して以降の最初の米連邦公開市場委員会(FOMC)。日本時間の3月18日の午前3時。筆者は自宅にあるiPhoneやiPad、それにPCを動員して株価や債券相場の動きに注意しながら声明発表とその後のバウエル議長記者会見(オンライン)を見守った。
「まさか2013年のバーナンキショックを繰り返すことはないだろうが、それでもパウエル議長の発言でマーケットが揺れることがあるかもしれない」と思ったからだ。しかし見事に裏切られた。株価は安定的に上昇し、債券相場も一日の動きの中で見ると安定から低下気味。「議長の勝利だったな」と思いながら機器の電源を落とした。
筆者が心配したのは米連邦準備理事会(FRB)の超緩和策に加えて、バイデン政権が日本の年間予算の約2倍に相当するお金を個人への給付金として短期間のうちに払い出す(救済策)という状況。やはりジワリと「金利上昇懸念」がマーケットで高まっていたからだ。神経質になっているマーケット。その中での議長の不用意な一言は、マーケットの波乱を生みかねない。多分このような神経質な状況は、今後1年以上にわたって続く。
明確な態度表明
筆者が一番緊張したのは、FOMC公表の最近経済見通し(3月版)で21年末のインフレ(PCE)見通しを2.4%としていると分かったときだ。12月時点の見通しでは1.8%となっていたので0.6%ポイントも高い。しかも重要なのは2.4%という数字がFRBのインフレ目標の2%を大きく上回っていることだ。
後の記者会見でも質問が出ていたが、議長も一番重要なことだと思ったのだろう。最初に「これは一時的なものだ。再びキャッシュを手にした米国国民が、衣類など様々な商品に対する需要を増大させるためだ」と述べた。その上でFRBが求めるのはあくまで「中期的な2%のインフレ目標だ」と述べた。声明には次の文章がある。「With inflation running persistently below this longer‑run goal, the Committee will aim ①to achieve inflation moderately above 2 percent for some time so that ②inflation averages 2 percent over time and longer‑term inflation expectations remain well anchored at 2 percent.」というもの。
ちなみに①は「しばらくの間、2%を適度に上回るインフレ率を実現する」と訳せる。21年末に関するPCEインフレ率2.4%は「2%を適度に上回る」だけのレベルだと言っている。②は「それによって時間をとって見た時の各種インフレ率が平均2%になり、長期インフレ期待も引き続き十分に2%に収斂(しゅうれん)する」との立場。
2%のインフレ目標に関しては、FRBは「水準超過→その時点での引き締め開始」というスタンスをとっていた時期もあったが、このスタンスをかなり以前に修正した。「2%のインフレ目標実現は中長期的なもの」「よってインフレ率が一時的に2%を上回ってもすぐに利上げはしない」とのスタンスになっていた。
Table 1. Economic projections of Federal Reserve Board members and Federal
Reserve Bank presidents, under their individual assumptions of projected
appropriate monetary policy, March 2021
Variable | Median | |||
---|---|---|---|---|
2021 | 2022 | 2023 | Longer run |
|
Change in real GDP | 6.5 | 3.3 | 2.2 | 1.8 |
December projection | 4.2 | 3.2 | 2.4 | 1.8 |
Unemployment rate | 4.5 | 3.9 | 3.5 | 4.0 |
December projection | 5.0 | 4.2 | 3.7 | 4.1 |
PCE inflation | 2.4 | 2.0 | 2.1 | 2.0 |
December projection | 1.8 | 1.9 | 2.0 | 2.0 |
