1. 金融そもそも講座

第255回 トライアングル、枠組み壊す

サウジ・ロシア・米の対立、マーケットの枠組み崩す

新型コロナウイルス(世界保健機関・WHOが正式に「パンデミック=世界的な大流行」と認定)の感染拡大に増して、今後のマーケットに長く影響しかねないのが世界的な原油価格の急落だ。主役はサウジアラビア、ロシア、そして米国だが、そこにサウジの国内政治情勢、米国のシェールオイル産業へのロシアとサウジの敵対感など複雑な要素が絡む。原油安が続けば、世界の物価は一段と低い水準に進む。既に米国の長期金利は1%以下が定着した。

前回まで新型コロナウイルスの影響を取り上げてきたが、この問題は最終的にはインフルエンザに対するタミフルなどのような治療薬やワクチン開発で乗り越えが可能だ。しかし「202020」(2020年に1バレル=20ドルの原油価格)の世界が現実化しつつある中で、それが長引けば株式や債券市場、それに商品・為替市場を取り巻く環境、枠組みは今までとは大きく変わってくるはずだ。今回はこの問題を取り上げたい。

202020

米原油先物指標のWTI(ウエスト・テキサス・インターミディエート)の先物相場で見ると、世界の原油相場は過去4年間、下限を40ドル台の半ば、上限を70ドル台の半ばとして推移してきた。しかしこれは後で見て分かる一時的な相場のスパイクや急落だった場合を含んだ広いレンジで、大部分の期間の原油相場は50ドルから60ドルの狭い範囲だった。

これは石油輸出国機構(OPEC)やロシアなどの非OPEC産油国が世界への供給量をコントロールすることで価格を下支えしてフロアを形成し、一方で世界的な価格上昇が起きると米国のシェールオイル産業が生産を増やすことで価格のシーリング(上限)を形成してきたからだ。

米国のシェールオイル生産では、大深度からの採掘にコストがかかるため、原油相場が一定水準以上にならないと採算が合わない。価格が下がるとシェールオイルの生産が減少し、上がると生産が増える。結果的に、同産業が世界の原油価格の高騰是正スタビライザー(安定化装置)の役割を果たしていた。

しかし2020年3月6日のOPECとロシアなど非加盟産油国からなる「OPECプラス」の会合で、このフロアが崩壊した。原油価格は一時1バレル20ドル台にまで下落。当初は「OPECプラスは協調減産の期限(今年3月末)延長に合意する」との見方もあったが、協議は決裂した。

OPECの盟主でありこれまで「スイング・プロデューサー(価格水準の保持のために生産量を調節する産油国)」だった立場をサウジが放棄する態度を打ち出し、むしろ積極的な生産・輸出国になることを宣言した。

それまでのサウジアラビアの生産は日量970万バレル前後だったと思われるが、それを生産量上限の1200万バレルに引き上げた。さらにサウジアラビアの国営石油会社サウジアラムコのアミン・ナセル最高経営責任者(CEO)は一日当たり1230万バレルまで市場への供給を増やすと表明した。一日当たり1230万バレルの供給とは国内在庫の放出まで意味し、この発表が折からの新型コロナウイルス拡大による世界経済減速懸念に追い打ちを掛ける形となって、世界の原油相場は急落した。

複雑な背景

予想外の展開になった理由は複雑だ。まずサウジとロシアとの関係。もともとサウジ(スンニ派政権)はシリアのアサド政権(シーア派政権)を支援するロシアの中東進出を警戒していた。しかし自国の経済成長に欠かせない輸出収益を確保するため、原油価格維持では北の巨大産油国であるロシアの協力は不可欠。ロシアもスイング・プロデューサーの役割の一端を担うなら石油については協調するという立場だった。価格維持はロシアのプーチン政権にも良い話で、それを受け入れてきた。

