金融そもそも講座

オリンピック、日本経済改革の起点に

第240回

東京オリンピック・パラリンピックまで1年を切った。当然日本経済、マーケットに大きな影響があるので、それを事前に「そもそも」的に考えておくことは必要だろう。筆者は「今回のオリンピックは、各種技術や関連する企業を質的に変える可能性が高い」と考えている。音声入力などによるAIが我々の身の回りの技術となり、つながる車、自動運転が流れとなりつつある中で開かれる。日本で働き方改革が強く叫ばれる中で開かれる大会でもある。

東京という都市は既に大変貌を遂げつつあり、この変化は今後、日本の各都市に波及していくだろう。地球温暖化が進む中での五輪・パラリンピックでもあり、その関連のグッズ、技術変化も大きく促されると思う。マーケットはその時代の美意識を反映しながら動くものだ。五輪・パラリンピックを控えた東京という都市の変貌は、日本の、そしてマーケットの未来でもある。

始まった実験

最近、五輪・パラリンピックがらみの会見や実験に付き合うことが多くなった。7月18日にはトヨタ自動車東京本社での記者会見で、大会専用開発モビリティ「APM」(Accessible People Mover)や、投てき競技の砲丸、槍などを運営スタッフと共に回収する「FSR」(Field Support Robot)に、実際に乗ったり操作を見学した。

トヨタという会社が、自社技術の粋を今回の五輪・パラリンピックに投じようとしているのがよく分かったし、時代背景を考えればそれには十分な理由がある。人の移動に関わる技術は今、大きく変化している。同社は来年の本大会時には自社技術の高さを世界にアピールしたいと思っているのだろう。当然だ。

同月24日には東京都心の交通規制実験の最中に、所用があったため車を動かした。都心から首都高を使って多摩地域南部にある稲城市(五輪では自転車競技ロード・レースの一部コースになる)に移動し、午後同じルートで帰ってきたが、とっても空いていた(一般道では混んだ場所もあったようだ)。これがそのまま五輪・パラリンピック期間中の交通事情になるとは思わないが、「これだと選手の移動は楽だ」と感じた。新国立競技場に近い外苑前などの首都高の入り口は複数閉鎖されていて、実際さながらの実験だった。この実験は26日にも行われた。

街を歩いていても、気づくことが多い。数寄屋橋公園や有楽町の交通会館にはミストを吹き出す装置が既に稼働しているし、かなりの都内の道路は保水性舗装が施されている。保水された水分が蒸発し気化熱が奪われることにより、路面温度の上昇を抑制する機能を有する舗装だ。確かにその近くを歩くと、少し涼しく感じる。

あらゆる技術の展示場に

筆者は前回の東京五輪の記憶もあるが、今回はその時とはかなり様相が違う。当時は、「それをきっかけに日本は高度成長の道をひた走った」「給料が毎年大きく上がった」などなど。むろんその時は社会人になるはるか前だったが、東京と日本という国の変わり様は子供の目にも「成長」の一言で表現できたような気がする。環状七号線が作られ、そして新幹線が走り始めた。

今回の東京五輪・パラリンピックの準備を目の前にして思うのは、「成長ではなく“技術”が前面に出る大会」ということだ。トヨタの記者会見内容は、五輪・パラリンピックに特化した「自動運転・つながる車」の製品・技術展示の様相で、そこから汎用車輌の機能アップも容易に想像できた。大会で先行的に使われ、それが燃料電池バスなどとともに人の移動に広く提供されるのだろう。実現すればまさに最新技術そのものの製品化だ。

ミスト噴出器や保水性道路に加えて高温下(と予想される中)で、人の体やスマホをうまく冷やす製品も今後続々と出てくるだろう。新国立競技場の屋根の一部は太陽光を通すガラスでできている。芝を生長させるのに必要なことだが、その太陽光はフィールド、観客席に達する。地球温暖化、東京も高温化する中での五輪・パラリンピック。場や人、それにスマホを含めた電子機器を冷やす技術はどうしても必要だ。筆者にはまだこの分野に技術開発・製品化の余地ありと思える。

企業と人を変える

新国立競技場の近くに本社や事業部門を持つホンダなどは、五輪・パラリンピック期間中は「出社におよばず」という基本的スタンスらしい。今は「どこでもつながる社会」だから、家でもスターバックスでも機器をつなげればできることは多い。「それをやってみよう」というスタンスだ。各企業で事情は違うだろうがホンダのそれが成功すれば、今後日本全体の働き方改革につながる可能性もある。

通信機器関連の企業の人と話すと、「五輪・パラリンピックには5Gは間に合わせないといけないでしょう」という発言をする。技術を誇るには「間に合わない」では済まされないことは確かだ。多分「地域限定」でスタートする。その関連の技術も著しく進展する可能性が高い。5Gが持つ可能性は、既に喧伝(けんでん)されている。それがいよいよ来年には日本にも来ることになる。

五輪・パラリンピック関連で日本に来る外国人観光客は約1000万人と推測されている。その関連の技術も大きく進むだろう。自動音声翻訳機などは既に出ているが、AIの学習により一段と翻訳精度が高まることが期待される。大会を見に来た観光客は地方にも行くだろうから、日本各地で「観光客への対応」は今まで以上に進むはずだ。

以上は五輪・パラリンピックがもたらす波及効果の事例をいくつか挙げたにすぎない。重要なのは今回の大会が、「AIを中核として技術が大きく進展し、社会全体がつながる中で開かれる」ということだ。「PCを開いてメールを見たことがない」と公言した大臣が結局は更迭された。今後は「技術知らず」では済まされない時代だし、「技術を持つ会社」がマーケットでも評価される。「技術ファースト」の時代ということだろうか。

それにしても来年の東京五輪・パラリンピックは「日本の変化」も味わえそうだ。楽しみだ。

ご注意:本コラムは、上記掲載日から2週間程度前に伊藤洋一氏が執筆されたものです。
閲覧される時期によっては、現状に即さないことも予想されます。また、内容には仮定に基づいた記述も含まれます。ご了承ください。