Core PCE inflation | 2.2 | 2.0 | 2.1 | |
December projection | 1.8 | 1.9 | 2.0 | |
Memo: Projected appropriate policy path | ||||
Federal funds rate | 0.1 | 0.1 | 0.1 | 2.5 |
December projection | 0.1 | 0.1 | 0.1 | 2.5 |
https://www.federalreserve.gov/
2.4%はmoderately aboveの範囲内
しかし筆者が知る限り、「2%を適度に上回る」に2.4%が含まれることは今回のFOMCで初めて明らかになったように思う。通常だったら2.2とか2.3を考える。「案外許容範囲が広い」という印象。つまりパウエル議長がマーケットに示したかったのは、「金融当局は相当な余裕を持って政策を運営していますよ」ということだったろう。
これは重要だ。FOMCが予想しているとおり、これから米国のインフレ率は上がってくる。ローレンス・サマーズ(オバマ政権の財務長官だった)も驚くほどの財政支出を行うのだから、インフレ率が上がってくるのは自然だ。しかしパウエル議長は、「心配するな。時間の経過の中で、米国のインフレ率は下がってくる」とマーケットに保証しているのだ。
この日、日本時間早朝の米債券市場は、指標10年債の利回りで見る限り相当落ち着いていた。今回に先立つこと半月ほど前に一度低水準からの上げを経験し、マーケットもだいぶガタガタして「予行演習済み」だったのかもしれない。しかし重要なのは、「落ち着いていたが(それ故に、株価は上がった)」、それでも米国の長期金利はジワジワと上昇基調にあるということだ。1月末には1%を切っていたのが、17日の終わりは1.67%だ。
多分それは自然なことだと思う。2.4%のインフレ率の数字を聞いて「1%未満が妥当」と考える人はいない。筆者はこれまでこのサイトの原稿で常に金利を気に掛けている記述をしてきた。なぜなら金利の水準は株価にとって非常に重要だからだ。「そもそも講座」なのでちょっと触れると、例えば債券利回りが10%の時には、変動が債券よりも激しい株価に手を出す人はほとんど居ない。国債など債券で安定した利回りが上げられるからだ。
今の株式市場は「世界的に債券投資に魅力がない」という前提で成り立っている。米国でも日本でも、そして欧州でも債券利回りが1%を大きく下回っていた時期があった。そうした折には世界の資金(超緩和と財政支出で膨れた)は株価に流入しやすい。それが世界的株高の背景だ。
問題はいつが曲がり角か
今回パウエル議長は直面していたリスクをうまく回避した。これまでのマーケットとの対話が成功した形だ。マーケットが一番嫌がるのは「突然」だから、極めて賢明だったと言える。しかし重要なのは、マーケットの金利過敏症が当局の想定を越えることは今後増えるだろうと予想される。なぜなら17日の米債券利回りの終値1.67%は、20年初め以来という高い水準にある。
70年代の後半に4年間米国に住んだ人間としては「随分まだ低い」と思うが、もともと低インフレ下で育った投資家はそうは思わないかもしれない。私はかねて「2%になったら資金の一部を債券に回す人が居るかもしれない」と書いてきたし、株式の割高ぶりを見るとその考えを変えるつもりはない。
株のクラッシュはFRBとしても避けたい事象だ。「(中・長期的に見た)2%のインフレ目標達成」「完全雇用の実現」が目標のFRBにとって、株価の持続的急落は脅威でしかない。インフレ率は低下し、雇用も失われる。多分パウエル議長も細心の注意を払う。イエレン財務長官もその辺はよく知っているだろう。なによりも株価急落は台頭しつつある若い投資家を追い込んでしまう。
今回の議長記者会見でも質問が飛んでいたが、超金融緩和の解除(テーパリング着手)は、いつか行われなければならない。その時期が今の段階で「遠ざかっている」という理解は間違っている。どのように始まり、マーケットが構造的にどう変わるのかを見通すことは容易ではない。一つ確かなのは実績を残している企業の株価は支えられる、ということだ。
今回のFOMCは驚くほど静かに終わったが、今後はマーケットを見る目を変えていく必要があるかもしれない。本当に価値を生み出しているのか、企業活動が社会の美意識と合致しているのか、企業の持続可能性はどうか。投資の機会はいつでもある。問題はそれを間違いなく拾えるかだと思う。