しかしロシアの石油産業の間では、OPECとの取り決めで思う通りの生産・輸出ができないことに不満が高まっていた。プーチン政権には増産・輸出増を働きかけていたとされる。一方のサウジはロシアが価格安定のためにもっと減産をするべきだと考えていたと思われる。その二つの国は3月6日の会合で「どちらが譲るべきか」で衝突、特にサウジがロシアに対する姿勢を硬化させた。その結果は誰もが予想しなかった減産期間の延長での合意不成立だった。

今回対立したサウジとロシアだが、実は米国におけるシェールオイル産業の存在を快く思っていないことは同じだ。過去5年ほどは産油国にとって有利な価格上昇は、ことごとく米国での生産増加によって歯止めを掛けられた。その結果米国はロシアやサウジアラビアを抜いて世界最大の産油国に返り咲いた。

世界的な石油価格の急落は、米国のシェールオイル産業にとって危機である。1バレル40ドル以下でフル生産を続けられる米国のシェールオイル企業は少ないと言われる。「1バレル30ドル以下では、米国のシェールオイル企業の連鎖倒産が起きる」(業界アナリスト)との見方が有力だ。

米、サウジに説得工作?

米国も手をこまぬいているわけではない。新型コロナウイルスの影響拡大と原油急落で株価が大幅な下げとなる中で、危機感を覚えたトランプ大統領は最近ムハンマド皇太子と電話会談し、原油市場の安定をもちかけたとされる。同皇太子は原油依存のサウジ経済の改革を進めるためにも潤沢な輸出収入を確保したいが、一方で米国のシェールオイル産業のこれ以上の伸張は阻止したい。しかし中東における米国のプレゼンス(存在感)は維持したい。難しい立場だ。

OPECプラスは5、6月に次の会合を予定している。ロシアもあまりもの価格急落に驚いたのかノワク・エネルギー相が「(次の会合では)OPECとの協調行動を排除しない」と発言している。しかしサウジアラビアのアブドルアジズ・エネルギー相は「5、6月に会合を開くのは賢明ではない」として、この会合開催そのものに反対の姿勢だ。同相は3月6日の会合でロシアを含めた他の参加国の不作為を強く批判している。

1970年代に2回あった石油ショック以来、原油相場はずっと世界のマーケットの枠組みを決める大きな存在だった。しかし産油国の協調減産での足並みと米国のシェールオイル産業の勃興で、ここ数年は「狭い範囲での動き」に閉じ込められた。世界のマーケットでの主役の座を降りた形だ。今回の原油価格急落は、それが対マーケットで持つ意味の重要性を改めて示した。

今のマーケットの混乱が複雑なのは、新型コロナウイルスという世界にとっての未知の脅威と、マーケットの枠組み崩しともいえる原油急落が同時に進行していることだ。この二つは今後も絡み合って影響を与える。前者が収まって世界経済に明るい展望が見えれば、需要の増加が予想されて原油価格にも上方圧力がかかる。既に「新型コロナウイルスを制御しつつある」との立場の中国では、生産活動が再開の途上だ。中国の原油需要は増加する。

大幅な原油相場安の持続は、ロシアとサウジ、それに米国の産油国すべてにとって不利だ。相手の弱体化を待つ消耗戦に等しい。内部対立の深さ故に妥協には少し時間がかかるかもしれないが、筆者はロシアとサウジの話し合い再開は可能だと見ている。

既に米国と英国の2カ国は中央銀行が利下げの手を打った。世界経済にとっても今は試練だ。原油相場の先行きに関しては、5~6月の次のOPECプラスの会合(開催が前提)がヤマ場だが、そのころには新型コロナウイルスを巡る状況も大きく動いている可能性がある。どちらも今年の春が一つのヤマということだ。

ご注意:本コラムは、上記掲載日から2週間程度前に伊藤洋一氏が執筆されたものです。
閲覧される時期によっては、現状に即さないことも予想されます。また、内容には仮定に基づいた記述も含まれます。ご了承ください。

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