金融そもそも講座

バイデン次期大統領の課題

第271回

相場の胸板が相当厚くなってきた。コロナ禍故に上げ幅を拡大したIT(情報技術)など一部銘柄に加えて、ワクチン開発状況の進展や各国での新たな景気刺激策への期待で、今まで出遅れていた「接触型産業」にも買いが戻ってきたためだ。

しかしマーケットが常にそうであるように、待ち構えるハードルはいくつもあり、世界の株式市場はそれと間合いを取りながらの展開となる。その一つはバイデン新政権との関係だ。トランプ大統領がオバマ時代の政策を大きく変えたように、バイデン次期大統領もトランプ時代の政策のいくつかを大きく変える。例えば環境政策や対外政策。具体的にはパリ協定への復帰や同盟国重視による「America First」政策の転換。

よく言われるように、米国では明らかに社会的分断が進んでいる。しかしマーケット視線で見た「米国の枠組み」(例えば市場経済、自由な資本の移動など)は変わっていない。ではバイデン新政権で何が変わり、同政権の課題は何か。今回はこれを取り上げる。

レームダック化との戦い

次期大統領の座を確実にしたバイデン元副大統領の動きは素早い。国内では大統領首席補佐官に長年の側近であるロン・クレイン氏の起用を発表。対外的には各国首脳との相次ぐ電話会談に応じ、沖縄県・尖閣諸島への日米安全保障条約5条の適用確約などに踏み込んだ。

トランプ大統領が負けを認めないなか、現政権から新政権への政権委譲作業(情報の引き渡しも含め)はこれまでのところ順調とは言えない。しかし民主党はつい4年前まで政権党だった。バイデン氏はそこで副大統領。議員歴も長く、ワシントンを知り抜いている。政権移行にあまり問題はないと考える。トランプ大統領は別にして現政権側近も、「政権移行はプロフェッショナルに執行する」(オブライエン大統領補佐官=国家安全保障担当)と述べていて、大統領の抵抗にも限界がある。

バイデン次期大統領の動きは日本の菅首相のそれに似て「矢継ぎ早」という印象。それは「各国首脳が直面している問題が緊急かつ多岐にわたるから」という共通項があるためだ。コロナ禍、経済対策など。しかしバイデン氏ならでは理由もある。同氏は来年1月末の大統領就任時には78歳になる。米国史上最高齢での大統領就任。それもあって「一期で退く」意向を示している。

とすると彼がレガシー(政治的遺産)を残すための時間は限られている。素早く諸課題に取りかかることが必要だ。負けを認めずごねているトランプ大統領など歯牙にかけずに課題に取り組む必要がある。「トランプ支持の方々はがっかりしているかもしれない。しかし私は全ての人の大統領になる」と述べていることは、バイデン氏が「米国の大統領に求められる伝統的価値を追求している」ことを意味している。

しかし繰り返すが悠長にしていることは許されない。「バイデンはこれを残した」という実績を積むには、次々と政策を打ち出して実績を上げ、民主党の次の指導者に大統領の座を渡さなければならない。

安堵と警戒と

日本を含め世界各国はバイデン次期大統領の登場を、安堵と警戒で迎えている。どちらが強いかは国によって違う。トランプ大統領は予想外のこともするが、その行動原理は単純だった。「次の選挙で勝つため」で、人権意識などは希薄。平気で独裁的指導者を持ち上げた。しかしバイデン氏の人権意識は強い。中国などは貿易摩擦の緩和の可能性は歓迎しても、香港問題を含めてチベットや新疆ウイグル自治区をめぐってのバイデン政権の出方に警戒感を強く持つだろう。

中東の情勢も大きく変わる。トランプ大統領は国内キリスト教福音派の支持を得るために親イスラエル路線を貫いた。しかしバイデン氏は自分が副大統領だったオバマ政権時代の中東政策に近い政策を採るだろう。トランプ政権末期にアラブ諸国でイスラエルとの国交を開いた国が増えた情勢変化を踏まえても、よりパレスチナに配慮した政策を採用するはずだ。

