金融そもそも講座

そしてイエレノミクス

第275回

世界の株式市場は、バイデン米新大統領の登場を“歓迎”をもって迎えた。大統領就任式当日1月20日のニューヨーク市場は、各種株価指数で見ると「新高値ラッシュ」の様相。代表的3指数は、日中高値、引けの両方で新値を相次いで記録した。ご祝儀以上だ。

やや気になるのは昨年からのマーケットが「論理転換」を簡単に行ったことだ。ジョージア州の二つの上院議員選挙に関して昨年末には、「上院で共和党が引き続き多数を支配することはバイデン大統領が増税など思いきった経済政策をとれないことを意味し、それはマーケットにとって良いこと」という論理でトランプ政権最後の株上げを演出していた。

しかし今年に入ってあっという間に「民主党が上院の支配権を確立し、トリプルブルーが完成したことでバイデン大統領の政策は思い切った、期待できるものになる」との見方に切り替わってしまった。「何でも好材料判断」という「(バブルの最終段階に見られる)危険な兆候」という見方も米国の専門家の間にはある。

この問題を考える上でもキーを握るのはイエレン新財務長官だろう。バイデン政権下の米国経済とマーケットを大きく方向付けするのは彼女だ。今回はバイデン政権の経済政策の大枠を決めるイエレン女史に焦点を定める。議会証言で何を語ったか、それが何を意味するのか。言ってみれば「イエレノミクス」探訪。

イエレノミクス

リモートで行われたイエレン前米連邦準備理事会(FRB)議長の承認公聴会を聞いて思ったのは「本当にマーケットが分かっている人だ」という点だ。労働問題が専門の学者出身だが、4年間中央銀行トップとしてマーケットに常に対峙してきただけに、「今の市場の関心がどこにあるのか、それにどう応えるのか」「米国経済全体の中での株式市場の位置付け」「相場ムーブメントとそれへの警告の仕方とタイミング」をよく知っていると思った。

マーケットが今でも気にしているのは「民主党は増税路線」という見方。それに関してイエレン氏は、「バイデン氏が掲げる野心的なインフラ投資計画や米経済の競争力向上に向けた研究開発、職業訓練の財源を確保するため、(増税は)いずれ必要になる。しかし当面は新型コロナの抑制と経済の回復が優先される」との立場を表明した。これはマーケットを安心させるためというよりは、本音だろう。それだけに信じるに足る。

彼女は「(経済を再起動させるために)追加措置を講じなければ、足元のリセッション(景気後退)の長期化と深刻化を招く恐れがあり、今後の経済により長期的な傷痕を残しかねない」と述べ、加えて「金利が歴史的な低水準にある現在、大きな行動に出ることが最も賢明」とした。彼女は「大きくて素早い行動」を強調し、「特に長きにわたり苦しんできた人たちを支援することで、恩恵は代償を大きく上回る」とも述べた。

将来の増税は必要だが今の関心はそこにはなく、米国経済の再起動と、より多くの米国人が恩恵を受けられる政策を実行することが先決との姿勢。マーケットが潜在的に民主党政権に抱いていた疑念を、大きく緩和した。イエレン氏がバイデン政権の中では経済政策で圧倒的な発言力を保つと見られるなかでは、この一連の発言は重要だ。実に見事な公聴会証言だと思った。

コロナ禍抑制ファースト

では財務長官として何に力を入れるのか。彼女はまず公衆衛生と予防接種普及への支出を挙げた。「コロナ禍の制御が政権の第1課題」とするバイデン大統領と足並みがそろっている。コロナが沈静化しなければ経済活動の活発化はない。当然だろう。政権の足並みがそろっているという事が重要だ。

次いで失業手当や食料支援サービス(フードスタンプ)の延長に言及した。彼女は、多くの人々が困窮し、食料も十分にそろえられないような状況だと消費が落ちて景気拡大ができないし、成長の持続性に赤信号がともると述べた。その通りだろう。また、「貧困層や中小企業を対象とした救済措置は、支出や雇用の創出につながる」と指摘。

景気刺激に大きく動けば、債務が膨らむ。これに対してもイエレン氏は明確だ。質問に答えるかたちで「債務拡大が生じても、今債務を負うことの恩恵は代償を上回る」との考えだ。イエレン氏の見方に横から支援の意を表したのは債券市場だ。前回指標10年債の利回りが1%を上回って推移し始めたことを指摘し、「それが1.5%に向かって足早に動くようなら心配」と指摘したが、そうした展開にはなっていない。

筆者は「1.5%が一つの分岐点」と見ているが、それは1.5%を超えると2.0%が見えてくるからだ。四捨五入。2.0%は米国のインフレ目標値で、相当マーケットも意識する。しかし1.0%を上回った後の米国の債券利回りの動きは、むしろ「再び1.0%」の方向に低下しつつあるように見える。これだけ債務増大の見通しが強まっているのに上げていない。

非接触企業に伸び代

それは変異種も含めて新型コロナウイルスが、ワクチンの接種拡大が続くなかでも猛威を振るい、米国各地のみならず欧州、アフリカ、そして東アジアでも強い経済活動抑制要因として働いているからだろう。物価は局所的な上昇(半導体など)はあっても全体的には安定している。なので、どの国でも長期金利が持続的に上昇する環境ではない。株式市場には良い環境だ。

イエレン氏など米新政権閣僚の姿勢、長期金利の安定傾向以外にもマーケットを押し上げている要因はいくつもある。例えばワクチン。バイデン新政権はトランプ政権のワクチン政策を批判した上で、全力で全国民への早急なワクチン接種を進めると述べている。ワクチン接種を急ぐのは米国に限らない。これまで接種を進めた国で、それほど大きな副作用が報告されていないのは、世界中の「ワクチン懐疑派」の人々を接種の方向に後押しするだろう。

また最近目立つのは、コロナ禍の長期化のなかで非接触型企業の業績がさらに伸びている現実だ。年明けとともに米国企業の業績発表が続いているが、直近で発表された動画配信のネットフリックスの契約者数の大幅増加は、非接触型企業の伸び代の大きさを感じさせた。そして伝統的・接触型企業に関しては「ワクチン普及による経済活動正常化」の期待がある。

こうして見ると、今のマーケットには「死角」がないようにも見える。しかし死角のないマーケットなどというものはない。「何でも好材料判断」が続くわけでもない。ウォール街のことわざには、「強気市場は陶酔のうちに終わる」というのもある。警戒心を忘れずに、しかし冷静に新政権、特にイエレン新財務長官の手腕を判断しながら投資戦略を立てたいものだ。

ご注意:本コラムは、上記掲載日から2週間程度前に伊藤洋一氏が執筆されたものです。
閲覧される時期によっては、現状に即さないことも予想されます。また、内容には仮定に基づいた記述も含まれます。ご了承ください。