金融そもそも講座

「動く市場」と「動かぬ市場」

第251回

2020年も始まって半月。ふと気付いたことがある。

それは株のように「活発に動く市場」がある一方で、全く動意を失ったか、動意が続かない市場がいくつもあることだ。株式市場は本来ならマイナスになるような材料も多いのに、それらから受けるダメージはせいぜいジャブ程度。すぐに立て直して高値追いを続けている。典型的に「動く市場」だ。

その一方で、ちっとも動かない市場がいくつかある。その代表は過去2回にわたって取り上げた「為替市場」だが、年末年始の中東情勢緊迫の中で明らかになったのは、「原油市場」もまた「動かない、動けない」ということ。

なぜその差が出てくるのか。筆者は長く市場と付き合ってきたが、ある市場が動くときは別の市場も動くというのがかつてのマーケットの常だった。しかし今その状況は変わりつつある。そしてそれはどのくらい続くのか。

動けぬ理由

「動かぬ市場」の代表は、上記の通り為替市場だ。特に我々日本人にとって一番重要なドル・円の市場は“静寂”といっても過言ではない。105円から115円の基本バンドから2年以上外れていないし、現在もその範囲から出ていない。

そして原油市場。ソレイマニ司令官暗殺で米国とイランの対立が激化。一時は「第三次世界大戦」懸念も取り沙汰された。世界の原油相場は一時的に4%も上昇。しかしそれもつかの間、原油相場は数日で元のさやに戻った。その後はまたしても「動かぬ原油」になってしまった。理由はある。大きな潜在供給源として米国のシェールオイル産業があるためで、価格が上がれば供給が増える仕組みだ。新しいテクノロジーがそれを可能にした。なので、原油価格は上がっても長続きしない。

同じように動かぬ市場といえるのは「債券市場」だろう。筆者が社会人になってこの方、債券市場は為替の変動相場制の開始(1970年代前半)の中で激動した。それは金利の大幅な変動として顕現化した。実に大幅な変動が日常だった。それを反映して資本は世界中を走り回った。よって為替も動いた。お互いが刺激材料だった。

今は違う。債券市場が全く動いていないわけではない。ミクロ的に見れば日本でも米国でも日々動いている。しかしそれはほとんどニュースにもならない程度だし、実体経済に影響も与えず、為替も動かさないほどの僅かな変動だ。日本でも米国でも利回りが一方向に動き続けることはなくなった。動いても数日からせいぜい1カ月ほど。その後はまた元のさやに戻る。よって、為替も静かだ。

その原因ははっきりしていて「世界的な低インフレ」にある。予防的引き締め、予防的緩和など中央銀行は様々な動きをするが、結局は「70年代や80年代、そして90年代の初期のようなインフレ率が大きく動く時代は過去」という現実にぶち当たる。ここでもテクノロジー(主にIT)が果たした役割は大きい。よって中銀は世界的に動けなくなっている。中銀が上下への方向性をはっきり持って動けない中では、市中金利は動いても僅かだ。

目覚ましい動き

対して株の動きは目覚ましい。まさに動く市場の代表だ。ターム(期間)を変えてニューヨーク・ダウやS&P500のチャートをしばし眺めていたが、特に直近の上げは急だ。チャートが急角度に上を向いている。しかもそれが持続的だ。米国では既に株価の上げは10年以上続いている。実はこの傾向が鮮明になったことが、さらにトレンドを加速しているともいえる。上がる市場には、さらにマネーが集まる。

筆者の友人や先輩にはマーケットと長く付き合っている人が多い。最近よく聞くのは、「参加できるマーケットが少なくなった」というものだ。以前は「ミセス・ワタナベ」などの表現で、米ドルやオージー(豪ドル)などの対円相場を対象にフォレックス(外国為替)を楽しんできた日本の投資家がいた。米国の新聞が取り上げるほど、相場を動かすパワーを持っていたものだ。

しかし最近は「ボラ(変動率)も動かないので取り組みようがない」とこぼしている。筆者の周りには原油を手がけている人は少ないが、同じような状況だろう。動くからマーケットなのであって、動かないマーケットからは参加者も離れる。チャンスがないからだ。動かない市場でもうけるには、「オプションを売る」くらいしか方法がない。しかし売りが多くなれば価格は下がる。魅力は低下する。だからだろう、「最近はやっぱり株をやっています」という人が増えた。

株の場合はキャピタル(資産)の変動以外にも、配当(インカム)など各種メリットもある。売りでも買いでもチャンスはあるが、世界のマーケットの代表格である米国の過去10年を見ると、基本的に右肩上がり。だから売りを仕掛けて耐えるのは容易ではない。リーマン・ショック後の2年くらいは「私は売りでもうけた、株は買ったらダメ」という持論の人が数多くいた。しかし当然ながら最近はそういう方は見かけない。「買い」でもうけている人が多く、よって「買い」で市場に入る人も増えている。

いつまで続く?

問題は今のマーケットの大枠、つまり

  • 1.「動く市場」と「動かない市場」との分断
  • 2.「動く市場=株式」には潤沢な資金が入り続けるという状況

が、いつまで続くかだ。行き場のないマネーが株に集まり、上がるから株にまた資金が集まる構造。歴史は「マーケットの一方通行は決して永遠には続かない」と教えてくれるようでもある。

一ついえるのは、マーケットを取り巻く環境が大きく変わったということだ。世界的にインフレ率は上がりにくくなり、人口増加率鈍化の中で世界的に経済成長率は下がってきている。しかし政治家は高い成長率が欲しくて中央銀行に緩和圧力をかける。インフレ率が低いので、中銀もその要請を受け入れる。資金は潤沢に供給されている。貿易摩擦と騒いだが、所詮は「モノの世界」の話で、経済に占める「サービス」の部分が大きくなる中で、モノの経済の変化が実体経済全体に与える影響は低下しているように見える。

為替や原油や債券相場の静寂は、世界的な経済の鎮静化の反映だろうか。確かに成長率は低下している。世界的な現象だ。しかし基幹技術が変わる中で、GAFAのようにここ10年ほどで激しく台頭した企業群もあり、その一方で消えていく企業、衰退する産業も多い。参加者は激しく入れ替わっている。もしその「企業の入れ替わり」を最もよく表象(ひょうしょう)する市場が株式市場だとしたら、動く市場が株式市場に集約されつつあるのは自然かもしれない。

なぜなら「為替や原油や債券相場の静寂」をもたらしている一つの大きな要因は、株式市場を動的にしている基幹技術の変化そのものだからだ。

ご注意:本コラムは、上記掲載日から2週間程度前に伊藤洋一氏が執筆されたものです。
閲覧される時期によっては、現状に即さないことも予想されます。また、内容には仮定に基づいた記述も含まれます。ご了承ください。