中東に関連するが、バイデン氏が環境問題の観点から国内のシェールオイル産業をどう扱うかは大きな問題だ。同産業を何らかの規制の対象とすれば、世界の原油価格は上昇圧力を受ける。今の状態で米国のシェールオイル産業が操業を続けるなら、中東でよほど大きな紛争(イスラエルによるイラン攻撃などが発火点か)が起きなければ、世界の原油相場のレベルは大きくは動かないと考えられる。

対中、対ロ関係も変わってくる。自分がそうなりたいのか、トランプ大統領は権威的体制の国家指導者に対しては「ウマがあう」とか「とてもいい関係」と公言してきた。北朝鮮の金正恩(キム・ジョンウン)委員長に対してもその言葉を発した。対して欧州の指導者たちを評価する発言をほとんどしてこなかった。だから欧州は英国を含めてトランプ退陣に大きな安堵を持っている。欧州の主要国はバイデン氏と価値観を共有できる。これは西側陣営の考え方が再び世界の主流になることを意味する。自由で民主的な社会だ。これは日本にとっても、マーケットにとっても歓迎できる。

難しいのは14億人の消費者を抱える中国をどう扱うかだ。米国の景気浮揚のためには、中国を輸出市場に残しておきたい。しかし香港などでの中国のやり方を、バイデン氏は容認できないだろう。しかも米政権移行期の隙を突いたような中国の民主派締め出しには、強い違和感を覚えているはずだ。外交分野の政権幹部が決まってくるなかで、バイデン政権の対中政策の全容が見えてくるはずだが、基本は「中国の覇権国としての台頭を抑える」だ。

重要なコロナ対策

当面最大の課題は、11月の初め以降ずっと口にしている「コロナ対策」だ。感染者と死者(原稿執筆時に25万人を突破)が急増している国内でどう対処するのか。米国各地では感染者と入院患者の急増のなかで、欧州諸国並みの規制を打ち出している州や地方自治体も多い。株式市場が下げるときにはこれが理由として援用されることが多い。

バイデン氏の側近たちは今のところ「(全国的な)ロックダウンはない」と語っている。「もっと的を絞った対策」を柱としているようだ。例えば午後10時過ぎのバーの営業禁止やレストランでの飲酒禁止など。州政府や地方自治体との連携が不可欠だが、ここで課題となるのは敗者としては史上最高の7000万票を獲得したトランプ大統領の影響力が共和党の指導者間にどの程度残るかだ。

多様な意見のある米国。規制強化には恐らく抵抗が大きい。感染者・死者の増加は政府の措置への支持の高まりをもたらすかもしれないが、欧州でも各種禁止措置への反発は大きい。米国ではもっとだろう。いかにより多くの米国人を納得させられるかが、新大統領にとっての大きな課題だ。

景気は雇用や消費、生産など各分野で一時の落ち込みからは回復の途上にある。しかし冬を控えてのコロナ禍の拡大が大きな課題を突き付けている。米連邦準備理事会(FRB)も「コロナ禍が経済にとっての最大の脅威、かつ不安定要因」と述べている。対策には予算措置が必要だが、選挙最終盤の党派対立によって依然合意に達せず、成立していない。しかし年明けには決着と見る。

民主党は議会下院を抑えたが、上院は来年の1月5日まで最終的な勢力図が決まらない。上院で共和党と50-50のタイに持ち込めば、上院議長を兼ねる副大統領の一票で与党民主党は上院も動かせる。しかし上院が最終的に共和党支配になれば、様々な政策が進まなくなる危険性もある。株式市場はこのねじれをむしろ歓迎している。ねじれでバイデン政権の政策が進まなければ、バイデン新大統領のレームダック化は早まる。

ご注意:本コラムは、上記掲載日から2週間程度前に伊藤洋一氏が執筆されたものです。
閲覧される時期によっては、現状に即さないことも予想されます。また、内容には仮定に基づいた記述も含まれます。ご了承ください。