1. 金融そもそも講座

第246回 世界経済で起きていること

「最近、マーケットに関するニュースが少なくなった」と感じるのは筆者だけだろうか。理由はある。マスコミが取り上げたがるような急落、急騰、続落などがあまりないからだ。ドル・円は日米貿易交渉がまとまったこともあって108円台からほとんど外れない動きだし、ニューヨークの株式市場は下値を試してははね返され、休戦したものの米中貿易摩擦の先行きが不透明で、上値を追うには材料不足。その中で比較的高値追いとなっているのは日本やドイツの株価だが、それも「割安修正」のイメージが強い。つまり「マーケットは今後の展開を思いあぐねている」ようにも見える。

一方、世界経済には興味深い傾向が見られる。各国経済を見ると「懸念材料がある割には比較的堅調」のイメージがあるのだが、それを引っ張っているのは消費だ。対して設備投資が弱い。それは過去数回の米連邦公開市場委員会(FOMC)の声明の中にも読み取れる。この傾向はなぜ起きて、今後どうマーケットに影響するのだろうか。

米国も中国も

先日、中国の最新経済統計が出たことで、筆者にはハタと思い浮かんだ図式がある。それは「設備投資不振と消費好調の共存」というものだ。既に触れた最近数回のFOMC声明の中でも繰り返し指摘されている。直近2019年9月のFOMCの声明は「Although household spending has been rising at a strong pace, business fixed investment and exports have weakened.」(家計の支出は力強いペースで伸びているが、産業界の固定投資と輸出が鈍化した)と指摘する。

筆者はそれまで「これは米国的現象かも知れない」と思っていた。GDPにおける消費の割合が7割前後(日本は6割)と、他の先進経済大国より高い米国に特有な現象だと。しかし、報じられた今年第3四半期の中国のGDPを見て、その考え方を改めた。そのGDP伸び率は1992年第1四半期以来27年半ぶりの低い成長率で、6%ちょうど。しかし全体的な経済不振の中でも、中国の小売売上高は一年前に比べて7.8%の伸びになった。中国の人々の活発な消費は、東京の銀座や京都の四条通りなど日本にいても各地で確認することができる。

好調な消費に対しての「設備投資不振」は、米国では利下げ理由にもなっている。ここ当面のマーケットの米国に対する関心といえば、10月29、30日に開かれる会合で、再び利下げが行われるかどうかだ。その時も「設備投資不振、消費好調」という景況判断が下れば、既に反対者が3人も出ているなど内部分裂気味のFOMCの判断は難しくなる。世界は全く同じ、ではない。しかし全体的図式から見て、経済大国の間で「消費好調、設備投資不振」現象が似ていることに筆者は興味を持っている。実は日本でもその傾向が見られる。

設備投資、なぜ不振?

なぜか。「設備投資」については、米中に加え米EU間でも貿易摩擦が激化する中で、世界中の企業が先行きを読めなくなっており、今後の経済活動の計画を立てられないでいるからだ。今後が読めなければ、設備投資の決断を下せない。設備投資は将来を見て行う。

例えば米中を考えてみる。中国が米国産の穀物を大量買い付けする。その代わりに米国は中国に対して10月初めに予定されていた追加関税を当面は実施しない、などを内容とする「phase one trade deal」(第1段階の貿易取引)とトランプ大統領は発表した。だからマーケットはある程度安心・楽観視している。

しかし合意文書が作成されたわけではなく、トランプ大統領が対マスコミやツイッターで述べているだけ。同大統領は「11月の南米でのアジア太平洋経済協力会議(APEC)で習近平国家主席と合意文書に署名したい」と言っている。その言葉に対する中国側の反応は、「その前にもう一度合意を確かめたい」というものだ。なんとも心もとない。企業は警戒感を崩さないだろう。トランプ大統領がころころと発言を変えるのは有名だ。

重要なのは、既にお互いの国が相手の輸出品に掛けた高い税率(25%が中心)は、少しも変わっていないということだ。それを「new normal」(新たな通常)と呼ぶ向きもある。だとしたら、「米中の貿易環境はいつか戻る」と引き続き中国投資を考えていた企業は、次の投資先を考えないといけない。米国内とかベトナム、カンボジア、ミャンマー。しかしそれさえも仮定だ。米中が本格的な合意に達し、元の5%前後に戻ればまた話は違ってくる。

米中ばかりではない。米EUの間でも貿易戦争激化の兆候が出てきた。世界的に貿易摩擦が複層化・複雑化している。企業にはとっても困った事態だ。投資先や規模に迷う。おまけに英国のEU離脱がはっきりしない。10月19日付の日本経済新聞夕刊は「EU、米報復に対抗準備 追加関税 トラクターなどに」と伝えている。報復の連鎖の危険性は明らかに高い。

消費はなぜ強い?

ではなぜ消費は強いのか。一つは消費者の過去の経験からいって、金利が非常に低いことが挙げられると思う。世界的な現象だ。消費者ローン金利も住宅ローン金利も歴史的に見れば非常に低い。消費者は「この低い金利を利用しない手はない」と考える。この結果、米国や韓国などを中心に消費者の債務残高は増加気味だ。

次に政治家への評価の一つともいえる経済成長率の鈍化を防ぐために、各国政府が消費水準の維持を狙った各種の政策を実施している。日本では消費税の引き上げが10月に実施されたのに際して、政府は軽減税率など各種手法を使って消費減退を防ぐ措置を取った。弱者救済の意味合いもあるが、経済成長率の低下を防ぐためのものでもある。

消費者サイドに読みもあるかもしれない。世界の消費者が貿易摩擦を懸念しているのは確かだ。一方で「いつか解決するだろう、そして景気は回復する」という楽観論がありつつも、「関税が各地で引き上げられて商品の価格が上がるかもしれない」と判断しているとも思う。どちらにしろ、消費者は消費に対してあまり消極的にはならない。

問題は、「貿易摩擦の中でも消費は世界的に好調」という図式の持続性だ。しばらくは良いかもしれない。しかし恐らくそれほど長くは続かないとも思う。例えば先に見た通り、中国の第3四半期の成長率は6.0%で、政府の2019年成長率目標レンジ(6.0〜6.5%)の下限に張り付いた。大方の予想(6.1%成長)を下回る数字だ。諸説あるが、「中国の雇用状況は成長率が6%を割った段階から大きく悪化する」との有力な説に従えば、今後中国では雇用環境が著しく悪化し、今までほどの旺盛な消費は見込み薄になると考えることも可能だ。

それは米国でも同じ。企業活動が設備投資を中心に停滞を続ける中で、経済活動の大きな部分を占める消費だけが活発なまま、ということはない。その点、米国については4%以下となっている失業率の動向が今後注目だ。同率が4%を大きく上回ってくると、それは設備投資不振に加えて、消費落ち込みの前触れとなる。消費者は借金をして消費レベルを維持することはできるが、それも長続きは無理だ。

今後の世界経済の展望は、貿易摩擦の先行きにメドがついて、企業活動が再び活発化するかどうかにかかっていると言える。それには米中、米EUを中心に展開している貿易摩擦がある程度収まって、企業が先行き見通しを立てやすくなる必要がある。

ご注意:本コラムは、上記掲載日から2週間程度前に伊藤洋一氏が執筆されたものです。
閲覧される時期によっては、現状に即さないことも予想されます。また、内容には仮定に基づいた記述も含まれます。ご了承ください。

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